QRコードの消えた夏

@MomotaKenrou

第1話 運命の出会いと離れ

高三の週末、教室の扇風機の音がまだ耳に残っているようだった。親友の佐藤浩と一緒にネットカフェへ向かう道で、カバンには返却されたばかりの模擬試験の答案が入っていた。赤い点数は、私たちの"反抗的行動"を嘲笑っているようだった。


「高橋陽、本当に行くのか?明日は担任のチェックがあるぞ」浩は道端の小石を蹴りながら、ためらいがちに言った。


「2時間だけだよ、息抜きに。今週は毎日5時間も寝てないんだから、まじでやばいよ」目頭を押さえながら答えた。学生服の袖には、今朝居眠りした時に付いた青インクの染みが残っていた。


「ブルースカイネットカフェ」の看板が日光に照らされて安っぽく光っていた。ガラスドアを開けると、冷房の効いた空気とインスタントラーメンの匂いが顔に当たった。私の視線はすぐに受付の人影に引き寄せられた――ポニーテールの女の子で、白いTシャツの上にネットカフェの赤いベストを着て、何かを整理していた。


「こんにちは、インターネット利用お願いします」浩は慣れた手つきで身分証明書を出した。


彼女が顔を上げた時、私は息をのんだ。瞳がとても澄んでいて、泉のような輝きを湛えていた。左目の端には小さな涙ほくろがあった。身分証明書を受け取る時、彼女の手首についた木製の数珠がかすかな音を立てた。


「デポジット200円です」彼女の声は想像以上に柔らかく、夏の冷えた緑豆湯のようだった。


私は慌ててポケットを探り、コインをガチャガチャとカウンターに落とした。「あの…初めてなんですけど、1000円でどのくらい遊べますか?」


彼女は突然笑った。口元に小さなえくぼが浮かんだ。「学生証見せてくれますか?」


私は顔を赤らめながら、カバンのポケットからくしゃくしゃになった学生証を取り出した。彼女がそれを受け取る時、指先からチョークの匂いがした。


「高橋陽、3年7組…」彼女は小声で読み上げると、学生証を返してくれた。「今日は私のおごりにしましょう」とPCエリアを指差した。「好きなだけ使っていいですよ」


「え?」私は呆然とした。浩は横でニヤニヤしながら、肘で私をつついた。


「今日が最終出勤日なんです」彼女は胸の名札を調整し、ようやく名前が見えた――田中雨晴、アルバイト。「明日から大学に戻ります。A大学、3年生です」


何と言っていいかわからず、ただ拙いお礼を言うしかなかった。彼女は手を振り、ポニーテールが軽く揺れた。机の上に『教育心理学』の本が置いてあるのに気づき、ページの端にはカラフルな付箋がびっしり貼ってあった。


2時間はあっという間に過ぎた。「残高不足」のメッセージが表示された時、私は勇気を出して受付に戻った。雨晴さんは荷物をまとめていて、机には既に外された名札が置いてあった。


「あの…ありがとうございました」声が喉に詰まりそうだった。「LINE交換してもいいですか?」


彼女の手が一瞬止まった。それから鞄からスマホを取り出した。陽の光の中、淡いブルーのスマホケースに竹を抱えたレッサーパンダの絵が描かれているのが見えた。


「私のQRコードを読み取ってください」彼女が表示したQRコードを、私は震える手でスマホに向けた。最初のスキャンでは「無効なQRコード」と表示され、2回目はスマホがフリーズし、3回目はなぜかネットカフェの回線が切れた。


「おかしいな…」彼女が眉をひそめる様子も可愛らしかった。「私があなたのを読み取りますか?」


場所を変えて試したが結果は同じ。彼女のスマホでも同じ問題が発生し、QRコードは魔法にかかったように認識を拒否した。時間は刻一刻と過ぎ、私の額に脂汗がにじんだ。


「手入力でもいいですか!」と私はひらめいたが、友達追加画面を開いた瞬間、彼女のスマホが鳴り出した。


「予約したタクシーまであと40分…」彼女は下唇を噛みながら、急いで本をリュックに詰め始めた。


私の頭は真っ白になった。キーボードの上に浮かんだ指は、自分のLINE IDが思い出せなかった。普段自動ログインに頼っていた習慣が、今最大の障害になっていた。


「takahashi_haru…その後は何だっけ?2019か2020?アンダーバーかドット?」私は取り乱して独り言を言っていた。


雨晴さんは既に鞄を背負い、戸惑いながら入口に立っていた。「本当に行かなきゃ…」


「待ってください!」私はカウンターのメモ用紙をつかんだ。「LINE IDを書いてもらえませんか?」


彼女は素早く文字列を書き、メモを引き裂く瞬間、外でタクシーのクラクションが鳴った。その紙切れは受け渡しの最中に床に落ち、私が拾い上げた時には、彼女はもう外に駆け出していた。


メモには雨に滲んだ青いインクで、最後の2桁がぼやけていた。私が追いかけた時、タクシーはすでに街角を曲がり、夏の空気に排気ガスを残すだけだった。


ネットカフェに戻ると、浩は私の表情を見て首を振った。私はあり得そうな数字の組み合わせを試した。「ameharu」の後に誕生日、大学の略称、様々なラッキーナンバーを加えてみたが、全てのリクエストは返事のないままだった。


あの日以来、私は毎週金曜の放課後に「ブルースカイネットカフェ」に寄るようになった。新しい受付はゲームに夢中な男子で、空気中にあのチョークの匂いはもうなかった。大学入試センター試験が終わった日、私はもう一度訪れたが、ネットカフェは看板を替えてカフェになっていた。


大学の入学式で、A大学のキャンパスで無数のポニーテールを見かけたが、左目に涙ほくろのある子はいなかった。あの汗で濡れて乾いたメモ用紙は、今でも高校の卒業アルバムに挟まれており、あの夏の最も鮮明な思い出になっている。


時々思う。もしあの時ネットが繋がっていたら、もし自分のLINE IDを覚えていたら、もしタクシーが5分遅れていたら…でも青春とはそういうものだろう。いくら近くにあっても、正しい結果が得られないQRコードのような出会いもある。


そして、あのネット代をおごってくれた午後は、高三の灰色の記憶の中で、唯一の優しい赤い色になった。

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