第041話 セブンの歩み

 ここがあの男より指定された、最後の地点。ヘルハウンドの親玉が守っていた、三つ目の洞窟だ。この場所に目当てのが無ければ、今回の任務は完全なる無駄足となる。


「さてと……」


 薄暗くひんやりとした内部へ、足を踏み入れる。お節介なパートナーさん曰く、「中は完全なる暗闇」との話だったが……何てことは無い。入り口がある時点で、光源は確保されている。これのどこが暗闇だと言うのだろうか。馬鹿らしい。


(どうでも良い様な事に気を回しすぎ…… あのお人よし)


 だが……そんな気回しが、功を奏する事もある。

 彼が準備した光り石なる鉱石は、黒影からの逃亡に役立った。それは認めなければならない。


 一夜明けた今でも、ありありと思い出す。視界を覆い尽くさんばかりの巨大な火の玉。これまで死線を潜った経験は何度もあるが、あれは別格だった。もしも自分一人であったなら、間違いなく死んでいただろう――



 だからと言って、特段何も感じないのではあるが。



 「助かった、ありがとう」と、形ばかりのお礼は言った。

 だが実際の所、その言葉自体に深い意味など無い。


 生き死になんて、どうでも良い。

 何一つとして感じない。


「別に……助ける必要なんてなかったのに……」


 ぼそり呟く声は洞窟内に反響し、岩肌に吸い込まれて消え去った。静寂が辺りを包み込む。ヘルハウンドの気配など微塵も感じられない。「生き残りがいないか確認して来る」と尤もらしい事を言ったが……つまるところ、それは嘘だ。


 嘘――

 結局自分も同じじゃないかと、乾いた笑いが漏れ出た。決闘の顛末が蘇る。ギフトの事を隠していた彼の事を責める資格など、私に有りはしない。


「おっ、と――」


 靴先に何やらこつんと、僅かな衝撃。足蹴にしたのは小さな宝石だった。つまんで目元へ近づけ、睨めっこ。お目当ての品物ではなかった。よってそのまま、地面へと投げ捨てる。


 足元を見ると、密集する宝石の数々。しゃがみながら一つ一つ手探りする。我ながら何をやっているんだろうかと、馬鹿馬鹿しくなってくる。


(随分色々集めてる。探すの、手間取りそう……)


 喉元まで出かかった溜息を、何とか押し留める。息を吐いたとて虚しさが増すばかりだろう。


「……引っ掛かってる。鬱陶しい……」


 じゃらじゃらと金属音を響かせるネックレスを引っ張ると、その末端に何かが付いて来る。ネックレスを解き、持ち上げたそれは――ブローチだった。


 円形の型、周囲に散りばめられた五つの宝石。そして中心では、一際大きな水晶石が鎮座する。事前に聞いていた情報と、特徴がぴたりと符合する。


「……これがあいつの言ってたブローチかな。最後の最後で見つかるなんて、ほんと勘弁して……」


 探し物が見つかったのならば、こんな場所にもう用はない。ブローチを手の中へと握り込み、セブンは早々に洞窟を立ち去るのだった。


 ♢


 ヘイムダル南部は都市の恥部――

 帝国上層部では、そう呼ばれている。


 その一画は、一言で表すのなら"最下層"だ。


 誰が最初だったのか。

 人が生活する上で、必ずゴミは付いて回る。ヘイムダルでは決められたゴミ置き場が設置されてはいるが、皆が律儀に利用する訳ではない。ルールを破る者は一定数存在する……特に南部はスラムに程近いと言う、地理的な悪条件も助長した。


 ゴミの投棄が始まった。

 最初は小さな屑鉄が道に転がる程度だった。鍛冶場の人間の仕業だろうか。いつしかそれらは山となり、その有様を見た別の人間もまた、同じ事を繰り返す。気が付けば、ここはゴミ溜めと成り果てた。


 今は無き、第四皇女リーンベル。彼女は一度だけ「視察」と言う名目で、ここを訪れた事がある。その滞在時間、僅か三分。そもそも興味が無かったのだろう。彼女はここを浄化する事よりも、隔離する道を選んだ。南部はヘイムダルとは別の街、"ゴミの掃溜め地区"だと切り捨てた。



 碌でもない場所には、碌でもない人物が集まって来るが常。

 例えば、私と――


「おや、これはこれは!」


 目の前でニヤニヤと嗤う、この男。

 八年前から何一つとして変わらない、醜悪な笑み。どうしようもない――クズ野郎。


「奇遇ですね、セブンさん。どうしたのですか、そんなにお召し物を汚して…… 泥遊びでもしましたか?」


 地面に広がるゴミを足蹴にしながら、ヨランがゆらりと歩み寄る。顔を見ただけで、吐き気が込み上げる。これはきっと……ゴミの悪臭のせいだけではない。


「こんな場所に、いったい何の用? 随分と暇なんだね」

「いきなり辛辣ですねえ…… ゼペット殿の所へ行っていたのですよ。折角ヘイムダルに滞在しているのですから、顔を出すのが礼儀と言う物でしょう?」

「……まあどうでも良いや。丁度いいタイミングだった」

「?」


 疑問符を浮かべるヨランの眼前に、先程洞窟で手に入れたブローチを掲げる。瞬間、ヨランの瞳がきらきらと輝き出す。


「おおこれは……例の代物ですね……! 素晴らしい。まさかこんなにも早く達成して頂けるとは……!」


 ブローチを受け取ると、先ずは中心に嵌められた水晶石……次いで引っ繰り返して、裏面を確認。満足そうに頷いた。


「検証は後ほど…… ご苦労様でした。達成報酬はいつも通り、ゼペット殿の所まで。これで回収も済みましたので、私もアーノルド殿下の元へと戻るとしましょうか! ユーステス殿にも、宜しく伝えておいて下さい」


