第39話:秘密

(……俺もしっかりしなきゃな。)

キャッキャと騒ぐ姉妹を横目に、自立心を再び燃やしている主人公。

ふと、当然の疑問が頭をよぎる。


…これ、どうやって用意したんだ?


こんなに大量な本と服。それを保管しておくこの部屋。

どれも古びている様子はなく、最近作られたように見える。

これをすぐ準備できるなんて、何かがおかしい。

これも、ましろの神としての能力のような、あさぎの力なのか?


「…あさぎさん、もう一つ聞いてもいいですか?」


ニコニコしたままあさぎがこちらに向く。


「ん?なんだい?この服を買った理由かい?」


「いやそれも気になりはしますけど…もっと根本的な話で。」

「これらの本や服、どうやって準備したんですか?1人で準備したにしては…ましてや、最近この世に生まれたにしては用意が速すぎませんか?」


「ふふふ。よくぞ気づいた。では、ついでに私の力についても教えようか。」


やはり、神の力が関わっている。

いったん服置き場の部屋から書斎に移動し、話し込むことに。

ましろは椅子をくるっと回して、当たり前のように腰を下ろす。

あさぎさんが座布団を用意してくれたので、そこに座る。

一応、胡坐でもいいですかと一声かけて、座りやすい格好で話をする。


「ふむ。では、そろそろ私の話を…」


あさぎが説明を始める。


「ここまで準備できた要因として、我々が半神であることの力を存分に使っているのは、悠君の想像の通りだ。」


「ここで重要な特徴が3つある。」


「1つはこの体の特徴。2つは魂を操る力。そして3つは、拠り所となった神の力だ。」


主人公は真剣にあさぎの話を聞く。

ましろのときに散々突飛な話は聞いている。

だから、驚くこともなく耳を傾けられた。


「…おや、驚かないんだね。ふっ、よほどましろを信頼してると見た。」


「まあ…そうですね。連日、あんな力を見せられたらもう日常ですよ。」


ましろは機嫌良さそうに足をパタパタさせてから、「この力を見せとるのは悠だけじゃぞ?」と釘を刺す。


あさぎが続ける。


「…では、1つ目の話。我々の体は特殊で、魂と密接にかかわっていると、ましろからは聞いているね?」


主人公はゆっくりとうなずく。

ましろたちは一度命を落とし、魂だけとなって黄泉の国へ行き、再び現世に魂が戻ってきた。

その際に、強い魂からこの体が顕現している。

…相変わらず、自分で考えていても訳が分からないが、ましろと触れ合ったことのある以上、納得せざるを得ない。

魂のカタチによって顕現する体も変わるので、ましろ曰く、体の特徴は変えられるらしい。

現に、その力でましろは猫耳やしっぽを自由に表したり消したりできる。


「では…1つ聞くが、魂が体を作っているのであれば、"人間らしい行動"をしなくても生きていける…そうは思わないかい?」


「"人間らしい"、ですか?」


「そうだ。悠君にとって、生きるために何が必要だ?」


「そりゃ…健康的な生活には、食べて、寝て…それから運動して…」


自分で言ってハッとする。

何…そんなことが…それらがいらないってことは…


「…つまり、あさぎさんが言いたいのは…」


ニコっと笑う女性。

「…そうだ。」


そして、真剣な表情に戻る。


「我々、半神の身となった者たちは、何もせずとも"生きて"いける。」

「食事も、睡眠も、運動も。ましてや呼吸などいらない。」


主人公は思わず声が出る。

「ちょ…ちょっと……待ってくださいよ。」

思わず背筋に冷たいものが走る。


「そんなこと…つまり、ましろやあさぎさんたちは…」


「不老不死、っていうこと…ですか…?」


