お前らの母親は、お前らに末っ子虐げてくれって頼んだのか?


「ち、違うっ!? 妻は、妻は決してそんな非道な女じゃないっ!?」


 自分達の自己満足の、見当違いの復讐心が、奥さん自身を酷く貶めてるって、今更気付いたのかよ?


「へー、でもさ? アンタらが、そうだって広め捲ってるから。つか、そこの。父親の後ろに隠れてるガキ共。知ってんの? 女性にとって妊娠出産は、命懸けのことだって」


 声を掛けると、


「んで、更に詳しく言うと、女性に一番負担になる出産ってのは初産なワケよ。その次が二回目の出産。妊娠中はさ、子供は母親から栄養貰って育つ。でも、その栄養を送る管、臍帯さいたい。通称は臍の緒ってんだけどさ? それが最初に体内で造られるときと、初めて子供を出産するときに、一番母親の身体に負担とダメージが掛かるワケ。通常、二回目は一回目よりはマシ。三回目は二回目より更にマシ。だからさ、母親の身体に一番負担掛けた存在ってんなら、最初に生まれた長子なんだわ」


 先程までの、俺を非難するような眼差しからギクリ、として驚愕の表情で目を見開き、固まる少年二人。


「お前が、母親から栄養を吸い取った。栄養を奪い取って育った。お前もな? 末っ子責めて虐げる前に、お前らは自分の存在も責めろよ。お前らが末っ子に掛けた言葉を、自分自身にも掛けろ」


 おーおー、顔面蒼白んなっちゃって。普段からそんな酷いこと末っ子に言ってんのな? クソガキ共が。


 こんなん、初等部の最終学年なる前……思春期入り口の保健の授業で習う内容だぜ? なんで知らないかなー? まだ習ってないか、頭悪いんか。それとも、出産しない自分らには関係無いと思ってんのか? いずれ結婚して、奥さんができたら無関係なんて言えないのに?


 俺がちょい詳しめなのは、嫁いだ姉上がお産でちょっと危険な目に遭ったからだ。それでも姉上は、自分が危険だったときでも、子供を優先させてほしいと言った。子供の無事を願った。


 産後の体調が悪いときだって、子供のせいになんてしなかった。義兄上だって、今も偶にめっちゃおろおろするけど、姉上の体調が悪いことを子供のせいにしないし。普通に……というか、ちょい過保護気味に子供を可愛がっている。


 まあ、二人目は躊躇ってるっぽいけど。それは姉上と義兄上二人の問題だからなぁ。


 と、それはおいといて。


「で、だ。お前らの母親は、お前らに末っ子虐げてくれって頼んだのか? 生まれたばかりのちび末っ子を守ってやれって、そんな風には思わないような酷い、優しくない、愛情を持たない母親だったのかよ?」


 ガキ共は蒼白で、涙目になりながら、怯えたように首を振る。


「更に言うと、だ。そもそもの話。奥さんが妊娠出産で体調が戻らず、身体へのダメージが完全に回復する前に子作りしたアンタの責任じゃないの? それを棚上げして、奥さんが命懸けで産んだ子供冷遇してつらく当たるとか、馬鹿じゃないの? 子供に人殺しって言う前に、お前の方こそ間接的に奥さん殺してんだろ。挙げ句、死んだ後も奥さんのこと貶めやがったクセして。手前ぇに、その子を責める資格があるのかよ?」


 死んだ後、家族に、『自分が死んだことを生まれたばかりの子供のせいにして、仇を討ってほしいと思われてた』なんて、奥さんもマジ浮かばれないぜ。


 そう言えば、この家の子息には婚約者がいなかった筈。ま、それも道理だがな。


「俺がアンタの奥さんなら、絶対アンタら恨んでるわ。つか、アンタら気付いてないかもだけどさ? もし、アンタらの家に嫁いで、万が一出産のときに命を落としたら……『命懸けで産んだ自分の子供が冷遇される』って。他の家のご婦人達にそう思われてんだよ。だから、お前らに婚約者がいないんじゃないの? 誰が、自分の子供や孫が冷遇されるかもしれない家に、大切な娘嫁がそうと思うよ? ま、大切じゃなくて、政略の駒としてしか娘を思ってないような、そんな家でも、娘を嫁がせるとか無いだろうけどな? 自分の家の血筋が、子や孫が大事に、優遇されるのが前提の政略結婚で、子や孫が蔑ろにされて、排除されるかもしれない、下手すりゃ殺されるかもしれないって判ってんだもんよ。そういう家と縁付きたいなんて、誰も思わないだろ?」

「っ!? わ、わたし、わたしはっ……」


 なにやら非常にショックを受けた表情で、滂沱と涙を流して嗚咽するオッサン。ガキ共も、それにつられたように泣き出した。


 そして、なぜか周囲のご婦人方や年配男性達から静かに拍手が送られている。


 う~ん……五月蠅うるさくて非常に目障りだから注意しに来たんだが。更に騒ぎを大きくした感じ? やっべー。後で親父や母上、兄貴にもどやされるかも。


「控え室へ案内して差し上げろ」


 と、使用人へ言い付け・・・


「さて、お嬢さん。お嬢さんは別室に案内で宜しいでしょうか?」


 目の仇にされていた少女へ問い掛ける。


「……は、い」


 蚊の鳴くような小さい声での返事。


 とりあえず、この子には保護が必要だよなー? 母親の実家方の方に、父親に目の仇にされて家で冷遇されてて有名なので、『お孫さん養子に取って、そっちで育てた方がいいですよ』っつって連絡入れとくか。


「ごめんね? 俺も、これは八つ当たりだって判ってんだけどさ? 目の前であんなの見せられて、ちょっと我慢できなくて」

「? 八つ、当たり?」

「そ。俺の親友がさ、お嬢さんと似た立場だったワケ。お嬢さんと違うのはアイツは男で、一人っ子だってとこくらいかな? んで、家というか、ず~っと父親に目の仇にされてさ。ついこの前、とうとうアイツ出家しやがった。周りにな~んも、一言も言わないでさ? いきなり自分で貴族籍抜いて、今は寮制の神学校に入って……母親の冥福を祈ってる。そうやって人生終える気なんだぜ? って、ことが最近あってさ。むしゃくしゃしてたの。お嬢さんの……家族? には、ちょいキツいこと言ったかも。お嬢さんの家族には絶対謝らないけど、お嬢さんには謝っとく。ごめんなさい」


 と、頭を下げる。


 んで、アホアホ野郎が神学校入ってから、くだんの父親が自殺して。あの家、お家騒動の真っ最中なんだよなー。継がせるのに適当な奴がいなきゃ、王家が管理することになるだろう。


 面倒だって、伯父貴達が嫌がりそう。


「そう、ですか……」

「そうなの」


 アイツは人に優しくて、とっても我慢強くて、面倒見が良くて、すっごくいい奴で・・・そして、大馬鹿な奴だ。


 アイツは、自分は戸籍上の父親とは赤の他人だと思っていた。いや、もしかしたら、小さい頃から酷い態度を取られ続けて、それがショックで赤の他人だと思い込もうとして……自分でそう思い込んで、父親とは赤の他人だと信じ込んだのかもしれない。


 自分が傷付かないように……


 そうじゃなきゃアイツは、父親の酷い言動から自分自身を守れなかったのかもしれない。


 ・・・でもまあ、アイツがガチの天然で、めっちゃ素直過ぎて、父親の言動(目の仇&冷遇に加え、自分の子供じゃない発言)を微塵も疑わなかったってこともあり得るけどさ?


「お嬢さんは、悪いけど暫くは俺の家で保護させてもらうね?」

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