30歳無職、人生詰んだ。ハローワークで見つけた月給50万の怪しい求人に応募したら、SF掃除機で幽霊の“周波数”を掃除する超理論派ゴーストバスターズに採用された。

Gaku

プロローグ -残響-


 その日、研究所の庭は、初夏の優しい光に満ちていました。

 風が、白衣の裾を柔らかく揺らし、私が世話をしているラベンダーの、心を安らげる香りを運んできます。空はどこまでも青く、真っ白な研究棟の壁に、ケヤキの葉の影が、楽しげに踊っていました。

 それは、どこにでもある、穏やかで、かけがえのない日常の一コマ。

 そう、あの瞬間までは。


 私には、太陽が二つありました。

 一人は、私の恋人。彼は、大地のように温かく、周りの人間を、その大きな優しさで照らし出す、陽だまりのような人でした。

 もう一人は、私の兄。彼は、誰よりも純粋で、誰よりも高い場所から、この世界の真理を照らし出そうとする、孤高の恒星のような人でした。

 二つの太陽は、時に反発し、時に引かれ合いながら、互いを高め合う、最高のライバルであり、そして、最高の親友でした。

 私は、そんな二人の奏でる、力強く、そして美しいハーモニーを、すぐ側で聞いているのが、何よりも、好きでした。


 いつからだったでしょうか。

 兄の奏でる音が、少しずつ、その波形を変え始めたのは。

 彼の純粋すぎた探究心は、いつしか、理想という名の狂信へと姿を変え、その瞳から、優しさと、そして、遊び心の色が、消えていきました。

「世界は、不完全なノイズに満ちている。僕が、それを、完璧な調和へと『調律』するんだ」

 そう語る彼の周波数は、あまりにも鋭く、そして、どこか、悲しいほどに、孤独でした。

 太陽は、その光が強すぎるあまり、自らの影の濃さに、気づくことができなかったのです。


 そして、運命の日。

 研究所に、けたたましい警報が鳴り響き、美しいハーモニーは、全てを破壊する、耳を裂くような不協和音へと変わりました。

 穏やかだったはずの光は、全てを焼き尽くす暴力的な閃光となり、白亜の研究棟は、人々の悲鳴と共に、崩れ落ちていきました。


 薄れゆく意識の中、私は、私を庇ってくれた、温かい太陽の腕の中にいました。

 ごめんなさい。あなたを、一人にしてしまうことを、許してください。

 ごめんなさい、お兄ちゃん。あなたの、その、孤独な悲鳴に、気づいてあげられなくて。


 私は、最後の力を振り絞り、二つの太陽に、最後の願いを託しました。


 ——お願い、私の愛した、あの、優しいお兄ちゃんを、止めて。

 ——そして、あなただけは、生きて。私のことなんて忘れて、幸せになって。


 私の体は、光の粒子となって、ゆっくりと、崩れていきました。

 まるで、たくさんの星屑が、夜空へと、還っていくように。


 でも、もし、この世界が、本当に、目に見えるものだけで出来ているわけではないのなら。

 もし、人の『想い』が、周波数として、この場所に、残り続けることができるのなら。


 私の声は、届かなくても。

 私の想いは、この場所に、ずっと、在り続けるでしょう。


 いつか、誰かが。

 この、絡み合ってしまった、悲しい運命の周波数を。

 優しく、解きほぐし、『調律』してくれる、その、未来の日まで——。

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