 立ち去ろうとするヨラン。これでようやく、不快な時間から解放される。安堵で肩が下がる。そのまま放っておいても良かったが……魔が差した。


「ヘルハウンドの討伐中、群れのヌシと思われるデカ物と遭遇した」

「ヌシ……ですか……?」


 歩みを止め、ヨランはこちらを一瞥する。


「……三つ目に三本の尾で、通常のヘルハウンドとは明らかに違ってた…… 組織は事前にどこまで掴んでたの?」


 セブンの言葉を聞き、目を細めるヨラン。その表情からは、腹の内は伺い知れない。


「その様な個体が紛れ込んでいたとは……初耳ですね。まあストラダ森林も広いですから、そういう事もあるでしょう。貴重な体験が出来ましたね」


 くすくすと嗤い声を漏らす様子を見て、呼び止めた事を心底後悔した。この男に、まともに取り合う気など有りはしない。すぐさま会話を打ち切り、立ち去るのが正解だ。


 だが、そうとは分かってはいても、つい非難の言葉を投げ掛けてしまう。


「何それ? ふざけないで」


 声は荒げない。

 怒りを見せた時点で、相手の術中だ。のらりくらりと言いくるめられて、逃げられるのが目に見えている。

 淡々とした責め文句で、この男にわずかでも報いる事が出来るのならと。


「駆逐対象の脅威度が上がる可能性があるのなら、事前に教えとくのがアナタの役割でしょ? ましてや今回の任務は、アナタの独断。危うくこっちは死に掛けたんだけど?」



 そんな事を考えたのが、そもそもの間違いだった。



「おや? セブンさんに生への執着など……まだ残っていたのですか?」



 瞬間、背筋が凍るような感覚。

 心の内側、最も触れられたくない部分に。

 言葉の刃が、容赦なく踏み入った。


 だから止めておけば良かったのだと、脳内の自分が溜息をつく。


 最悪の気分だ――



「そう睨まないで下さいよ! 軽い冗談じゃないですか! 私としても、長年苦楽を共にした同志を失うのは悲しい事なんです…… セブンさんが辛い過去を乗り越え、未来を見据えてくれると言うのなら……こんなにも嬉しい事は――」


 会話を途中で打ち切り、背を向ける。

 一刻も早く、この場を立ち去りたい。



 が、脳裏にチラつく。

 キモチワルイ――


 黒影との戦闘以上に、蓄積した疲労感。ふらふらと路地裏へ消えて行くセブンの足取りは、より一段と重くなっていた。


 ♢


 新調された服、輝きを取り戻した手甲剣。ここ二日の内に、二度も使い潰してしまった。それだけ苛烈な任務だったという事だろう。一通りの用事を済まし、やって来たのは酒場宿。確か"山猫亭"と呼ばれていた。


 彼が戻っているとしたら、恐らく――


「いらっしゃい……って……あ! アナタ、セブンちゃん?」


 店に入ると、突然見ず知らずの女に声を掛けられた。女は足早で入り口まで近づくと、親しげな笑みを浮かべる。


「私、メノウって言うの! よろしくね! ユーステスから話を聞いてるよ。二人とも奥の部屋に居るから、ついて来て!」


 店の中を先導するメノウ。彼の行き先としては、王城かこの酒場宿……どちらかだろうとは思っていた。元騎士であると言う来歴を取るならば、王城。だが黒影討伐の際、アイムと共に訪れたのは"山猫亭"の一室だった。実質二択……どうやら勘は当たったらしい。


 部屋に入ると、机に突っ伏した彼の姿が目に映った。肩のあたりにまで毛布が掛けられ、呼吸と共に上下している。


「寝てる……」


 セブンの呟きに、隣のメノウは苦笑いの呆れ顔。


「机じゃ疲れも取れないでしょーに。寝るんなら別の部屋に行けば良いのにね。『アイムの傍にいるんだー!』って、かたくなで…… 折角来てくれたのに、ごめんね、セブンちゃん。起きるまで、ちょっと待っててあげても良い?」


 小さく頷くセブンを見て、メノウは満足げ。そのまま胸のポケットよりスクロールを取り出した。


「何か飲む?」


 スクロールを広げられ、セブンは眉間に皺を寄せた。おずおずと指を持ち上げるも、中々その先が定まらない。


 たっぷりと時間をかけ。

 宙を彷徨う指が、遂に一点を指し示した。


「あ~ セブンちゃん……うち、小さな子にはお酒、出してないんだ。イレーネの方針で…… それ以外! それ以外なら良いから! 何か希望、ある?」


 セブンはばつの悪そうな顔を向けた。やはり当てずっぽうではダメだった。迷っていた時間が馬鹿らしい。


「何でもいい…… できれば……温かい物で」

「ん、りょーかい! ちょっと待っててね!」


 最初からこう言えばよかったと、少し後悔した。

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