不安なき不破

辻田鷹斗

第1話 出会い

先日の夜中による雨で湿気った道路。まだ黒いコンクリートの歩道橋で軽やかに息を弾ませていた。腕を後方まで振り連動する足を回転させて目的地までペースを維持していた。そろそろ第2拠点のショッピングモールに近付く矢先、突如目の前に人が地に向かってしゃがんでいた。ショッピングモールに気を取られた金井真琴は対処すべき反応が遅れる。膝と頭の鈍い音と触感が伝わった。金井は横に倒れたもののすぐ様正気に戻る。

「大丈夫ですか!!」

その人に駆け寄ると女は頭を抱えていた。

「あ、あ、ああの、あ、怪我はな、なない、ですか?」

女の顔を覗くと金井は仰天した。想像以上に顔は整っていて男みたいに横と後ろが刈り上げられた髪は、サッパリしていた。しかし金井が仰天したのは髪型ではない。女は左目に黒い眼帯を施していた。仰天したのも束の間。カタカタと金属音がした。音へ視線をずらすと女の左足から鳴動していた。義足だった。ジーンズで隠れていたが、音を察するに左腿から下は人工物であった。一層金井は不安と良心の堕落に押し潰される。

「あ、ああ、あああ、あ、あ、あの、ご、………ごめんなさい」

とにかく謝罪が精一杯になり救助を後回しにしていた。慌てるのも無理はない。金井真琴は稀有な程、根性なしで臆病者だからだ。今日早朝走る前にはこうした事故を何度も頭の中で反芻して、走るか走らないか迷っていたからだ。金井にとって自身の不安が現実に直面したことこそ、この世で最も恐ろしい事象である。早朝に慌てふためく金井を第三者から見れば何と滑稽だろう。滑稽な金井とは裏腹にサッパリ眼帯義足女は慎重に左足の肉体と人工物の安否を確認しては自力でのっそり立ち上がる。

(ああ、怒らせちゃった)

金井は両脇に水滴を垂らしながらサッパリ女の目を逸らす。遂に女は声を発した。

「いえ、特に大事ありません。心配しないでください。頭は受け慣れてますから」

意外にも女は冷静だった。視線は真っ直ぐ金井を見る。金井も返報して目を合わせる。ただ頭を受け慣れているのは疑問ではある。

「で、でも、グラグラしませんか?もしかしたら脳震盪で数時間後に倒れ……。そうなったら私の責任です。ご、ごめんなさい!」

最早涙ぐんでいた。

「そんなこと滅多にありませんよ。仮に倒れても責任はこの身体にありますし」

自分ではなく身体に。ちょっと斜め上の返答に金井は困惑するが不思議と落ち着いてきた。金井は咄嗟に思い出し義足も気にする。

「あ、あ、あの。足、大丈夫ど、ですか」

女は戸惑う様子すらなく答える。

「ええ。大丈夫です。こうして今対等に向き合っているのが何よりの証拠です」

「へ?あ、あああ、そうですよねえ」

改めてサッパリ女を見て分析する。鼻筋が高く目も澄んだように茶色くパッと開いている。サッパリした髪か、小さな耳と細い眉毛がハッキリしている。左目には黒の眼帯、左足には義足。肩幅も広く、腕から細い緑の血管が浮かんでいた。何だか裏社会漂う人に遭遇してしまったらしい。今度はサッパリ女に恐怖心を抱き始める。またしても首から汗が滲む。しかし彼女は金井が予想する強気な素振りを見せず落ち着いて目を見詰めていた。

「半袖短パン。走っていたんですね」

「え?ええ、はい」

待っていたかのように彼女は笑う。

「でしたら一度休憩しませんか?公園すぐ隣にありますし、よかったらご一緒に」

「へ!?一緒に?いやあ、その」

益々金井はびびった。いきなり赤の他人と心を許して休憩するのは疲れてしまう。特に話す経緯が辛い。

「嫌、ですか?」

返答する暇もなく彼女は財布をジーンズのポケットから取り出す。

「飲み物奢りますよ。自販機もあるんで」

金井のカラカラに乾いた喉を潤すには打ってつけなタイミングであった。

「はい、是非。ありがとうございます」

この女との出会いで金井は大きく人生観を揺さぶり、生き方を変える。たとえ、社会という俗世から爪弾きにされても2人は残り短い生を堪能するだろう。


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