第10話 人でなし

「待って……シャノン姫さまが今まで殺め姫だったんだから……レオは、月影に婿入りするはずだったってこと……?」


 おそるおそる問いかければ、あっさりと頷かれた。


「うん、そう。でも、シャノンは怪我のせいで殺め姫の座を降りるしかなくなったからね……おかげで一時期、二人の縁談を白紙にして、サラとレオを結婚させようって話が持ち上がったんだよ」


「む……無理無理無理!」


 二発目の爆弾が容赦なく炸裂さくれつし、咄嗟に叫ぶ。


 レオとシャノンの婚約者としての関係が良好なものだったのか、サラには知る由もない。


 でも、サラの意思とは関係なく、二人を引き裂く悪役にされてしまった気分だ。それに、レオの立場になって考えてみると、都合良く殺め姫の花婿として使い回されているみたいで、可哀想だ。


「……だからレオ、わたしが殺め姫になることに反対したのかな……」


「うーん、半分くらいはそういう気持ちがあったかもね。でも、君に殺め姫としての資質があるのかっていう疑問と、何も知らない君に大役を押しつけるのは可哀想だっていう気持ちもあっただろうけど」


 どちらにせよ、レオとしては上の考えにもサラにも反発を覚えるのは無理からぬことだと、すんなりと受け入れることができた。


「……そういえば、ケントも風見姓でレイラとの結婚が決まってるって言ってたけど……シュウとレオとは親戚か何かなの?」


 気持ちを入れ替えるためにも、他の疑問を投げかければ、ケントは何故か目を瞬かせた。


「あれ、シュウかレイラから聞かなかった? 俺とレオとシュウは兄弟だよ」


「え!? は、初耳だよ!」


 ケントは一体、何回サラに衝撃を与えれば気が済むのか。

 つい腰を浮かせかけてしまい、慌てて座り直す。


「シュウかレオからもう聞いたかもしれないけど……わたし、昔地上の別荘に避暑に来てた二人とはよく遊んだの。でも……ケントとはわたし、ラカージュで会うのが初めてだよね……?」


「ああ……俺、二人とは母親が違うんだよね」


 なかなか複雑そうな事情をいとも容易く打ち明けられ、サラが反応に困っている間に、ケントは世間話のような気軽さで説明を続けていく。


「もう亡くなったんだけど、俺たちの父親は最初、シュウの母親と結婚したんだ。でも残念ながら、なかなか子宝に恵まれなくてね……それで次にレオの母親を第二夫人、それでも駄目だったから、俺の母親を第三夫人に迎え入れたんだ」


「全員、母親が違うんだね……」


 なんだか、とんでもない泥沼を垣間見てしまった心地だ。


「俺が生まれてからは、ちょうど三歳差の間隔で子供が生まれてって、そこはよかったんだけどね」


「そ……そう、なんだ……」


 こういう場面ではどういう相槌を打つのが適切なのか、サラにはわからない。


「えっと……でも、レオのお母さんとシュウのお母さんは仲が良いんだよね? 昔、レオとシュウ、同じ別荘で過ごしてたくらいだし」


 少しでも話題を明るい方向へと転がしていこうとしたサラの奮闘も虚しく、にっこりと笑顔で否定された。


「違う違う。シュウの母親――ツグミさんっていうんだけど、なかなか問題が多い人でね。それで、レオの母親――レナさんがシュウを引き取って育てたんだよ。だから実質、二人は同じ母親に育てられた兄弟だから、昔から仲は良いね」


 一応、救いのある話が聞けて、ほっと胸を撫で下ろす。


(じゃあ……わたしが会った、二人のお母さんはレナさんだったんだ)


 美人ではあったものの、気取ったところがなく、いかにも肝っ玉お母さんといった雰囲気のレナは、分け隔てなく二人の息子に愛情を注いでいるように見えた。そして、強くて格好良いレナは、サラの密かな憧れだった。


「――というわけで、俺たち三人の母方の実家の家系図も、一緒に覚えようか」


「……え」


 ケントのその一言により、過去に飛ばしていたサラの意識があっという間に現実へと引き戻されていく。


「そっちも、月影や日影と似たような成り立ちの家系でね。結構重要だから、覚えといて損はないよ」


「いや……でも……」


 予定の倍の量を暗記しなければならない事態を前に逃げを打つサラをよそに、ケントはそれはそれは爽やかな笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫、大丈夫。記憶力が良いサラなら、このくらいいける、いける」


 ずいっと押しつけられた資料に視線を落とせば、どこの家のものかまでは判別できなかったものの、案の定、細かく記載された家系図が視界に映る。


「さっき言ったように、とりあえず差し迫って覚える必要がある、俺たちの世代から祖父母世代まで暗記しようか。シュウに頼んで、次の授業で小テストをやってもらうから、それまでに頑張って復習しておくんだよ」


