第031話 害虫駆除
「あれが目的地?」
セブンの問いかけに、無言で頷き返す。腐臭漂う泉を抜け、徒歩数分。地図に記された二つ目の洞窟へと辿り着いた。
(うまいこと隠れられるような場所は……無いか)
洞窟内へと続く道は岩で舗装され、地面からはまばらな雑草が生えるのみ。警戒すべきは、ヘルハウンドとの不意の遭遇だ。
あの死体の山を見た今となっては、気を引き締めざるを得ない。間違いなく、群れは怒り狂っている。テリトリーを犯す狼藉物に、容赦などしないだろう。
先ずは付近の様子を伺おうかと辺りを見回すと、やはりと言うべきか。
一帯に、生物の気配が感じられない。
泉の影響をもろに受けた、その結果だろう。セブンは眉間に皺を寄せたまま、洞窟の入り口を凝視している。
「ここをねぐらにしてた群れは、もう全滅してるかもね」
「その可能性は大いにあるな。見張りのヘルハウンドも居ないみたいだ」
セブンの眉間の皺は未だ刻まれたまま、その瞳は暗闇の奥を真っ直ぐに見つめている。夜目は利くのかもしれないが、流石にこれだけ遠目では、中の様子までは伺い知れぬだろう。
「ちょっと様子を見てくる。何があるか分からないから、アナタはここで見張ってて」
「……分かった。用心しろよ」
暗がりに消えたセブンの背を見送った後、前方の木の影より何やら物音。カサカサと僅かな音ではあったが、静寂の中ではよく響いた。音の出所に視線を向けると、とある二人の男達が視界に入る。
「――!! 奴ら……何でこんな所に……!」
無精ひげを上下させ、男二人は低く笑い合う。フードの様に頭を覆い隠す、黒い布。胸から腰に掛けてはレザーの防具を着込み、一人はショートソードを帯刀、片や背中にハルバード。
当然、知り合いなどではない。
だがそれ以上に、その出会いは因縁めいていた。
男の内の一人が、肩に掛けたバッグ。大きく
黒きユニコーンの紋様が、ありありと刻まれていた。
♢
その忌まわしき紋様を見たのは、襲撃の夜が最後だった。リーンベルを撃ったあの夜、確かにこの目に焼き付けた。皇女暗殺の濡れ衣を被せた事で、近々殲滅戦が行われる。
イレーネの――『宵闇の園』の仇敵。
最低最悪の犯罪集団、ここで逃す手は無い。
「おーい! ちょっと待って下さいよ~!」
二人の男はユーステスの気配に気付いていなかったのか。ギョッとした顔を見せ、こちらを振り返った。
「あ~良かった、ようやく人に会えた!」
「おっ!? なっ、なんだよ、おめぇ……?」
「私はしがない狩人です。ちょいと珍しい生き物を探して、森に入ったんですけどね。お恥ずかしながら、道に迷ってしまいまして……」
「珍しい生き物だあ……?」
怪訝な表情の二人組。後ろ暗い事がある連中ってのは、些細な物事にも敏感だ。先ずは警戒心を下げる必要がある。ポイントは「相手に自分は無害な存在である」と、それとなくアピールする事。
「ストラダ大森林て言ったら、ここらじゃ有名な狩場じゃないですか! 実は……私はレストマーレ出身でしてね。ヘイムダルに来る事があったら、いつかこの森にも来てみたいと。常々夢見てたんですよ!」
「おめぇ南部から来たのか……? あっちは戦争やら何やらでひでぇ有様だからな。狩場もほとんど封鎖されちまってる。北に逃れて来たのは正解だったな」
「ほんっとにもう、その通りなんですよ! ただでさえ死の大地のせいで、土地の半分が機能してないのに、その上戦争と来たもんだ! こちとら商売あがったりなんですよ! 『もうやってられっか!』と思い、一念発起した次第です!」
鼻息を荒げながら、嘘に嘘を塗りたくる。その場凌ぎなのだから、内容などどうでも良い。ただ勘付かれなければ、それでよい。
別れ際の、その瞬間まで。
「この森の噂は、昔っからよく聞いておりましてね。一つ歩くたびに、動物の鳴き声が木霊する――生命に満ち溢れてるって言うじゃないですか! ちょーっとばかし奥に入れば、珍しい生き物に……それこそ、幻獣の一匹でも見つかるんじゃないかって…… 興味本位で足を運んだまでは良かったのですが……」
両手を上げ、呆れのポーズ。肩を竦め、おどけてみせる。
「結果はご覧の有様です…… 幻獣どころか、獲物の一匹だって捕まりゃしない。散々たる結果なんですよ」
男二人は顔を互いに見合わせると、ぷっと噴き出した。
