第037話 信頼関係
広場の中心に降り立ったセブンは、昨夜の返り血がまるで嘘の様。純白の衣服に身を包み直していた。太ももに添えられた手甲剣も輝きを取り戻しており、亀裂も無い。どうやら装備一式を新調する伝手は持っていると見え、ユーステスの不安は杞憂に終わった。
「初めまして、僕アイムって言うんだ! お姉ちゃん、ユーステスのお友達?」
満面の笑顔にて問いかけるアイム。突如天空より飛来した謎の不審者に対しても、彼の人懐っこさは変わらない。あの無邪気さに満ち満ちた尊き笑みを前にすれば、さしものセブンと言えど陥落、あっけなく心を開く事だろう。これこそ正しく、天然の人たらしという訳だ――
「…………」
「……? あれ……? もしも~し……? お姉ちゃん……?」
悲しきかな、がっつりと無視をされていた。
呼び掛けにピクリとも反応しない様を疑問に思ったのか。アイムはセブンの目の前で数度手を振ってみせるも、全て不発に終わる。さながら彫像の如く、黙して動かぬセブン。不気味だ。
アイムは若干涙目になりながら、首をこちらへ傾けた。
「ユーステス…… お姉ちゃん、動かないよ……」
不安そうにぽつりと漏らす。混じりっけなし純度100%の善意を、無下にするとは頂けない。意固地で愛想のない白き相棒に代わり、助け舟を出す事に決めた。
「アイム、こいつの名前はセブン――俺の良き友人だ。ちょっとばかり恥ずかしがり屋さんでな。人と話すのにはあまり慣れていないんだ」
不安の種を取り除こうと、努めてにこやかな微笑みを浮かべながら。隣に立つセブンの肩をぽんぽんと叩く。
「不愛想に見えるかもしれないが、まあ悪い奴じゃない。是非とも仲良くしてやってくれ!」
隣から何やら舌打ちが聞こえたが、聞こえぬふり。アイムを無視する様な不届き者だ。自分が無視をされたとて、文句は言えまい。
「そうだったんだね……! ごめんなさい、いきなり話しかけちゃって…… 改めてよろしくね、セブンおねえちゃん!」
しゅんと項垂れた表情から一転、眩しき笑顔が咲き誇る。
順応力の塊だ、恐れ入る。
対するセブンは、苦虫を口いっぱいに放り込まれたような顔をしている。お前の方が年上だろうに。大人げない。
セブンは渋面を作ったまま、さも不服そうに吐き散らす。
「ままごとがしたいんだったら他所でやってくれない? 良き友人さん?」
刺々しい態度。当てつけの様に『友人』の部分を強調された。不満があるのならば、自己紹介ぐらいは自分でやって欲しい物だ。
「……まあそう言うなって。それに……良いタイミングで来てくれたよ、セブン。昨日の件についてな……丁度解決方法が見つかった所なんだ」
セブンとアイム、両者の顔に疑惑の色が灯る。広場では徐々に見物人たちのひそひそ声が大きくなってきた。どうやらセブンの華麗なる登場が、悪目立ちし過ぎてしまったらしい。
「ここで話すってのは少し面倒かもな…… 二人とも、ちょっと付いて来てくれ!」
♢
広場から"山猫亭"まで移動。ユーステスはそのままの足で、自身の寝泊まりする部屋までセブンとアイムを誘導する。人目を避けようと思うのならば、やはり個室が一番だ。
故の必然ではあるが。両脇に少年少女を侍らせた黒ずくめの男が、店の中央を横切り、奥の部屋へと消えて行く……そんな怪しき絵面となった。接客をしていたメノウが途中こちらに視線を向け、ぴくぴくと顔を引きつらせていた。アレは何かを誤解している目だ。後ほど弁明せねばなるまい。
「遠慮せず、適当に掛けてくれよ」
紆余曲折?ありながらも、無事部屋に辿り着いた三人。ユーステスは窓際付近の椅子に腰かけ、両手を差し出した。
「それじゃあ…… 失礼しま~す……」
言われるがままに、ちょこんとベッドへと腰掛けるアイム。緊張しているのだろうか。両手をグッと握り背筋をピンと正す様は、さながら忠犬の如く。可愛い奴め。