「こ……」


 ケントは、サラが思っていたよりも友好的で、意外と面倒見がよかった。さすがは、レオとシュウの実兄じっけいといったところか。


「この……人でなしぃ……っ!」


 だが、見込みがある相手だと認めるなり、与える試練のハードルをぐっと上げるのは勘弁して欲しい。

 シュウにもそういった節があるが、まだ手心というものがあったのだと今、実感した。


 ケントを涙目で睨みながら非難の声を上げ、勢いよく机の上に突っ伏した直後、無情にも面白がるような笑い声が鼓膜をくすぐった。



    ***



「――っていうことがあってね! 知恵熱が出て、頭がパンクするかと思ったよ!」


「あらあら……」


 昼食後に出されたコーヒー味のジェラートをぺろりと平らげた後、食堂の卓に着いたまま、ケントから受けた仕打ちをクラリーチェに告げ口したところ、先程まで相槌を打ってくれていた自動人形オートマタは苦笑いを浮かべた。


「ケントさま、昔から見込みがある相手の実力を見極めるためなら、どこまでも意地悪をなさる方でしたから……」


「性根が捻じ曲がってるね!」


「ですが、授業が終わるまで食らいついてらっしゃった姫さまも、なかなか打たれ強いですね」


「だって、あそこで根を上げるのは、なんかしゃくだったから……」


「サラ姫さまは、負けず嫌いなところがあるんですね。そこは、アンナさまやシャノン姫さまとそっくりですわ。やはり、そういう血筋なのでしょうか」


 ジェラートが盛り付けられていたガラス製の器を下げながらの言葉の返事に窮したら、クラリーチェが不意に窓の外へと目を向けた。


「今日は、せっかく天気に恵まれたことですから、食後の散歩をされたらいかがですか? 一昨日の雨のせいで、昨日は道がぬかるんでて走りづらかったとおっしゃってたでしょう? 今日なら地面も乾いて、気分転換に打ってつけかと」


 クラリーチェの視線の先を辿れば、抜けるような青空が窓ガラス越しに見えた。確かに、この空の下を歩いたら、気持ちよさそうだ。


 それに、腹立ち紛れにカルボナーラもシーザーサラダもデザートもたっぷりと食べてしまったから、カロリーを消費するためにも少し運動をしてきた方が良さそうだ。


「うん……そうしよっかな。あとで今日の復習だけじゃなくて、予習もしないといけないし……気力を回復させておかないと」


「そういえば、姫さまはいつも予習と復習を欠かしませんけれど、今日の分の予習はなさらなかったんですか?」


 サラがいつも以上にぐったりと疲れた様子を見せたからだろう。小首を傾げて質問してきたクラリーチェに、溜息交じりに答える。


「したんだけど……てっきり時系列順に見ていくと思ったから、初代から三代目までしか目を通してなかったの」


「あらまぁ……」


「あと……次の授業の内容が、ちょっとね……」


「次回は、そんなに難しいことを勉強なさるんですか?」


「難しいっていうより……ヴィクトリア・エーヴァを女神としてあがたてまつる、エーヴァ教について、詳しく勉強するんだよね……」


 現代では、宗教というものがほとんど淘汰され、まともなものほど残っていない。


 しかも、よりによって今の時代でも残されている宗教が、ヴィクトリア・エーヴァが知識や技術を継承した信徒の手により、人工的にもアヤカシを生み出し続け、選ばれた人間以外の人類を間引くことを是とするエーヴァ教なのだ。


 おまけに、その信徒たちが創設した団体名がエデンで、今でも一定数の支持を受けているなんて、皮肉もいいところだ。


「敵を知るのも、戦術の一つですよ」


「それはそれとして、納得してるんだけど……どうして、選民思想とかに走るのか、理解に苦しむよ。自分が消される側になるかもしれないとは、考えないのかな?」


 サラは、選民思想というものが苦手だ。辛うじて理解はできても、共感は全然できない。


「……みんながみんな、姫さまほど理性的でも、逆境に立たされても這い上がっていけるだけの粘り強さを持ってるわけでもありませんよ」


 サラの発言を受けたクラリーチェは、どうしてか寂しそうに目を伏せた。そうすると、長くて豊かな睫毛が余計に際立つ。


「感情のままに物事を選択する方も、たとえ破滅的な手段であろうとも、現状を変える可能性が僅かでもあれば躊躇わない方も、世の中に大勢いらっしゃいます。きっと、そういう方々にとっては、エデンはまさしく楽園なんでしょうね」


 そう考えると、サラは恵まれているのかもしれない。

 ふとクラリーチェが伏せていた視線を持ち上げたかと思えば、サラを見てどこか悪戯っぽく微笑んだ。


「どうせ信仰するなら、勇猛果敢な初代殺め姫さま――サラ姫さまを戦女神いくさめがみとしてまつるアイリス教にすればいいのにと、私は思いますよ」


「わ……わたし、お散歩してくるね!」


 急いで席を立つや否や、サラはそう宣言してそそくさと食堂を立ち去った。


 そう、そうなのだ。

 現代まで残された二つの宗教のうち、初代殺め姫――すなわちサラのオリジナルを信仰対象とするものもあるのだ。


 初代殺め姫は勝利の女神という異名も持ち、サラも中学受験や部活の大会の前には勝利を祈願したものだが、信仰対象の正体を知った今となっては、たまれなさしかない。


 揶揄からかうような忍び笑いがいつまでも追いかけてくるような気がして、足早に屋敷の外へと飛び出した。 

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