三十章

完璧と日記

第378話 『駄菓子菓子だよ』


 春。出会いと別れの季節。お疲れ様パーティーをした生徒会の一番最後の仕事は、入学式及び始業式を無事に終わらせることであった。



「ふあ~……」


「どうしたんだ葵。寝不足か?」


「あ。……はい。そんなところです」



 先程秋蘭は無事に信人の回収に成功したと伝えたが、秋蘭にはまだ山ほど聞きたいことがあった。



「葵、本当に大丈夫なのか? 家で何かされてるんじゃ……」


「え? いえいえ。本当に大丈夫です。シントも何をそんなに慌てたのでしょうね」



 秋蘭には、信人の言葉や表情が、今でも耳や目に焼き付いている。あれだけ取り乱していたのだ。葵の言葉を、そう簡単には信じられないでいた。



「振り回してしまって本当にごめんなさい。もう少しお付き合いしていただけると助かるのですが」


「それは、もちろん構わないが……」


「ありがとうございます。では予定通り時期が来たら、シランさんと一緒に破談へと動いていただけると――」



 どこか、何かが、おかしい。葵に話を聞きたくても微笑みを完璧に着けられて、近づこうにも近づけない。



「……葵。今シン兄は、部屋から出てこないんだ」


「そうなんですか」


「何かを必死に探してる。ずっと何かをしているようで、俺ともあれから一言も口を聞いてくれない。ずっと。……ずっと部屋に籠もってる」


「……そう」



 予定通り、入学式が進んでいく。新入生たちは新たな希望を、胸いっぱいに膨らませているだろう。

 そして、あっという間に始業式が続いて始まる。



「お前があのレコーダーで何を言ったかは知らない。最初の『感謝状』と『駄菓子菓子だよ』っていうのだけはデカかったから聞こえたが」


「だ、駄菓子菓子って。あ、甘い物好きにもほどがありませんか……」


「それを聞き終わるぐらいか。シン兄の様子が明かおかしくなった。電話でも何でもないのに、お前を呼び止めてるようだった」


「……特に、何も言ってはいないんですが」



 でも、その始業式も終わる。司会の翼が、『閉会の言葉』と、マイク越しに話したのが聞こえた。



「必死に叫んでた。レコーダーを聞き終わったあとも。『ヤバい、ヤバい』って。『戻らなきゃ』って」


「何がシントをそんな風にさせてしまったのでしょうね」



 閉会の言葉を、紀紗が言ったあと、新入生並びに保護者の方と在校生は各クラスへ移動となる。

 最後の仕事は、これであっけなく終わった。



「……シン兄はこう言ってた」



『――全部バレてるんだ!! 何もかもッ!!』



「それから急いで帰ってきたかと思ったら、お前から届いた荷物を抱えて自分の部屋に籠もったんだ」



 みんながそれぞれ持ち場から戻ってくる。未だ動こうとしない、ステージ裏で音響等の仕事をしていた葵たちの元へと。



「どうしたのー? 二人と、も……」



 圭撫は、秋蘭の表情を見て言葉を止めた。



「あっくん? なんでそんな怖い顔してるの……」



 それが伝染したかのようにその場に緊張が走る。



「……葵。お前、何を考えてる」



 秋蘭の紡いだその言葉は、みんなにも聞こえたようだ。みんなの視線が、一斉に葵へと集まる。



「……お前、またなんか隠してんのかよ」



 千風の空気が鋭くなっていく。声には苛立ちが多く含まれて。



「あおいチャン……」


「……もう少しだけ、待っていてくれますか?」



 心配そうに覗き込む茜に、葵は微笑みながら答えた。みんなの眉間に皺が寄る。



「葵。どう、したんだよ……」



 その『微笑み』が、あまりにも完璧過ぎて、翼は思わず鼻白む。



「アキラくん。シントに伝えておいてもらえないでしょうか。『それもわたしはちゃんと知っていた』と」


「……わかった。それは伝えるが、でも葵」


「大丈夫です、きちんとお話しします。だから、もう少しだけ待っていてください」



「わたしたちも早く新しいクラスへ行きましょう」と、葵はさっさと講堂から出ていってしまった。恐怖を抱いてしまうほど完璧な笑顔をぴったりと貼り付けた葵を、誰も引き留めることができないまま。



「……秋蘭。あっちゃん、何があったの……?」


「……わからない」



 秋蘭はただ悔しそうに拳を握り締めているだけ。



「……アキくん。シントさん、アキくんのとこ、帰ってきたってこと……?」



 日向も秋蘭にそう聞いてくる。でも、秋蘭はそれに答えられない。



「アキくん。ねえ、何とか言ってよ」



 催促する日向の声に、みんな視線が秋蘭へと集まる。



(でも、葵のことだからこれ以上は……)



 ……いや待て。葵は今、みんなが揃ってから『シントに伝えてくれ』と頼んできた。



(ならこれは言ってもいいことだ。だったら……)



 秋蘭は俯いていた顔を上げ、灰色の瞳でみんなを見渡す。



「みんな、話がある。HRが終わったら皇まで来てくれ」



 みんなは大きく頷いて、早々に講堂を後にした。



 葵はもちろんSクラスになることができた。他の生徒会メンバーも同様、無事にSクラスで持ち上がったようだ。3-Sの担任も、もちろん持ち上がりで菊が担当することに。



『はじめまして……と言っても、私の顔を知ってる人はいっぱいいるかしら? 新しく就任しました。雨宮梢と申します。久し振りですね皆さん』



 そして、新しくこの桜の“高等部”に就任した彼女が、新しい2-Sの担任となった。みんなは事前に知ってはいたものの、初めて知った時は驚いていた。

 そして今日は、生徒会で集まることはない。HRが午前中に終わると、みんながさっさと教室から出て行く。



「葵。今からみんなで俺の家に来るんだが、お前もよかったらどうだ」


「……お誘いいただきありがとうございます。でもどうしてもこれから外せない用事がありますので、わたしはこれで失礼致しますね」



 葵は新生徒会メンバーの投票用紙を手に持ち、教室を出て行った。



「やっぱり、あっちゃん何かあるんじゃ……」



 彼女があれを外していたのは、生徒会室だけだ。少し例外はあったが、そこでならいつも外してくれていた。



「もうアオイちゃんは、あのままなのかな……」



 ずっと完璧過ぎて隙がない。完璧過ぎて近づくのが怖い。



「……まるで、『来るな』って言われてるようなもんだ、あれじゃ」


「あきクン。話、聞かせてくれるんだよね」


「ああ。皇で話そう。あと杜真も呼ぶ。菊は……無理か。理事長は……絶対なんか知ってるだろうが、言わないんだろう」



 悔しさに、握った拳に力が入る。

 そうこうしていたら、2年生になった三人が3年のクラスまでやって来た。



「あっくん……」


「アキくん。話してくれるんだよね」


「アキ。教えろ」



 彼らも切羽詰まったような表情だ。



「もちろんだ。まずは投票して、それから一緒に皇へ来てくれ」



 みんなは投票の紙をボックスへ入れたあと、皇へと向かった。道中、靴と服の擦れる音、焦る息づかいだけが聞こえていた。



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