第026話 去り行く者達

 地獄の親睦会から、数日が経過した。あれから特に大きな動きは見られず、ユーステスは未だ『血麗隊』に所属したのだという意識が希薄であった。


 指に嵌めた黒紫の指輪。その暗い輝きだけが、あの日の出来事の確かな証として、手元に残っている。


(ヨランの奴……厄介事を押し付けやがって)


 ヘルハウンドの討伐依頼。セブンの言葉を借りるではないが、正直面倒だ。そんな事をしている余裕はない。


(そもそも、何だって幻獣退治なんだ? わざわざ秘密組織とやらを動かしてまで、やる事かね?)


 湧き出る数多の疑問、不満。

 だが、信頼を勝ち取る事は最優先だ。


 表向きは忠実な姿勢を崩さずに、先ずは組織の中枢へと潜り込む。第二皇子アーノルドに見初められるまでにならなければ、危険を冒している意味が無い。


(そして皇子を超えたその先に、きっと奴が……皇帝ルシウスがいるに違いない)


 その為には、せいぜい従順ないぬを演じようじゃないか。


 手元に取り出した一枚の地図。親睦会の日の去り際、ヨランより手渡された物だ。ヘイムダルの北東に広がる大森林。その中に、三つのマークが記されている。


「巣の数は計三つ。ひとつ辺り十匹はいると仮定して……討伐数は三十ってとこか? 多いな……」


 ヘルハウンドの戦力自体は、そこまで高い方ではない。幻獣全体で見れば、中の下といった所である。


 だが、奴らは群れで行動する。そこが厄介だ。


 通例ならば帝国お抱えの討伐部隊が組まれ、一斉攻撃にて殲滅するのが生業である。一頭でも打ち損じると、他の群れに合流される。長引く程に連携が強固となり、こちらが不利になるからだ。


 こんな戦術は初歩の初歩、あの性悪男が知らぬはずはない。

 だと言うのに、こちらにあてがわれた人員はたったの二人――


 圧倒的な戦力不足。

 馬鹿げた内容だ。


(奴の口振りからするに、この任務は入団テストの様な物だと感じたが……)


 最初に提示される難易度としては、些かからすぎると言うのが本音である。


「さて…… どうしたもんかね……」


 思い浮かぶは、白き隣人。決闘終わりでそのまま雲隠れした、物言わぬパートナー。あれから一度たりとも、その姿を見ていない。


「ってか、あいつがどこにいるのかすら知らないんだぞ。俺……」


 探そうにも、手段が無い。目の前から消えるのは勝手だが、せめて連絡手段ぐらい残して行って欲しい物だ。


「次から次へと、厄介事ばかりが舞い込むな」


 ベッドから起き上がり、黒衣を纏う。今日はヘイムダルから去る者達の、見送りの日だ。もう関わり合いにはなりたくないのだが、立場上、顔を出さない訳にもいかない。


「嫌になるね、本当に……」


 欠伸を噛み殺しながら、ユーステスは重い足取りで宿を出るのだった。


 ♢


 刻限丁度に着くと、城門には人だかりが出来ていた。


「おや、ユーステス。来てくれたのですね!」


 ここ数日聞き馴染んだ、優しき声音が耳に届く。儚げに佇む青髪の女が、にこやかに微笑んだ。ユーステスは軽く礼を返し、サッと周囲を確認する。


 城門に並ぶは第一皇女セイレーンと、騎士レギウス。そして支援部隊の参謀、セクメト。リーンベル襲撃の報告を受け、真っ先に駆け付けた三名だ。


 各々全員が為すべき事を終え、いよいよ自らの都市へと帰還するに相成った。


 見送りにやって来たのは将軍シグルドと、騎士ヨラン。為政者トレロス。後は名も知らぬ兵士数名と、じゃらじゃら宝石を身に着けた貴族達。


(トレロスの奴はてっきり姿を現さないと思ったが…… 流石に、そこまでの無能では無かったか)


 今にも噛みつかんばかりのイライラを滲ませ、前方を睨む小男。視線の先にはレギウスだ。集会の場でコケにされた事が、余程気に入らなかったと見える。怒りはまだ収まっていない様だ。


