第16話 恋
――何気なく振り返った直後、視界に飛び込んできた光景に、思わず息を吞む。
シュウがデートに誘うために用意したプレゼントを、サラが身に纏ってくるであろうことは、想定済みだった。プレゼントを選ぶ際、サラに似合いそうなものを選んだつもりだった。
しかし、まさかここまでサラに似合うとは思っていなかったのだ。
空色のミニワンピースも、パールホワイトのカーディガンも、ストラップ付きの黒いパンプスも、桜色のショルダーバッグも、まるでサラのためだけに
パールグレーのニーハイソックスを合わせてくるとは予想していなかったが、脚線美を誇るサラは多少太ももを露出していても、決して見苦しくなどない。むしろ、この組み合わせを考えてくれたに違いないクラリーチェに、
「――シュウ、ごめんね! 時間に余裕を持って支度してたつもりだったんだけど……遅くなっちゃった……!」
シュウの元に辿り着いたサラは、膝に両手を置いて弾んだ息を整え始めた。
さらりと一房零れ落ちた栗色の髪は、編み込みのアレンジを加えたハーフアップという、いつもより華やかな髪型になっており、結び目にはシュウがプレゼントした
呼吸を整えたサラがゆっくりと顔を上げれば、薄く化粧が施されていることが見て取れた。
サラは化粧をしなくても充分可愛いものの、優しい色合いのピンクベージュのリップを塗った小さな唇には、大変ぐっとくるものがある。
「いや……俺が着くのが早過ぎたんだ。むしろ、ごめん。その……服、よく似合ってるな。可愛い」
でも、そういった気持ちはおくびにも出さず、謝るついでにさりげなく褒めると、サラは大きくて丸いエメラルドの双眸をきょとんと瞬かせた後、照れ笑いを浮かべた。
「似合ってるって……シュウが選んでくれたんでしょ。むしろ、わたしがその場にいたわけでもないのに、よく合いそうなものを見つけてこられたね。才能あるよ」
サラは感心したようにそう言うが、服のサイズはクラリーチェが嬉々として横流ししてくれたし、色味に関しては普段着ているものを覚えておけば、好みも似合うものも、ある程度把握しておける。
だが、馬鹿正直にそう答えようものなら、シュウもクラリーチェも容赦なく叱られそうな気がしたから、沈黙を決め込む。
「それじゃあ……行くか」
「うん、今日はよろしくね」
シュウが手を差し出せば、サラは素直に手を取り、ふわりと柔らかく微笑みかけてくれた。
デートの出だしとしては、まずまずだろう。
二人手を繋ぎ、飛行カプセルの発着場に向かって坂道を歩いていたら、
間違いなく、地上では見かけないものなのだろう。シュウの隣を歩くサラが、馬が機械の翼を羽ばたかせて通っていった軌跡を視線で追いかけていく。
「ね、ねぇ……シュウ、あれは何……?」
好奇心旺盛な光を宿すエメラルドの瞳に見つめられ、つい口元が緩むのを感じながら答える。
「あれはペガサス。飛行カプセルと同じで、浮島間の移動手段の一つだ」
ラカージュはいくつもの浮島で成り立っているため、空を飛んで移動する術がどうしても必要になる。
そして、時の流れと共に手段が増え、多様化していくのは、ある種の必然だ。
「そうなんだ……でも、飛行カプセルに比べると、危険そうだね……」
「生身で空を飛ぶも同然だからな。でも慣れれば、爽快感があって気持ちいいぞ」
危険の度合いは違うものの、旧時代でいえば、バイクに乗る感覚が一番近いのかもしれない。
シュウも初めて乗った時には、飛行カプセルの方がずっと良いと思っていたのだが、幾度か試すうちに次第に癖になっていったのだ。
(あれに乗ってたのは……多分、レオだな)
あの長身と艶やかなミルキーブロンドは、見間違いようがない。
レオはシュウの比ではないくらい、ペガサスに騎乗することをこよなく愛しているのだ。
きっとペガサスに乗って、地上で療養中の婚約者に会いにいくところに違いない。
「……シュウもペガサスに乗れるの?」
シュウがペガサスの良さについて説明したら、どうしてかエメラルドの双眸の輝きが増していた。
「もしかして……サラも乗ってみたいのか?」
「うん!」
確かに、サラの身体能力を考えれば、練習さえ重ねたら、すぐにでも乗りこなしてしまいそうだ。
しかし、ペガサスの騎乗の優先順位はそれほど高くない。ペガサスに乗る練習をする時間があるなら、今のサラは別の技術を身につけるべきだ。
「……その前に、まずは飛行カプセルの操縦を覚えないとな。ペガサスの乗り方を覚えるのは、それからだ」
「飛行カプセルの操縦の仕方も教えてくれるの!?」
シュウがそう返事をするなり、サラはぐっと顔を近づけてきて、ますます期待に満ちた眼差しを向けてきた。
「そりゃあ……サラ一人でも浮島を行き来できた方が便利だし、アヤカシを討伐する時、技術はいくらあってもいいくらいだからな」
「やったぁ!」
もごもごと口ごもりつつも答えれば、サラはその場でぴょんと飛び跳ね、勢いよくシュウに抱きついてきた。
思いがけない抱擁に目を白黒させるシュウに構わず、サラはどこまでも無邪気な笑顔を見せる。
「ありがとう、シュウ! わたしの思ってた形じゃなかったけど、シュウのおかげでわたしの夢、全部叶いそうだよ!」
「……夢?」
「うん! わたしの夢は飛行カプセルのパイロットになって、シュウに会いにいくことと、ラカージュがどんな場所か、この目で見ることだったんだよ!」
