魔法の言葉
44
映画化の話がなくなって1週間が経った。
伊原さんの言うとおり、私は本当にすることがなかった。
もちろん各所に出向き謝罪することはあったけど映画化がなくなったこと以外に失ったものはなく、違約金なども特に発生しなかった。
映画化そのものがまるで最初からなかったかのように、静かに全ては終息していった。
そんな中で私は珍しく気合を入れてメイクをし、あのお気に入りのスカートを履き鏡の前に立っていた。
「よし」
小さく気合を入れて家を出る。
駅へ着くと、先に待っている見慣れた背中を見つけて声をかけた。
「お待たせしました」
「おはようございます。俺もさっき着きました」
今日は、晴澄と2度目の外出だ。
晴澄に励ましてもらったあの夜、別れ際に気分転換にしたいことは何かないかと聞かれて私は「買い物」と答えた。
なんでもよかったけど、とにかく何かぱーっと気分が晴れることがしたかった。
今日バイトを休む代わりに午前中にこだまの仕込みを終えてきた晴澄と、昼からのんびり買い物をして過ごす。
そこまでしてくれるだけで気分転換というか、私にとってはご褒美も同然で…。
「槙江さん、楽しそうですね」
「え」
「口元緩んでますよ」
その嬉しさが抑えられていなかったようで思わず口元を隠すと晴澄も少し笑った。
今日はこの間出かけた時とは違う場所へ行った。
平日だからそこまで人は多くないと思ったけど、今は海外からの旅行者も多く、あまり土日とは変わらない人混みに思えた。
「今日は何を買いたいんですか?」
「1番は洋服かな。あと化粧品とか…あ、でも男の人は付き合いにくい?」
「いえ。知らないんで、逆に興味あります」
「そういうもん?」
「そういうもんです」
晴澄は気を使ってくれるタイプだとは思うけど、気を使って嘘をつくタイプではないと思う。
それなら遠慮せずとことん付き合ってもらおうと思った。
…と言っても普段買い物をすることもなく、ファッションに疎くて、今いる場所の土地勘もわからない私にはどう攻め始めたらいいかわからず…。
結局リードしてくれるのは晴澄の方だった。
知らないと言う割に女の人の好きそうなお店や好みをよく分かっている。
こういうのが欲しいと伝えると、すぐに案内できてしまう。
「私東京出身なのに…」
「逆にですよ。上京してきたばっかりの時に都心に来てよく遊んでたんで」
「………」
その遊んできた人の中に、女の人はいるんだろうか。
過去に嫉妬するのは可愛くないと思う。
だけどほぼ引きこもりみたいな人生を送ってきた自分と比べて、晴澄は広い世界を見てきていて、だからこそ考え方も豊かで…。
なぜ自分はそうしてこなかったのか…、嫉妬というより、悔いる気持ちの方が芽生える。
「それ欲しいんですか?」
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