「はっ! なんだよ、おめぇ同業者か!」
「驚かせるんじゃねえよ! 身構えて損したぜ!」
即席で『狩人』の仮面を被ったユーステスに、男二人は何の違和感も抱かない。長年の密偵生活で培った、相手の懐に取り入る術。皇族騎士と言う大命を三年もの長きにわたり演じ続けたユーステスにとって、この程度の芝居は造作もない。
「はて? 同業者……?」
「なんだ、知ってて声を掛けたんじゃねぇのかよ?」
「こいつを見なっ! ほらっ!!」
男の一人が、肩掛けのバッグをこれ見よがしに突き出した。
「ギルド『一角獣の骸』っつたら、大陸三大ギルドのひとつだろ! ほら、このマークだ! 知らねぇとは言わせねぇぞ!」
「もし忘れちまってるってんなら……もう一度、その残念な脳みそに刻んどきな?」
男はゆらり近づくと、ユーステスのこめかみをトントンと二度小突く。黄ばんだ歯を見せながら、フンとひとつ鼻息を浴びせかけた。
「い、一角獣の……骸っ……!!!!」
みるみるうちに、青ざめるユーステス。勿論演技だ。世間一般のイメージからして、先ずはこの反応が順当だろう。そう判断した上での、仮初の震え声。
「おいおい、そう怯えんなって! こう見えて、俺らは同業には寛容なんだぜ? それに……」
値踏みする様な、不快な視線が絡み付く。一通りユーステスの体全体を見渡すと、男はにやりと嫌らしく笑った。
「おめぇみてぇなみすぼらしい野郎から奪い取るもんなんて、なーんもありゃしねぇよ!」
「そいつはちげぇねぇ!! 狩人ってんなら、もう少しマシな装備で森に来な? お馬鹿さん!」
「ハハハ……」
苦笑いを浮かべていると、背中をバンバンと叩かれる。最低限の軽装で森に入った事が、功を奏した様だ。
男達の目に付く範囲で金目の物と言ったら『血麗隊』の指輪ぐらいだろうが……これには偽神触媒としての価値しかない。事情を知らない者からすれば、悪趣味な指輪にしか見えぬと言った所か。
「おめぇ、幻獣を探してるって言ってたな。目当てはヘルハウンドか?」
「……凄いっ! よく分かりましたね!」
「つくづくバカだな、おめぇは! ストラダで幻獣ったら、大体はヘルハウンドだろうが! それ以上となると、とても個人じゃ手に負えねぇよ。おめぇみてぇなヒョロヒョロ、一瞬でお陀仏だ!」
男二人がげらげらと笑う。相手を格下とみなしてか、すっかり警戒心は解けたらしい。単純な物である。
「じゃ、じゃあ貴方がたも? こんな森の奥深くにいるって事は……目的はヘルハウンド……?」
「まさか!! あんな金にならねぇ獲物、狩るだけ時間の無駄ってもんだぜ!」
再び大声で笑いこける二人。何がそうも面白いのか、理解に苦しむ。さっさと話を進めて欲しい。ここから先が重要なのだ。
「まあでも、あながち間違いって訳でもないんだな。コレが」
「……? どういう意味ですか?」
肩からバッグを掛けた男が、顔をずいっと近づける。
「ヘルハウンドはな、光り物を集める習性がある。おめぇが言ってた通り、ストラダはここらじゃ有名な狩場だからな。時たまいるんだわ。森の奥深くまで足を踏み入れて、奴らの返り討ちに会う、バカな冒険者やら貴族のボンボンが!」
「ちょうどおめぇみてぇな奴の事だよ! 良かったな! 死体になる前に俺達と出会えて!」
「ははっ……それはもう、骨身に染みていますよ……」
困り顔を浮かべながら、へこへこと媚びへつらうユーステス。持ち上げられるほどに機嫌が良くなり、饒舌となる二人。傍から見ているだけでは分からぬが、そこには明確な区分けが存在する。利用する者とされる者の、決定的な線引きが。
「その馬鹿共が身に着けてたお宝の数々を、ヘルハウンドは巣にたんまりとため込んでるんだよ。そいつを根こそぎ掻っ攫うって訳だ! 巣の場所に目星さえ付いてれば、そう難しい話じゃねぇ」
男はバッグの蓋を開けると、中を見る様に促した。上澄みには牙や爪がゴロゴロと、そしてその奥に、きらり輝く影を見る。
ざっと見ただけでも、金貨銀貨の山々、宝石の数々。それらがバッグ一杯に詰まっているとするならば、その価値は計り知れない。
「凄いですね……」
「ヘルハウンドの素材なんて、大した値段になりゃしねぇ。せいぜい牙や爪なんかをスラムのマーケット辺りにでも流して、それで終わりだわな」