対するセブンは扉付近の壁に背を預け、ジッとこちらを睨み付けていた。座ってくれとお願いしているにもかかわらず、とことん反抗的なその態度。可愛く無い奴め。アイムの爪の垢を煎じて飲み尽くせ。
「あのまま広場で話してても良かったんだけどな。少しざわついて来てたんで、場所を変えさせてもらった。他人の目が無い方が、色々と都合が良い」
前置きを終え一呼吸、次いでベッドに座るアイムへと向き直る。
「アイム……さっき言ってたヘルハウンドについて、これから事情を説明しようと思う。少しばかり長い話になるんだが……実はここ最近――」
「ちょっと待って! いきなり何言い出すつもり!」
焦りで体を一歩前に出したセブンを、手のひらにて制止する。
「大丈夫だ! 少しの間、黙って見ててくれ……!」
組織からの任務だと言う事は伏せ、ユーステスはアイムへこれまでの経緯を軽く説明した。ヘルハウンドにより、里への被害が出ている事。セブンと共にストラダ大森林へ討伐しに向かったが、あと一歩という所で返り討ちにあった事。
そして狂暴化したヘルハウンドを今直ぐにどうにかせねば、里人達の命を脅かす恐れがあると言う事を――
説明を一通りを聞き終えると、アイムは深く息を付く。
「…………それは、とっても大変な状況だね……」
神妙な面持ちのまま、何とかそう言葉を振り絞った。
「あと少しで奴らを全部討伐出来るんだが……ちょっと行き詰っててな…… アイムの力を借りたいんだ」
「僕の、力……?」
首を傾げるアイム。その瞳を真っ直ぐ見据えて、告げる。
「【
理解が及んだのか、アイムの目がハッと見開かれる。
「俺がヘルハウンドと戦ってる間、アイムには後ろで戦闘を見守ってて欲しいんだ。それで……『ここぞ!』ってタイミングが来たら、一気に雨を降らしてくれ! そうすれば意表をついて、奴らを一網打尽に出来る……!」
作戦の概要を大まかに伝える。だがこれは、あくまで最良の結果だ。想定し得る最悪の事態についても話しておかなければ、フェアではない。最終決定権はアイム自身にある。同行を無理強いする気はない。
「けどな……正直リスクはかなりある。群れの中には一体だけ、凶暴なデカい個体が混じってる。そいつがどう動くのかは予測が出来ない。それにいくら後方とは言え、ヘルハウンドに狙われる危険性はある。護衛としてセブンを付けようとは思ってるんだが、もし一斉に向かって来られたら、どうなるかは分からない。万が一俺たち二人ともがやられたら、その時は――」
「良いよ――」
説明し終えるのを前にして、アイムの澄んだ声が場に響いた。
「ちょっとぐらい危なくても、構わないよ。人の命が掛かってるんだよね…… 僕のギフトが役に立つのなら、ぜひ使って!」
ベッドより立ち上がり、凛と胸を張るその姿に。暫し言葉を失った。
「あとね……護衛なんていらないよ。セブンおねえちゃんも戦えるんだよね? だったら、最初から二人で全力で戦ってよ。その方がユーステスも安全でしょ? 僕は後ろで隠れてるだけなんだよね? だったら大丈夫!」
「アイム……」
悪い癖が出た。
彼を子供なのだと、侮っていた。
戦場に立つ、それは死と隣り合わせ。アイムは幼い、故にただ守られるだけの存在なのだと。勝手に決めつけていたのは、ユーステス自身だ。戦う覚悟など、彼はとうに済ませていた。
「どこまで出来るか分からないけど……僕、ユーステスの力になりたい!」
その胸には確かな優しさと、正義感を併せ持ち。瞳は熱く、使命感に燃えていた。
彼は紛れもなく、戦士だ。
椅子より立ち上がり、アイムの足元で片膝をつく。並んだ目線。一方的に守るのではなく、共に戦う仲間として。
「よし、分かった……! ありがとう、アイム!!」
力いっぱいに、抱擁を行った。
「準備が出来たら北の関所まで来てくれ! そこから街道を通って、ストラダへ向かうぞ!」
♢
「あのちっちゃいの、何者?」
「お前が言うな……」
本日何度目だろうか。鋭い眼光で睨まれる。アイムが部屋から去った後、セブンはようやく重い口を開けた。
アイムへの説明の最中、セブンは終始無言を貫いた。彼女が危惧しているのは恐らく、組織に関するアレコレだ。説明の途中で待ったが掛からなかったという事は、先程話した程度の内容ならば、知られても特に問題ないとの判断か。
「アイム……帝国軍の支援部隊の一員だ。【
「ふ~ん……」
実際には、アイムは軍に攫われ、無理矢理ルミナリアに連れて来られた形なのだが。それを言うのは憚られた。気丈に振舞ってはいるが、彼の心の傷は大きいだろう。軽はずみで他者へと話して良い内容ではない。
「支援部隊って、確か裏方だっけ? だから連れ出しても問題ないと判断した?」
「ああ、その通りだ。俺たち二人だけじゃ、あの黒影に勝つ方法が思い浮かばなかった。突破口が必要なんだよ――」
左手を強く握りしめる。昨日抉った傷はまだ完治からは程遠く、指の間にはジワリと血が滲んだ。
「天然の雨と違って、ギフトによる雨には予兆が無い。ヘルハウンド達も、さぞかし狼狽える事だろうよ。あの黒影の火球も……それでどうにかなるかもしれない」
「……かもしれない? つまりは賭けって事? 失敗した時のリスクが随分と大きいように思えるんだけど?」
「そうだな。もしかしたら、黒影の奴はそれでも止まらないかもしれない。だから最悪の事態に備えて、コイツも持って行くのさ」
懐より取り出した紅い鉱石に、セブンの瞳が引き寄せられる。
「何それ?」
「メゾンライトだ。熱を吸収する性質を持つ、希少鉱石。コイツを使えば、黒影の火球を一度はやり過ごせるだろう。撤退するぐらいの隙は作れる筈だ」
鉱石は武器として利用したい為、あくまでそれは最終手段。使わないに越したことは無いが、お守り程度にはなる。
「アナタの思惑は大体わかった。あのちっちゃいのを連れて行くってのも、別に問題ない。でも……それで仮にデカぶつが討伐出来たとして……その後の方が問題」
「……どういう意味だよ?」
「……まあ、最初に伝えなかった私たちも悪いんだけど。基本、組織から出される任務は秘密厳守。今回の件についてもそう。私たちが組織からの命令でヘルハウンドの討伐に動いてたって、周りに知られるのはあまり良くない」
「? そんな事は分かってる。だからアイムにも、組織の事は伏せておいただろ?」
セブンは眉間を抑えながら、小さく溜息をついた。
「鈍いね。あの子が周りに言い触らすかもしれないって言ってるの。ヘルハウンドの討伐に行ったって、周囲に自慢するかもよ? そうしたら、疑問に思うでしょ。誰と行ったんだ? どうしてそんな事になったんだ?って。軍に所属してるって言うなら、武勇伝には目が眩みがち。余計に質が悪い」
「あいつはそんな事はしないよ。ただまあ、どうしても不安ってなら…… 一応、今日の事は誰にも言わないでおいてくれって、それとなく伝えておくよ」
「……は? 口止めすればそれで済むって、本気で思ってるの?」
愕然とするセブンに対し、ユーステスは優しき笑みを返した。
「ああ。俺はアイムの事を、信頼してるからな」
信頼。
それはこれまで暗い闇の中を独り歩んで来たセブンにとって、最も縁遠き言葉であった。
「…………訳わかんない」
苛立ちを含んだ声音。これは何に対しての怒りだろうか? どこまでも能天気な思考のユーステスに対してか。何のメリットも無く危険に飛び込む決意をした、アイムに対してか。
それとも――自身が決して持ち得ぬ"絆"の輝かしさを、目の前で見せつけられた故であろうか。
今のセブンには、知る由も無かった。
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