第7話 ダンジョンの奥から「定時」の声!?コボルトのフーガ(前編)


ホワイトファームは、佐倉とギル、そして新たに加わったポイズンスライムのピチャの活躍により、日を追うごとにその姿を変えていった。ピチャの体液は『アース・エンリッチメント』で浄化されることで最高の肥料となり、作物の成長速度と栄養価を飛躍的に高めた。

畑は日々広がり、トマトやナスだけでなく、ダンジョンに適応した根菜類や、色とりどりのキノコも収穫できるようになった。


佐倉は、そんなホワイトファームの発展を眺めながら、次の課題を見つけていた。


(このペースでいくと、資材が足りなくなるな……。畑を囲む柵の材料や、新たな拠点の補強、それに道具もそろそろ限界だ)


これまでは、折れた木の枝や、ダンパスライムの残骸などを工夫して使ってきたが、本格的な農場運営には、より頑丈で質の良い資材が必要だ。

特に、ダンジョンの奥には危険な魔物がいる可能性も考慮すると、防御設備の強化は喫緊の課題だった。


「ギル、ピチャ、ちょっと奥の方まで資材を探しに行かないか? 危険な場所には近づかないが、より頑丈な木材や、加工できそうな石材がないか見て回りたい。」


佐倉が提案すると、ギルは「グガッ!」と元気よく返事をした。ピチャも「ピョコ!」と揺れながら、佐倉の足元に擦り寄ってくる。彼らにとって、佐倉との探索は「新しい遊び」であり、「冒険」のようだった。


三人は、ホワイトファームの最も奥、まだ手付かずの鬱蒼とした森の方面へと足を進めた。佐倉は常に『共感の響き』で周囲の魔物の気配を探り、ギルは先頭を歩いて道の状況を確認し、ピチャは佐倉の足元をぷるぷるとついてくる。ダンジョンの奥へ進むにつれて、空気は再び重くなり、木々はさらに不気味な形にねじれ、光が届きにくい場所も増えてきた。


そんな時、佐倉の『共感の響き』が、わずかに離れた場所から、微かな、しかしはっきりとした「音」を捉えた。それは、唸り声や足音のようなものではなく、まるで何かが規則的に叩きつけられるような、あるいは、何かを切り刻むような、一定のリズムを刻む音だった。


(なんだ、この音は? 魔物の鳴き声とは違う……まるで、誰かが作業でもしているような?)


佐倉は警戒しつつも、音のする方向へゆっくりと近づいた。ギルも音の発生源に気づいたのか、棍棒を構え、佐倉を庇うように一歩前に出る。


木々の茂みをかき分け、佐倉が目にしたのは、思いもよらない光景だった。


そこには、数匹のコボルトがいた。彼らは、犬のような頭部を持ち、毛皮を纏い、鋭い爪と牙を持つ、比較的知能の高い魔物だ。彼らは、手にした粗末な石斧で、岩壁から鉱物を削り取っているようだった。佐倉が驚いたのは、その作業が、まるで訓練された職人のように、一定のリズムと効率で行われていたことだ。


コボルトたちは、佐倉たちの接近に気づき、一斉にこちらを振り返った。彼らの目は鋭く、警戒と敵意の色を宿している。中でも、リーダー格と思われる一匹のコボルトは、他の個体よりも一回り大きく、その毛並みは整い、手にした石斧には使い込まれた風格があった。


『ガルルルル……(侵入者……何ノ用ダ……)』


コボルトのリーダーから佐倉の『共感の響き』に直接送られてきたのは、明確な言葉だった。それは、ゴブリンとは比較にならないほど論理的で、意思を持ったものだった。佐倉は、このコボルトが、これまでの魔物とは一線を画す知性を持っていることを察した。


「待ってくれ! 俺たちは争いに来たんじゃない! むしろ、君たちに『仕事』を依頼しに来たんだ!」


佐倉は、両手を広げて敵意がないことを示し、率直に目的を伝えた。コボルトたちは、佐倉の言葉と、その言葉に込められた「敵意のなさ」と「協力」の感情に戸惑っているようだった。特に、リーダーのコボルトは、佐倉の言葉に興味を示した。


『仕事、だと……? このダンジョンで、我らコボルトに……?』


そのコボルトの脳内から伝わってきたのは、「疑念」と、そして佐倉の言葉にわずかに含まれる「効率性」という概念への「興味」だった。佐倉は、このコボルトが、彼らの種族が持つ「秩序」や「役割分担」といった特性を重視していることを察した。


佐倉は、懐中時計を取り出し、コボルトのリーダーに見せた。


「見てくれ、この時間だ。俺は、この時間になったら、どんなに作業の途中でも、必ず仕事を終えて休む。俺のファームでは、誰も無理をして働く必要はない。毎日、定時に終わって、美味い飯を食う。それがルールだ。」


佐倉の言葉に、コボルトたちはざわめいた。特に「定時」という言葉に、リーダーのコボルトは目を大きく見開いた。彼の脳内には、これまでのコボルトの社会には存在しなかった、「規則正しい労働」と「明確な休息」という概念が、一筋の光のように差し込んだようだった。


『テ、テイジ……だと? この過酷なダンジョンで……そんなことが、本当に可能なのか?』


リーダーのコボルトは、信じられないものを見るような目で佐倉を見つめた。その感情は「疑念」と「憧憬」が入り混じっていた。

佐倉は、彼の反応を見て、このコボルトがただの魔物ではないことを確信した。

彼は、秩序を重んじ、効率を追求する、佐倉の「ホワイト化プロジェクト」の理念を理解できる、稀有な魔物だった。


「ああ、可能だ。俺には、そのためのスキルがある。そして、君たちコボルトの持つ秩序と、効率的な作業能力が必要なんだ。君たちも、いつ終わるともしれない採掘作業から解放されて、毎日定時で上がり、安定した生活を送りたいだろう?」


佐倉は、確かな手応えを感じながら、コボルトたちに問いかけた。

彼の言葉は、ダンジョンの奥深くで、過酷な労働に縛られていたコボルトたちの心に、新たな「希望」という波紋を広げ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る