 そのただならぬ気配を感じ取ったのか。セクメトは訝しげな表情を浮かべながら、隣の騎士へと耳打ちする。


「レギウス、お前何かやったのか? あの御仁、随分とお前を睨んでいる様だが……」

「まあ……例の集会の時にちーっとばかし…… あんまりにも常識が欠如してたんで、大人のマナーって奴を叩き込んでやりました。旦那があの場にいなくて正解でしたよ! 貴方なら、もっと酷い恨みを買っていたに違いありませんから」


 軽口で返すレギウスに、皺を寄せる相貌。片眼鏡の奥に覗く瞳が、キュッと狭まった。


「中途半端な恨みは火種の元だぞ。やるなら徹底的に、再起不能になるまで潰すべきだ。反抗の意志など、金輪際持てぬ程にな」

「ひえっ! おっかないねえ。流石は『鉄血』の治療師さん。旦那は敵に回したくないですよ、本当に……」


 肩を竦めるレギウスに、フッと鼻息を漏らすセクメト。そんな二人の密談も気に入らないのか。トレロスはわざとらしくチッと舌打ちをした。






 グルルルルルル――!!


 突如、大きな唸り声が城に木霊する。トレロスは思わずびくりと体を震わせ、背後を振り返った。


「おっ、おっ、おっ……!!」


 口をあんぐりと開け、言葉にならない奇声を発する。そんな間抜けな声を意にも介せず、唸りの主は歩を進めた。


 グルルルルルル――!!!!!


 二枚の羽を大きく広げた、朱き体躯。一つ歩く度に地面を揺らし、その声は鼓膜を震わせる。


 生態系の頂点――

 皇族の飼い慣らす寄皇龍きこうりゅうが、兵士に手綱を引かれやって来た。


 首の付け根付近から真下にかけて、長い鎖が垂れ下がっている。龍の飛行速度は、馬が地を駆ける比ではない。最速の移動手段。都市間の移動も、この生物を使えば瞬く間だ。


「ばかもんっ!!!! 龍を連れて来る時は事前に知らせろと、あれ程言っといただろうが!! 驚かせるなっ!!」


 騒ぎ立てるトレロスを、皆が華麗にスルーする。この光景は、もはや日常になっていた。シグルドのみはちらりと視線を向けるも、すぐさまセイレーンへと向かい合った。


「セイレーン様。此度は遠路より足を運んで頂き、誠に感謝致します。未だヘイムダルには不穏な影が残りますが、この地の防衛はお任せを。異変を察した共和国が動くやもしれませんが、全て儂が押し留めます故……」


 確固たる意志。場の空気が引き締まる。だが、続くセイレーンの言葉が、ひりつく空気を和らげた。


「ヘイムダルは……良き都市ですね。人々の笑顔が溢れています。最前線にほど近いこの都市が、ここまでの平穏を保っていられるのは……間違いなく貴方のお陰ですよ」


 ももにぴたりと添えられたシグルドの両手を取り、セイレーンは慈愛の笑みを浮かべる。


「その働きに……ルミナリアへの忠誠に、感謝致しますよ。シグルド」

「……!! 勿体なき、お言葉っつ……!!」


 青磁色の双眼は移ろい、次いでユーステスへと向けられる。


「ユーステス、お元気で。長らく妹を支えて頂き、有難う御座いました。記章の返還は受け付けましたが、貴方が誇り高き我がルミナリアの騎士であった事実に、変わりはありません」


 並び立つレギウスが一歩踏み出し、手を差し出した。


「次に合う時は、是非とも手合わせをしようじゃないか、ユーステス! 肩書は失えど、騎士の魂まで消える事はないだろう? 修練を怠るな! 技を磨いて待っていろよ!」


「…………」


 無言でその手を握り返す。

 言葉は何も出て来なかった。

 何とか笑顔くらいは返せていただろうか? あまり自信は無い。



 セイレーンとレギウス、二人の笑顔から顔を背け、振り返った後方。

 皆の輪から、一歩引いたその場所で。


 ニヤニヤと嗤う騎士の姿が、不意に視界に入ってしまった。



 不快感で、吐きそうだ――



(だから、嫌だったんだよ……)



 別れの言葉を告げると、颯爽と龍の背に乗るレギウス。その勢いでセイレーンの手を引き、彼女を後方へと座らせた。手綱はレギウスが握る。


 セクメトは龍の首から伸びる鎖に片足を掛けていた。鎖を手の内に握り込み、拳に力を入れている。


(セクメト……同じ龍で来たのか? やはり……奴はセイレーン側か。襲撃の一報を受けて、慌てて連れて来たってとこかね?)