男の一人がバッグの奥に手を突っ込み、何やらゴソゴソと引っ張り上げる。指に絡んだのは、針を幾重にも編んだ様な、複雑な衣装を施したナイフと懐中時計。こういった品物は、主に貴族の間で好まれる。実用性よりも、見てくれ重視なのだ。
「本命はあくまでこっちよ! 貴族様は狩りがお好きだからなあ。身の程を弁えねぇ世間知らずのお陰で、俺らの懐が潤うってからくりだ!」
「なるほど……」
必要な情報は出揃った。『骸』の収入源、それは人々からの略奪だけに留まらない。時には森へと足を運び、ハイエナの真似事をしている。その事が分かっただけでも、十分収獲であった。
一般人がむやみやたらと幻獣に手を出す事は、この国では禁止とされている。下手に幻獣の怒りを買って、面倒が起きぬ様に。問題があれば帝国軍が対処する、それがルミナリアの掟だ。
個人の思惑で幻獣を狩るなど、言語道断。
こいつらは遠くない未来、然るべき報いを受ける事になる。
為政者トレロスの掲げる正義の名の元に、断罪される。この森に居るという事は、アジトはヘイムダルの近郊にあるのだろう。
となれば、放っておいたとしても。この二人の命は所詮、風前の灯火だ。
「じゃあ、俺らはそろそろ退散する。噂じゃヘルハウンドのヌシってのが彷徨いてるらしいからな。おめぇも、長居しないのが吉だぜ―――」
「っとその前に! 最後に質問、良いですか?」
だが、ひとつだけ。
これだけはどうしても、聞いておかねばならない。
黒衣の内に手を突っ込み、グッと拳を握る。一瞬、手の内に鋭利な感覚と、ひりつく様な痛み。同時に手のひらがじわりと湿り、熱を帯びる。
懐より拳を取り出し、親指を立て。
そのまま後方を指差した。
「向こうの方に泉があったんですけど、……中々凄い事になっていました。もしかしてあれをやったのも……貴方達ですか?」
目を丸くする二人。互いに一度顔を見合わせると、直ぐにこちらへ視線を向ける。
「おめぇ……、アレを見たのか?」
頷くと、男の口より息が漏れる。
続く声は震えていた。
それはとても愉快げに笑う――
さながら、羽虫の羽音の様だった。
「傑作だったろ! 知ってるか? ありゃアルテリアの毒だ! 俺らも使ったのは初めてだったんだが、もうすげぇのなんのって!! アレを使えば、わざわざ狩りなんてする必要もねぇ! ほっとくだけで、群れごと壊滅してくれるんだからな!」
「あの毒は重宝するぜ~ 今後の作戦行動にも取り入れる様、お頭に進言しとかないとな! ありゃ龍だってヤレるんじゃねぇか!? あーはっはっはっは!!!!」
生き物の気配が消え失せた、静寂の中。
その羽虫の騒ぎ立てる音は、酷く耳障りだった。
「これは私が小耳に挟んだ話なんですがね。何でもここ最近、怒り狂ったヘルハウンドが人里に降りて来て、被害が出てるんだとか…… 多分、あの泉の影響かと」
「あ? 知るかよ、んな事。俺らに関係ねぇだろうが?」
「…………」
顎をポリポリと掻きながら、他人事の様に漏らす。
「あ~でも、あれか。それでその里が滅んでくれるってなら、後で遺品を漁りに行くのはアリだな。おめぇも行くか? 少しぐらいだったら、分け前をくれてやるよ」
背後の泉を指差す、握り拳。
それをそのまま喉元へと持って行き――
水平に、首を掻き切る。
「だから救えねぇんだよ……お前らは……」
「――――ぉ?」
言い終わると同時に、男の一人ががくりと下を向く。口からは血を滴らせ、その眼は見開かれたまま。
男は事切れていた。
その胸元から生えるは、紅き槍。革の防具を易々と貫通し、その刃はどくりと脈を打つ。ユーステスの拳は開かれ、そこから槍が生成されている。手のひらからは、鮮血が伝っていた。
「おい!! どうしたっ!!!!」
取り残されたもう一人は、混乱の最中。唐突に血を吐き倒れた、隣の仲間。胸から伸びた謎の槍。何一つとして、理解が追い付かない。
「てっ、てめぇっ……! 何しやがっ――!!」
「うるせぇぞ、虫けらが。喚き散らすなよ……!」
槍を横一線に薙ぐと同時に、男の首が宙を舞う。
慈悲など有りはしない。
これはただの、害虫駆除なのだから。
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