第043話 選定
皇帝ルシウスが鎮座する、謁見の間――
並びたるは、二十の老若男女。全員が手足を紐で拘束され、正座の姿勢で隊列を組む。異様な光景。
その両脇を固めるは、二人の兵。汗を垂らし、緊張の面持ちを浮かべている。一人は右手にスクロールを持ち、ガタガタと全身を震わす。対岸のもう一人は浅い呼吸を繰り返しながら、小さな瓶を手の内へと握り込んだ。
全員の視線の先には、皇帝ルシウスの姿。
座して見下ろし、眼前に並んだ一人一人へと、その視線を向けている。
玉座の直ぐ隣には、銀髪の男が控える。胸には赤く光る記章。語らずとも、その威光を知らしめる。
皇族騎士――『剣王』ヴァテイン。
当代最強の剣士は、皇帝の騎士として名を馳せる。
近隣諸国と比較して、ルミナリア帝国の軍事力は抜きん出ている。多くの祝福者を束ね、武器製造に明るい貴族を抱え込みと……まさに盤石と呼ぶに相応しい布陣。そんな盤面を『完成』へと至らしめるのが、この男の存在だ。
ヴァテインがひとたび剣を抜けば、大陸の地図が塗り替わる。勢力図だけではない。地形その物が、変貌するのだ。
故に、かの騎士の戦は常勝。
皇帝の懐刀は、帝国の最終兵器である。
謁見の間、出入り口付近にて。
扉の前で呆然と佇む男が、この静粛たる雰囲気を前に、ごくりと唾を呑んだ。男の容姿は一言で表すならば、"小汚い"だ。穴の開いた麻布。伸び放題の髭。絢爛たるこの大広間に、相応しくない風貌である。
「こいつはいったい……何が始まるんだ……?」
静寂に投げ打たれた、男の呟き。震える声音を聞きつけ、拘束された者達が次々と上体を捻る。男の姿を認めると、その表情は憤怒に包まれた。
「ゾヌバ、貴様ああっつ!! この裏切り者があああっ!!!!」
「私たちを売ったわねぇッ!!」
「糞野郎がっ!! 神の裁きを受けろおッ!!!!」
浴びせられる罵声の数々。びくりと体を縮こまらせた男――ゾヌバは、反射的に手で顔を覆い隠した。
「ううっ……ゆっ……許してくれ…… 許してくれぇ……みんなぁ……」
俯き体を震わせるその哀れな男の肩を、優しくぽんと叩く影。
「大丈夫だ! アンタの判断は正しい!」
力強い言葉が、ゾヌバの肩へと降りかかる。俯くゾヌバの視線がゆっくりと、隣に立つ男へと向けられた。
「みな遅かれ早かれ、こうなる運命なんだ……」
ゾヌバの隣で目を細める青年。逆立つ赤髪、燃えるような紅の瞳。青年はゾヌバを元気づけようと、にかっと笑いながら言葉を続けた。
「心配しなくて良い! なーに、大人しくしていれば、酷い目には合わないさ! アンタらには奇妙な光景に見えるかもしれないが、どうって事ない! この国ではよくある事だ!」
「ほっ、ほんとかぁ……? みんな、ちゃんと無事に解放されるんだよなあ……?」
「ああ! 約束は違えない! 第四皇子ブロードの名のもとに誓おう!」
自らをブロードと名乗った赤髪の青年は、握り拳で自身の胸を叩きながら、そう断言した。その力強さ故か。ゾヌバの顔からは、幾分不安の影が消えていた。
そんな二人のやり取りに割り込む様に――
「サイレスの祝福者共は随分と活きが良いようだな、ブロード」
冷たき声音が、広間を響かせる。
「死の大地に根付く蛮族共が、良く吠える事だ。余程教養が無いと見えるな。良くぞ彼の地を併合した。見事だったぞ」
声の出どころは、同じく広間の出入り口付近。赤髪の青年ブロードの更に隣に、壮年の男の姿があった。
第一皇子、ウルジオだ。
不意のお褒めを受け、ブロードは照れ笑いを浮かべた。
「まだまだ! 兄上の手腕には及びませんよ! 今回の戦闘でも、サイレスの祝福者を何人も死なせてしまいました…… 俺の未熟さ故です。全員を生かしたまま、この日を迎えたかったですね……」
