第16話 シオンの選択(中編)

(結局僕は、姉さんの弟以上にはなり得なかった)


 罪悪感云々を抜きにしても、エリスにとって自分は『頼れる相手』ではなく、あくまで『守り、庇護する対象』でしかない。


 それはシオンがこの二週間、嫌と言うほど思い知らされた現実でもある。


(だったらもう、僕ができることは一つしかないじゃないか)


 このままここに居ても、自分の望みは叶わない。どころか、エリスの負担になるばかりだと言うのなら、ここから出ていく以外にない。


 シオンは、この一連の内容をトータル二秒で思考し終えると、平静を装うように、顔に笑みを張り付けた。


 エリスの「セドリック様とのお話は終わったのね?」という問いに答えるべく、唇を開く。


「うん、終わったよ。だけど僕、この話は断ろうと思ってここに来たんだ」

「――!」

「やっぱり、名ばかりの『小姓』っていうのは良くないと思うし、昼間の自分の行動も、僕なりに反省してるから。少し自分を見つめ直す時間がほしいなと思って。つまり……僕、これから荷物をまとめて出ていくから、その挨拶に」

「……っ」


 刹那、エリスは困惑気に眉を寄せた。だがそれも無理からぬこと。

 シオンは昼間、エリスと暮らしたいがために、二階から飛び降りようしたのだから。


「でもシオン、あなた……昼間はあんなに……」

「そうだね。昼間は確かにああ言ったけど、あのときは冷静じゃなかったんだ。……ごめんね、姉さん、心配かけて。でも、ここを出ていったからって、今後ずっと会えないわけじゃないし。授業が休みの日は、会いにくるから」

「――っ」


 シオンは、驚きのあまり放心したエリスに、ニコリと笑みを投げかける。

『僕はもう大丈夫』、そう伝わるよう祈りながら。


 そして今度はアレクシスへと身体を向け、「二週間、お世話になりました」と感謝を述べる。

 するとアレクシスは、意外そうに目を細めた。


「本当にいいんだな? 俺は、二度も機会チャンスをやるような優しい人間ではないぞ」

「わかっています、殿下。僕は、一度決めたことは守ります。だから殿下も約束してください。姉を必ず幸せにすると。それと……絶対、泣かせたりしないって」

「…………」


 その言葉に、アレクシスは今度こそ眉をひそめた。

 自分に対抗心を燃やしていたはずのシオンが、まるで自分を認めるようなことを言ったのだから、驚くのも当然だ。


(こいつ、急にどうしたんだ……?)


 アレクシスは一瞬そう思ったものの、一呼吸おいて、答える。


「ああ、当然だ」――と。

 そして、こう続けた。


「だが、これだけは覚えておけ。エリスの幸せの中には、お前が幸せであることも含まれているとな」

「……!」

「だから、いつでもエリスに会いにこい。泊めてはやらんが、歓迎する」

「…………は、い」


『いつでも会いにこい』――その言葉に、シオンは奥歯を強く噛みしめる。

 そうでもしなければ、うっかり泣いてしまいそうだった。


 いや、事実シオンは、今まさに目じりに涙を溜めていた。

 今が夜でなければ、彼はもっと早いタイミングで、この場から立ち去っていただろう。


 とは言え、これ以上何か声に出せば、たちまち嗚咽に変わってしまうだろう自覚があったシオンは、くるりと二人に背中を向ける。


 今にも声が震えだしそうなギリギリのところで、どうにかこうにか別れの挨拶を絞り出す。


「では……僕は、これで」と。


 そしてその言葉を最後に、シオンは一目散に走り去るのだった。


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