第1章 伝説の始まり?、一人の剣士現る!

1-1 とある山道にて


 雲ひとつない晴天の昼下がり。

 乾いた風が吹き抜ける山道に、金属が打ち合う鋭い音が響き渡っていた。


 刹那――



パキィィィンッ!!



 三日月刀シミターが、火花とともに宙を舞う。

 高く跳ね上がったそれはくるくると回転し、最後には地面に突き刺さって動かなくなった。


 勝負は、すでについていた。

 脂ぎった顔にしわを寄せた大柄な男――盗賊の親分とおぼしき男の喉元のどもとには、一振りの剣が静かに突きつけられていた。


 刃を構える剣士は、肩の力を抜いた余裕の笑みを浮かべながら言う。

「勝負あったな」


 親分のひたいを一筋の冷や汗が流れ落ち、やっとのことで言葉を絞り出した。

「……参ったよ。ほんとに……」


 彼の周囲では、手下と見られる盗賊たちが傷だらけでうずくまり、「親分……、親分……」と情けない声を漏らしていた。


 それでも親分は笑う。怯えと悔しさをごまかすように口元を引きつらせながら。

「へへ……けどよ。お前、なかなかの腕だな」


「…そりゃどうも」

 剣士は短く返し、目の前の剣先を少し下げた。


「その腕にゃ見込みがあるぜ。ちょいと耳を貸してくれ――

 オレは“鷹の団”って盗賊集団を束ねてる。まあ、このあたりじゃ顔が利くほうさ。

 どうだい、うちの仲間にならねぇか?

 女も金も好き放題だ、退屈なんてさせねぇぜ?」


 にやつきながらの勧誘。だが、その喉元のどもとには依然として冷たい刃が当たっている。

 誤魔化ごまかせるはずもない恐怖が、彼の指先を震わせていた。


「悪いが、俺は人様から奪ったもんで生きる気はない」

 剣士は静かに告げた。


 親分の目が細められ、次の瞬間、顔が一変する。

「――じゃあ、仕方ねぇな! お前ら、やっちまえ!!」

 怒鳴ると同時に、剣士の腕を振り払うように暴れはじめる。


 そして、詠唱を完了していたであろうまわりの盗賊たちが一斉に魔法を唱えた。



『フリーズ・ブリット!!』『サンダー・ブレイク!!』『ファイアー・アロー!!』



 四方から、冷気・雷・炎の魔力が重なるように殺到さっとうする。


「やれやれ……仕方ないな」

 剣士は眉をひとつだけ動かし、親分を軽く蹴り飛ばした。



――ヒュン!!



 そして、剣士の剣がくう一閃いっせん


 するとどうだろう。


 飛びかかってくる魔法たちは、彼を捉えることなく、まるで吸い寄せられるかのように剣の中へと消えていく。


 その光景に誰もが息を呑む中、彼はそっと剣の側面を撫で、低く詠じた。

『雷鳴よ、我が手に宿れ。――サンダー・ボルト』

 剣の刃がふわりと淡く発光する。


――シュン!!


 そしてさらにくう一閃いっせん

 その瞬間。



――ズバァァァァッ……ビシャァアン!!!

 稲妻が唸りを上げて空を裂き、地響きにも似た衝撃が走った。



「ぎゃあああっ!!」


 雷撃に弾かれた盗賊たちは、文字通り四散しさんしながら倒れ込み、その場に動けず転がった。


――数分後には、全員が見事に縄で縛られて、地面に整列していた。


「親分……あそこで退却するべきでしたね……っ」


 半泣きの子分がぽそりと漏らす。目元には涙すら滲んでいた。


「うるせぇ!あそこで引けるかっての……!」


 悪態をつきながらも、親分はちらりと視線を向ける。

 鋭い剣を構える剣士に、搾り出すような声で尋ねた。


「……ところで、お前の名前を聞いてもいいか?」



「……ん? 俺か?」


 剣士は肩を軽くすくめ、目線だけで答えるように、小さく息を吐いた。


 そして、少しだけ静かに口を開く。


「レフィガー。レフィガー・セルキナーだ。ただの旅の剣士さ」


「レフィガー……?」

 親分の眉がピクリと動く。

「どっかで聞いたような……」


 その時、後ろの子分があおざめた顔で叫んだ。

「お、お親分っ!! レフィガーって言ったら――若き天才で、最強の剣士の名前じゃ……!」


「なにぃ!? あのレフィガーか!?」

 親分が思いきりのけぞり、肩を震わせながら絶叫する。


(……またか)

 俺は内心で小さく嘆息たんそくする。

(どこへ行ってもこれだ。面倒ごとは、さっさと終わらせるに限る)


『静寂なる夢よ、なんじを包み、眠りの安息へ。――スリーピング』


 呟いた瞬間、レフィガーの足元から微かな風が広がり、盗賊たちは次々にその場で崩れ落ちるように眠りへと沈んでいった。



「まったく……盗賊団ひとつ相手にするのも、骨が折れるな」



1-2 山賊退治のあと。



 夕暮れ時、俺はすでに街へ戻り、役所に盗賊を引き渡し終えていた。


 その足で武器屋に立ち寄り、店内の装備品を眺める。

「おじさん、このマジックブーツ、もらうよ」


「はいよー、毎度ありがとさん!」

 馴染みらしい店主が気さくに笑う。


「そうそう、オリハルコン製のいい剣が入荷してるんだがな。風の精霊魔法の埋め込み付きで――ついでにどうだい?」


 すかさず売り込みに入る店主に、レフィガーはちらと笑って首を振る。


「剣はいらないよ。俺には――これがあるから」

 腰に手を伸ばし、剣のつかに軽く触れる。



 その瞬間、かすかに金属が鳴り、店の空気がぴんと張り詰めた。



「おおっ……これはすごい……」

 店主の瞳が輝く。


「今までに見たこともない、強い魔力を感じる……まさか、聖剣ってやつかい?」


 俺は無言でうなずいた。


 腰の剣には、りんとした気配が漂っていた。


――これは、ただの剣ではない。


聖魔法剣せいまほうけんソウルドラグナー。』

 セルキナー家に代々伝わる聖剣であり、世界に数ある“聖剣”のひとつ。

 それぞれの聖剣には異なる能力が宿っている。


 魔を断つもの。癒しをもたらすもの。ことわりを支配するもの。


 単純な強さの優劣ゆうれつでは測れず、その存在には、それぞれに固有の意味と価値がある。


 結局のところ、聖剣とは――武器ではない。

“意味”を携えた意志のかたちなのだ。

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