また、あさぎさんが優しく微笑み、答える。

「…ま、そういうことになるな。」


ましろ達、狛猫一家は不老不死。

老いもせず、死にもしない。

それだけでとんでもないことだったが、そんなことよりも主人公は別のことが気になって仕方がなかった。



疑念。



ましろと、遊んだ記憶。お菓子を分け合って、はじめての味に喜ぶましろの顔。

あれは…もしかして……



不意に、自分の声が震える。



「…じゃ、じゃあ……」


「ましろは…何も食べなくていいなら…」


「い、今まで、ましろと…お菓子やジュースを分け合って楽しんでたのは…」


「……あれは……」


頭の奥がキーンと鳴る。

本当に、ましろと気持ちを共有できていたのか。

一気に不安が頭をよぎり、なにも考えられなくなる。

思い出が、触ると崩れてしまいそうな、そんな不安定な感覚。


「悠。」


ましろの、芯の通った声が響く。

椅子に座っていたましろが、するりと降りて主人公のそばに寄ってきて座りなおす。

そして、優しく微笑みながら、首をかしげる。


「…安心せい。わしは、おぬしがくれたお菓子の味も、飲み物の風味も、ぜーんぶ覚えとる。」


「わしが食べたくて食べたんじゃ。そこは悠と一緒じゃ。」


優しく語りかけるましろ。

しかし心の底では疑念が渦を巻いていた。


「で、でも……!」


ましろが伏し目になって言う。


「……おぬしがくれたあのお菓子。"ふらいどちきん"、じゃったかの?あれは歯ごたえがよくてしょっぱくて…わしは好きじゃったよ?」


主人公はハッとして、いろんな感情が芽生えて喉が詰まる。

砂浜であげたあのお菓子。あの食べた時の反応は、作り物のそれでは断じてなかった。

しかも、ましろの神社でも、ましろはそのお菓子を一人で食べていた。

…あれは、ましろが食べたかったから、食べていたんだ。

ましろが再び主人公の方を見る。


「な?おぬしと遊んだときの気持ちは、別に悠だけのものでない。」


「…わしも、一緒じゃよ。」


そうか…いままでの思い出は…

…ちゃんと、1人の少女の、"ましろ"としての思い出だったんだな。

胸の奥がじんわりと熱くなる。

安堵のあまり目が潤むが、何とかこらえながら言葉を出す。


「…ましろ。そうか…良かった。」


本当に…良かった…

主人公が安心したのをみて、ましろも尻尾をゆっくりと動かす。

あさぎに向き直り、湧き上がる疑問を問う。


「で、でも…なぜそれを…要らないことを知っているんですか?ましろはこうやって食べたりしているのに…あさぎさんとは違うんですか?」


優しい顔のまま、あさぎさんが答える。


「その答えは、"同じともいえるし、違うともいえる"だな。結論から言えば、"気の持ちよう"、かな?」


「気の…?そういうものなんですか?」


「私もたまたま気づいたんだがね…」


あさぎさんが再誕した日、右も左もわからない状態で、食べ物すら得られない状態だったらしい。


「最初はどんどんお腹が空いて、もうだめだ、って思ったんだがね…。」

「でもふと気づいたんだ。お腹は空いてるのに、体は何も困ってないって。」


空腹感の割に、体は動く、と。

それに気づいた瞬間、さっきまでの空腹感はどこかに行き、ついでに、喉の渇きや、眠たさなんかも克服していったようだ。


…この人は、黄泉の国へ妹を残したという、その未練で"人間らしさ"を捨てて。

妹を守る。その覚悟が、1人の姉を真に人間を超えた存在にしたんだ。


「…そのことに気づいてからは、もう徹夜で活動していたね。寝るのも時間がもったいないと思い始めると、あとは流れだったね。気づけばそれが、私にとっての普通になっていたよ。」


「それは…そう聞くと便利ですね。」


残りの疑問を聞く。


「でも、ましろはなぜそれをしないんですか?」


ましろの顔をちらっと見る。

目が合う。いつもの無邪気な顔だ。

あさぎが答える。


「うーん、私も専門家じゃないしねぇ。でも仮説を立てるとしたら、こうかな?」


「『ましろはその"人間らしさ"を捨てるまで至らなかったので、人間っぽさが出ている』かな。」


ましろは再誕後にあさぎの家に行っていたそうだが、その時からごはんを食べたりお茶を飲んでいたらしい。

その時の様子を思いだしながら、ましろが答える。


「幸い、わしは姉様みたいにそこまでせんでも"生きていけた"しのう。まだわしも美味しいものを食べたいとか、ゆっくり寝たいと思うとるよ?」


無邪気な顔。

ああ…ましろが普通で本当によかった。


話がややこしくなってきたので、一度口に出してまとめる。


「ええと…だから、本来は人間が生きるために必須なものは不要だけど、人間らしく生きたい、と思っている以上はそういう活動が必要になる…?」


「そうそう!そんなところかな。」


あさぎさんが人差し指を立てて、正解、と言わんばかりのウインク。

わしも寝るのは好きじゃしの!とくに昼寝は最高じゃ!とましろも付け加える。

確かに好きそうだ。ましろはいつも通りで安心した。


「…実は、ましろに会ってからは逆に人間らしさを取り戻したいと思っていてね。自分だけ違う行動をするのって、嫌じゃない?」

「だからこまめにご飯を食べたり、飲み物を飲んだり、無理やり寝てみたり、ってね。」


人間らしい生活って難しいね、と笑い飛ばすあさぎ。

たしかに、そうなのかもしれないな。

…考えていると、ちょっと気になることが出てきた。


「じゃあ…その気になれば…食べなくても生きられる、ってことは…」

「逆にいくらでも食べたりできる、って感じで、反対のこともできるんですか?」


指さし確認のように、主人公を指すあさぎ。


「おっ!鋭いねぇ!まさしくその通りだよ!」


「わぁ…」


そんなことが…できるのか?

すでに物理どうこうの話ではないが…気になるものは気になる。


「…どうなるんですか?おなかとか…」


「じゃあ、実際に見せてみようか。」


「え?」


急な展開に置いてけぼりの主人公を除いて、あさぎがましろに目配せする。

すると、ましろは机のそばにあった2Lの水ペットボトルの1本を抱えて、椅子にちょこんと座る。


「じゃあ、あちらのましろさんをご覧ください。」


「わしが今からこれを一度に飲み切るから、ちゃんと見ておくんじゃぞ?」


唐突に何か始まった。

ましろもあさぎ仕込みのウインクをする。

いや、今はそういうことじゃない。


「え、な、は?な、何?」


「おなか回り、膨れるかとかよく見といてね。」


「なにが?」


い、いったい何を?何が始まるんだ?

理解できない主人公の回りでは、淡々と事が進んでいく。

ましろがペットボトルの蓋を開けて飲み口に口をつけ…


「…んっ……ん………んく…」


そのままゴクゴクと飲み始めた。

主人公はただただこの奇妙な光景を見守るしかできなかった。


静かになった部屋に、水の減っていく音だけが響く。

…自分は今、何を見せられているんだ?

ましろの細い喉がひっきりなしに動く。首元のチョーカーもつられて動いている。


途中、苦しそうな表情になるましろ。それでも一生懸命に飲もうとしている。

見ていてちょっと不安になって、思わず声をかけそうになるが、飲むペースはまったく落ちない。

水面が徐々に下がっていき、ついに。


「————ぷはーっ!!はぁ…はぁ…!」


…本当に一息で飲み切ってしまった。


「ど、どうじゃ!すごいじゃろう!!」

息を切らしながら、ましろが勝利宣言をする。


「…あ、あさぎさん…?」


状況の不可解さに、思わず聞いてしまう。

あさぎを見ればいいのか、ましろを見ればいいのか、頭がついていかない。

胸を張って堂々としているましろ。

肩で息をしているが…おなか回りをみても、着物の帯が張っているようには見えない。

いや、違う。そんなことよりも。


「これは…どういう…?」


「これがさっき言った、"人間らしさ"を取り戻す練習だよ。」


あさぎが説明する。


「普段は普通にコップから飲むけど、たまにこうやって一気に飲み干しているんだ。」


「で、ましろの様子をみて、あー普通の人はこんな感じになるのか、って勉強しているわけ。」


「えぇ…」


ふぅ、と息をつき、姉様は息継ぎなしに無表情で飲み切るから怖いんじゃよ、とのましろコメント。

…何をやってるんだ、この姉妹は。

心配になった主人公が、ましろに声をかける。


「ましろ…?本当におなか大丈夫なの…?」


「平気じゃよ?こないだは3本立て続けに飲んで見せたわ!」


「3本も!?」


「ふふん、もっといけるかもしれんぞ?」


そんなことで威張られても…いや、すごいんだけども。

3本。すると6L。普通の人だったら病院送りどころか、命の危機だろう。

でもましろは、さっきまで息を切らしていた様子が嘘のように、いまはもう平気そうにしている。


「…めったなこと言うと、おぬしを丸のみにだってできるんじゃぞ?」


いつもの悪い顔で言うましろ。


「はは…き、気を付けるよ…」


冗談のつもりだろうが、目の前で見てたせいで妙に説得力があって、頭ごなしに否定なんかできなかった。

……普通に怖い。


「え…っと…とりあえず、すごいことは分かりました…」


「ふふふ、わたしの妹に恐れ入ったか。悠君。」


「いや、あさぎさんも威張るとこじゃないんですけど…」


「…だけどね、もうちょっと悠君には驚いてもらわなきゃ困るんだよね。」


「えぇ…」


まだあるのか…もうおなか一杯なんだけど…

ひるむ主人公をよそに、あさぎが懐から何かを取り出す。

きらりと光る細い金属————針だ。


それをためらうことなく…


————人差し指の腹に軽く刺した。


「えっ!?ちょっと…!あさぎさん!?」


当然、刺したところが赤くにじむ。

だが、あさぎの表情は崩れない。


「何をして……大丈夫ですか!?」


そして針を抜き、取り出した布で拭って刺したところを主人公に見せる。


主人公は思わず目を背けるが、恐る恐る見てみると、血が止まっていた。

傷も赤くなっておらず、きれいな肌のままだ。

刺したこと自体無かったかのような、なめらかな表面だ。


「…えっ!?」


「————そういうことだ、悠君。君の言う、不老不死という奴だな。」

「その気になれば、自分にできた傷なんてこうやってなくすことができる。」

「なんだったら、刺したときに血を出さない、なんて芸当もできるが…その様子だと見たくなさそうだね。」


「え、ええ。あんまり見たくないです…」


…理屈ではなく、本能で理解する。

無敵だ。

この人たちの魂が揺るがない限り、この人たちを倒す術はない。

そして、その魂も強く、魂に触れることができるものなんてない…

…この黄泉の国とかの秘密、もしかしなくても、とんでもない秘密だ。

だから、ましろが魂のことや黄泉の国のことを口外したくないわけだ。

主人公は、もうこれ以上考えるのをやめた。


当然、これはあさぎさんだけでなく、ましろも同じだ。

気になってちらっとましろを見る。

なんじゃ?と言わんばかりに、小さく首をかしげて微笑んでくれる。

ましろは普段と変わってなかったが、主人公の目には少し違って見えた。

こんな強大な力を持っていても、普通の人である自分と、対等に接してくれようとしてるんだ。

…ほんとうに、立派な人だな。ましろは。

人間よりも人らしいかもしれない。だからこそ、信頼できたんだろうな。


あさぎがまとめる。


「だから、我々は不老不死だし超人のようなこともできるけど、それは強い気持ちでコントロールできる。そして、私はそれをいいように使って昼夜問わず活動してたってわけだ。」


「安心したまえ。ましろも君と一緒に過ごしたいと思っている以上、人間らしく生きたいという意志が揺らぐことはないだろう。無論、今の私もだがね!」


ましろも答える。


「うむ。姉上の言う通りじゃ。」


「…何度か話したかもしれんが、わしは、悠と、姉様とも人として過ごしたいと思うとる。これは本心じゃ。」


「じゃから、悠がその気のままなら、わしもそのままでいようぞ。」


主人公は、もうついていくのがやっとだったが、この様子だったら大丈夫だろう。

もう何度もましろを認め、信頼してきて、それにましろは応えてくれた。


「…ああ。人のままでいてくれた方が嬉しいな。」


もう大丈夫だ。この人たちは信じていい。

自然と笑みがこぼれた。

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