9回は行きたい天ぷら屋

@AotakiSubaru

第1話

店内に入ると、テーブル席で4人ご婦人がゆっくりと歓談している。カウンターは、席も厨房も無人だった。


せっかくなら、野菜を満喫しようと、エビも穴子も無い、野菜膳を頼むことにした。


トイレから戻ってくると、カウンターの向かいからは小気味のいい油の泡が弾ける音が響いていた。

揚げる音が止むと、小さくサクッとした音がして、目の前に盛り合わせが並ぶ。後ろからは女性店員がご飯とみそ汁をすっと差し出す。


1番に入ったヤングコーンの小さな粒が、噛むたびに弾けていく。塩のほんのりした旨味が彩りを加える。


2番はクセもののズッキーニだ。噛んだ瞬間にジューシーさがなだれ込んでくる。


あまりの衝撃に、サラダのレタスで落ち着ける。さすがに知っている味だが、ドレッシングは主役をジャマしない上品な味だ。


最近不振だった3番のしめじ。カリカリに揚げられた今日は、もはやキノコの笠をかぶった別のナニカだった。


そして頼れる4番、かぼちゃ。最適な衣に包まれてホクホクとした食感を堪能した後、かぼちゃ独特の風味が優しく口の中に霧散していく。


スラッガーである5番のかき揚げは、この最上級の衣を食べるために生まれたことを知る。サクサクの食感に浸っている間に、中身の野菜の旨味が溢れてくる。天つゆに漬けたところで、軽やかさを演出する空気の層が失われることはない。


6番のナスのふにゃりとした食感は、レモンでコーティングすることにした。


肉も魚も無いのに、ご飯が進む。粒はやや硬く、軽い食感の天ぷらを引き立たせる。


お椀のフタを開けて口に含んだ瞬間から、旨みだけを残して喉を通り過ぎていく。味噌汁だと思っていたが、お吸い物だったようだ。


お盆に乗り切らず、忘れていた大根おろしに目を向ける。得意分野は違うが、それぞれ完成度の高い強打者が並ぶ天ぷら達には、お膳立ては不要だった。単品で味わいたいので、大根は打席に立たせず、守備固めとして起用することを決め、天つゆに漬ける。


忙しなさそうに天丼を3つ頼んだ男性客に、大将は「10分で用意します」とだけ返事をすると、にわかに厨房が喧騒を帯びる。自分の時よりも激しく油が爆ぜ、食材を取り出す大将の動きも機敏だった。こんな動きも見られるなんて、今日のカウンターは贅沢だ。

いつの間にかビニール袋を下げている客が、そそくさと去っていった。


もう7回を終えたところで、ラッキーセブンすら心配ない点差のところだった。気を引き締めるためのリフレッシュとして、頭の中で食レポのリプレイを流す。


迷ったが、クローザーはコイツにすることにした。いい意味でこちらの想像をことごとく裏切る打線だが、やはり1番信頼できるコイツで締めることにしよう。4番目に並ぶ「三」のボードがひっくり返って「投」となる。そして脳内のグラウンドから歓声が湧き上がらせる、「ピッチャーかぼちゃ」をコール。


勝利の余韻に浸る頃、絶妙なタイミングで大将からお茶お待ちしますね。と声がかかる。


グラウンドを均して試合の熱気を鎮めるように、お茶の温もりが胃を満たしていった。


大将がいなくなり、再び静寂に包まれた厨房に向かってお会計をコールすると、球場を後にした。

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