「生け捕りはあくまでも努力目標だ。最優先は大陸の統一、それは変わらんよ」
ゾヌバの隣で会話をするこの二人、いずれも皇族。第一皇子のウルジオと、第四皇子のブロード。
ウルジオは皇帝に代わり、帝国中枢の統括を委任されている筆頭皇子。対するブロードは、大陸南方の統治を受け持つ四男坊。
二人がこの場に集ったのは、今日がまさに『選定の議』を実施する日であったからだ。
皇帝を見つめるウルジオの相貌が険しくなる。
(短期間でこう何度も、
ウルジオは先日の謁見の間での出来事を思い出していた。リーンベル襲撃事件のあらましを伝える急務――実に不愉快な時間であった。
ルシウスと言葉を交わすだけでも、ウルジオにとっては苦痛有り余る。その上、あの日の謁見の間には珍入者があった。不意に脳裏にちらついた、トレロスの興奮顔。深い嘆息交じりに、ブロードへと語りかけた。
「つい先日、この謁見の間にてサイレスが陥落したとの報があった。南は手強い祝福者が多い。あの
ちらりとゾヌバを見やる。
「まさか……我々の元へと、寝返った者がいたとはな」
冷たき視線を肌で感じ、ゾヌバはぶるりと震え上がる。ブロードは肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
「ゾヌバ殿の協力のお陰で、無用な血を流さずに済みました。アジトの場所に構成員……その上、自分達が所持するギフトの詳細まで。本当に多くの情報を提供して頂きました」
にこやかな顔で語るブロード。しかし言葉はそこで途切れ、次第に表情は暗い物へと変わった。
「トレロス殿は……まあ、色々とアレなお方ですので。気を抜くと直ぐに、自身のお抱え部隊を引き込もうとするんです。宥めるのが大変でしたよ」
ウルジオは顔を歪め、フンと鼻を鳴らした。
「……殲滅部隊、だったか? 奴らには品がない。陛下は高く評価しているようだが、俺は好かんな」
「ははっ……同感です……」
「ルミナリアアアァァッ!!!!」
拘束された者達の中に、一際大声で叫ぶ男の姿があった。周りの者は既に怒りの感情を通り越し、その瞳に宿るは絶望一色。ガクンと項垂れ、言葉もない。
しかしその男だけは、未だ冷めぬ熱を持つ。
「大地を穢す、悪魔の末裔どもめッ!!!!」
堰を切った感情は留まらず。ルシウスを睨み付けながら、罵倒を続けた。
「貴様たちの傲慢さが、我らが聖域を滅ぼしたのだ!!!! 何が"死の大地"だ、ふざけた名を付けやがって!! 報いを受けろっ!! 邪龍王の災いあれえぇッ!!!!」
男の怒号に、分かり易く眉をひそめるウルジオ。
「フン、世迷言を…… 邪龍だと? いつまで神話の時代に生きるつもりだ? 聞くに堪えんな…… おい、そこのお前」
「はっ、はい……」
ウルジオの言葉を受け、隊列の脇で控えていた兵士が縮こまる。その反動で、手に持ってたスクロールがくしゃりと音を立てた。
「何をボゲっと突っ立っている? さっさとその汚物を黙らせたらどうなんだ? 言われる前に、自分から動かんか。凡愚が」
「りょ、了解しました……!」
兵士はすぐさま男の元まで駆け寄ると、問答無用でその頬を数度殴りつける。広間に鈍い打撃音が木霊し、ゾヌバは思わず顔を伏せた。
男は顔を腫らし、粗い呼吸を繰り返す。
「……くっ、そ……野郎……ども、が…… 呪って、やる……殺し、て……やる、ぞ……」
床に視線を向けながらも、その口からは止めどなく、怨嗟の言葉が紡がれ続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます