拝み屋ですが、俺の式神が美少女すぎる件について

三ツ石 冷夏

第一章:式神、召喚される

夜の東京には、“死者”の匂いがする。


 人の欲、恨み、愛情、悔い――

 それらが複雑に混ざり合った都市の空気は、ふとした拍子に“異界”と接続される。


 そして、そこに生まれるのが“霊災”。

 普通の人間は気づかない。だが、俺には視えてしまう。


 俺の名前は――御影 緋人(みかげ ひと)。

 高校二年生にして、代々続く“拝み屋”の家系。

 父は五年前に死に、母は幼い頃に失踪した。今は一人暮らしだ。


 生業は、霊災の除去・鎮魂・相談。

 いわば、現代の陰陽師――それが俺の仕事だ。


 


 その夜、俺はいつものように、古びた一軒家の六畳間で数珠をいじりながら、

 茶をすすっていた。日付は変わり、時刻は午前一時過ぎ。


 依頼が来るには、あまりにも静かな夜だった。


 


 ――ピンポン。


 


 ドアベルが鳴る。

 こんな時間に訪ねてくるやつなど、まともなわけがない。


「……またか」


 俺は立ち上がり、玄関を開けた。

 そこには誰もいなかった。けれど、足元には封筒が落ちている。


 


 差出人なし。だが、封の裏に貼られた式符は――見覚えがあった。


 (まさか、“あの組織”か?)


 封を切ると、黄ばみかけた和紙が一枚。墨で、こう記されていた。


 


『急報。

 旧・八雲神社にて霊的異常反応あり。封印文にひび。

 現地調査および、必要に応じて解除を依頼する。

 関係者以外の立ち入りなし』


 


 八雲神社。地図にすら載っていない、都心から外れた山中の神域。

 過去に何度も封印案件が起き、数年前には国家機関の介入もあったと聞く。

 だが、そんな場所でまた“ひび”とは……。


「……よりによって、あそこかよ」


 俺は、玄関に掛けていた黒い道着に袖を通す。

 懐に数珠、塩、符、そして――父の遺した“禁の祝詞”を忍ばせた。


 まるで、誰かが“呼んでいる”かのように。

 いや――そうだ。あの神社は、きっと俺を呼んでいる。


 


 そうして俺は、夜の東京に再び“異界の扉”を開けに行った。


 



 


 八雲神社へは、車でも電車でも行けない。


 標識のない山道を登り、石段をひたすら進む。

 そこは、電波すら通じない完全な“死地”だ。


 俺はヘッドライト付きの登山帽をかぶり、竹林を抜ける。

 冷たい夜風が背中を撫で、森の奥から何かの“声”がした気がした。


 


 ようやく社殿が見えたとき、月はちょうど真上にあった。


 ――空気が重い。


 異様な“気”が、境内全体を包み込んでいる。


 社はすでに半壊し、鳥居は倒れていた。

 その奥、苔むした石碑のようなものがひとつ、ぽつんと立っている。


「これが……封印か」


 石碑にはびっしりと式文が刻まれていた。

 だが、中央には明確な“ひび割れ”。何かが、中から這い出そうとしている。


 


 そして、俺は気づく。

 石碑から――“声”がする。


 


『おまえ、か……主よ……』


 


 俺は、一歩引いた。


「……誰だ」


 


『久しいな……御影の血よ……

 我が封を解くのは、貴様しかおらぬ……』


 


 それは、女の声だった。

 鈴を鳴らすような透明感と、同時に背筋を凍らせる冷たさを持った声。


 そして、なぜだか――懐かしかった。


 


「御影……の血? 俺のことを、知ってるのか?」


 


『約束を……忘れたか……?』


 


 その瞬間、俺の脳裏に“ある記憶”がフラッシュバックする。

 幼い頃、誰かと交わした――指切りの記憶。


 白い指。紅い瞳。狐面の少女。


 (まさか……あれは、夢じゃ……)


 


 石碑が震え始めた。


 ――ギィイイイイイ……ッ。


 不気味な音と共に、封印がきしみ、瘴気が溢れ出す。


 


 やばい。これは、来る。


 何か“とんでもないもの”が、ここに閉じ込められていた。


 


 俺は、父の遺した祝詞を取り出し、式の準備に入る。


 封印を解く儀ではなく――解き放たれた“何か”に対する、契約式の構築だ。


 


(……なら、こっちから“召喚”してやるよ)


「名も知らぬ封印の影よ。

 御影の血を継ぐ者として、今ここに問う――」


 


 夜風が止まり、時間が凍った。


 その瞬間が、俺と“あいつ”の出会いだった。

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