 寄皇龍は本来ならば二人乗り、これは応急処置だろう。


「申し訳御座いません、セクメト…… 十分気を付けて下さいね」

「いえ、この程度構いませんよ。セイレーン様にこのような格好をさせる訳にはいきませんからな!」


 セクメトに礼を言うと、セイレーンはユーステスを見つめ、


「さようなら、ユーステス…… お互い辛い身となりましたが、何とか耐えて……乗り越えて下さいね。貴方の歩む道に、戦神マルクトのご加護があらんことを」


 祈りの言葉を投げかけるのだった。


 ♢


「私はまだ残りますよ?」


 後方で待機していたヨランに近づくと、唐突にそう声を掛けられた。


「いきなり何だ……?」

「いえ。ユーステス殿がいかにも『お前はまだ居なくならないのか、鬱陶しい』という様な顔をしていた物ですから!」


 よく分かってるじゃないか。

 自己分析が的確な所は、コイツの数少ない長所だろう。


「まだ例の任務が終わってないだろ。今お前に帰られたら困るんだよ」

「おお! やる気ですねえ! ちゃんと覚えているではありませんか、結構結構!」


 わざとらしく大声で言うと、ぱちぱちと手を打ち鳴らす。周りにはまだ人がいるのだから、声量ぐらい絞れ。秘密組織なのだろう? なぜ俺がこんな事にまで気を向けなければならないんだ……


「準備は着々と進んでる。無策で突っ込んでも、消耗するだけだからな。ただ問題がひとつ……セブンとの連絡が取れないんだ」


 目下最大の問題。

 パートナーとの意思疎通に難ありだ。

 関係が破綻しているのは今更だが、この場合は物理的に。


(コイツには極力頼りたく無かったんだが……背に腹は代えられない)


 名も無き少女一人を探し出すには、ヘイムダルはあまりにも広すぎる。これ以上時間を無駄には出来ない。


「セブンさんですか? 彼女ならヘイムダル南の路地裏に居ますよ? ご存じですかね? あの暗いゴミ溜めの――」

「あそこかっ!!」


 つい大きく反応すると、ヨランは目を丸くした。先日のひと悶着が蘇る。人の寄り付かぬ一画、ゴミの溢れる暗き路地。


 間違いない、あの場所だ。


(道理で淀みなく道案内をする訳だ。自分のホームだったってオチか。しかし……あんな所で暮らしてるのか、アイツは?)


「どうやら、疑問は解消したようですね?」

「ああ。場所は分かった、感謝する」

「セブンさんと連絡を取りたいんですよね? 使います、コレ? 便利ですよ? 一方通行ですけどね」


 ヨランは懐より黒き箱を取り出し、ちらつかせる。まるでそれと呼応するかの様に、嵌めた指輪が怪しく光っていた。


「いや、いい。自分の足で迎えに行くさ」

「非効率ですねえ。使える物は使っといた方が良いと思いますよ?」

「何とでも言え」


 確かに効率は悪いが、受ける印象は大分違ってくるだろう。少なくとも、念話で一方的に呼びつけられるよりかはマシなはずだ。


 そもそもの前提として、無視をされたらそれで終わりである。その可能性は大いに……


 いや、訂正しよう。

 そんな未来しか思い描けない。


「それでは、話もまとまったみたいですので…… そろそろ私もお暇しますね」


 そう言い残すと、ヨランは歩き出す。亡霊の様な足取りで城へ向かう最中、何を思ったか、ふらりとトレロスの懐に入り込んだ。


 その耳元で、何やら囁く。


「セイレーン様はお戻りになりました。今後のヘイムダルの動向は貴方に預けますが、この都市の統治者はあくまでもアーノルド殿下です。貴方の采配一つで、その顔に泥を塗る事になります」


 殺気が漏れ出ている。

 隠すつもりも無いのだろう。


 ニヤリと嗤いながら、ヨランは続けた。


「くれぐれも殿下を失望させぬよう……誠心誠意、尽くして下さいね」


 トレロスの顔が、みるみるうちに青ざめた。何を言われたかは分からないが、あれは言うなれば事故だ。路上の岩石にでも躓いて、運悪く落馬したとでも思う他ない。


「ご愁傷様」


 あの短気な為政者殿に、初めて同情心が湧き上がった瞬間だった。

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