それならば、確かに望んだ形ではなかっただろうが、サラの夢は全てこれから叶うことになる。
(……というか、サラの夢って意外と地に足がついてるな……)
初めてこの地を踏んだ夜に本人も言っていたが、たとえラカージュに召喚されずとも、サラは自身の夢を叶える道を着実に進んでいたのだ。
親の教育方針なのか、生まれ育った環境によるものか、あるいは本人の元々の性質によるものか、サラは現実を見据えた上で夢を見るタイプらしい。
「しかも、ペガサスにも乗れるようになったら、夢が叶ったどころの話じゃないよ! 本当にありがとう!」
先程よりも強く抱きしめられ、羞恥と動揺からついに言葉を発することさえできなくなった。
地上にいた頃から運動していた上、ラカージュに来てからは本格的に身体を鍛えるようになったとはいえ、サラの肢体は女性らしい柔らかな曲線を描いている。これで意識をするなという方が、無理な話だ。
シュウが思わずたじろいだ直後、はっと我に返ったかのようにエメラルドの瞳が見開かれたかと思えば、サラがぱっと離れた。
「ご……ごめんね、シュウ! 馴れ馴れしく引っ付いちゃって! こ、これからは気をつけるね……」
そう口にしながら、サラがシュウからそろそろと離れていく。
手を伸ばしても届かないところまで離れようとしたサラの手を、咄嗟に掴む。
「……ああいうこと、誰にでもするのかよ」
シュウの唇から零れ落ちた声は、自分でも驚くくらい拗ねた響きを帯びていた。
でも、先刻のサラの他人との距離の近さを考えれば、地上にいた頃は果たしてどうだったのかと、不安が胸を過ってしまったのだから、仕方がない。
だって、サラはこんなにも愛くるしいのだ。可憐な容姿に反し、実は聡明さや度胸も併せ持つ天真爛漫な少女だと知れば、大抵の男は恋に落ちてしまうのではないか。
「え? ええと……」
「どうなんだよ」
さらに詰め寄れば、サラは困ったように眉を下げた。
「女の子同士なら、ぎゅってすることはしょっちゅうあったけど……わたし、女子高育ちだから、男子にはしたことないよ」
「……そうなのか?」
サラが女子高に通っていたとは、初耳だ。
だが、よくよく思い返してみれば、サラは同性の友人の話を持ち出すことはあっても、異性の友人や恋人らしき存在を匂わせることは一切なかった。
「うん……というか、わたし思春期に入りたての頃は男子が苦手になっちゃったから、もし共学の学校に通ってても、男子とはあんまり関わりを持たなかったと思う……」
そうおずおずと付け加えたサラに、意外な思いで瞠目する。
「……そうだったのか」
「うん。ちょっと男子から嫌がらせを受けて、面倒な思いをしたことがあったから……今はもう平気になったけどね」
サラはシュウを安心させるように微笑みかけてきたが、かえって不安を煽られた。
――今のサラを野放しにしてはならない。そう心に強く誓う。
「ああ、でも……シュウが傍にいてくれたら、男の子にそこまで苦手意識を持たなくて済んだかも」
「なんで」
「え、だって――」
サラの右手首を掴むシュウの左手の甲を、華奢な左の人差し指がくすぐっていく。
「――シュウがいてくれたら、世の中には意地悪する男の子ばっかりじゃないって、思えただろうから。あ、他の男の子が苦手でも、シュウは特別枠だったかも?」
一度手元に落とされていた視線が持ち上がり、今度は悪戯っぽく笑いかけられた。
誰かサラを止めてくれと、心の底から切に願う。
このままでは、デートが始まる前からサラの言動に翻弄された挙句、息の根を止められそうだ。
ふやけそうな意識の中でそんな馬鹿げたことを考えていたら、サラの手首を掴んでいたシュウの手をやんわりと外され、改めて互いの手を繋ぎ直された。
「さあ、デート初心者のわたしをしっかりリードしてくださいな? わたしの騎士さま」
本当にデート初心者なのかと内心罵りつつも、返事の代わりに繋いだ手に痛くない程度にきゅっと力を込める。
「あ……今日、地上に降りるのに、まさかテレポート技術は使わないよね……?」
「あれは、緊急時以外は使わねぇよ。大体、無機物以外の実用化が実現したのが、二、三年前だから、まだそんなに精度が高くないしな。今日は、普通に飛行カプセル」
シュウが操縦する飛行カプセルには、サラは既に何度も同乗しているから、怖がる要素はどこにもないはずだ。
サラが安堵の吐息を零したかと思えば、若干恨みがましそうな目を向けられた。
「……そんな不確定要素がまだまだある技術で召喚されたわたしは、一体……」
「こっち側の都合だけど、あれは緊急時だっただろ」
「湖に落とされただけでもショックだったけど……もし、わたしの身に何かあったら、どう責任を取るつもりだったの……?」
「はいはい。これから誠心誠意お仕えして、責任を取らせていただきますよ。俺の姫さま」
「約束だよ、わたしの騎士さま」
サラの恨み節を軽口でいなしているうちに、ある程度気が済んだみたいだ。念を押したのを最後に、サラは話題を変えて笑顔に戻る。
――もし恋をしたら、サラはどんな顔をするのだろう。
異性と手を繋いでいるにも関わらず、無垢な表情ばかり見せるサラに、ふと胸の奥底に興味が芽生えた。
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