第34話:小雨

第34話:小雨


雨の音とともに目覚める。

6月らしい、シトシトとした雨が降っている。

傘を手にもって妹と家を出る。


今日の午後はましろのお姉さんに会いに行く予定だ。

一応、妹の予定も聞いておこう。待ち合わせ中に鉢合わせたら、面倒どころの話じゃなくなる。

「今日、俺短縮授業なんだけど、そっちはどう?」


「短縮なんだ!いいなー。こっちは普通に授業だよ。」


短縮ってだけでテンション上がるよね、と妹。

確かに。予定があるならなおさら嬉しい。

これだったら被らなさそうだ。

多分、夕方もましろかお姉さんの"家"にいるだろうし、問題ないだろう。


いつもの最寄り駅まで行き、乗り換えで妹と別になる。


いつものように授業を受ける。

心のどこかで楽しみにしているのか、自然と窓の外の風景に目が行く。

鉛色の空。辺りはいつもより薄暗いが、雨の校庭のあじさいはいつもより鮮やかに見えた。


午前中で授業が終わる。

いつもならここでサッと帰れるのだが、今日は係の仕事がある。

クラスメイトの女の子と一緒に、花の手入れをする。

教室脇の花壇は雨に濡れて、土の匂いが強かった。

この子は中学校からの馴染みだ。

入学式の後、見知った人とクラスメイトになれて嬉しかった記憶がある。

話をしていると、最近雰囲気変わったよね?と言われる。


「雰囲気が変わったって、なんかさ…昔よりも、怖いものが減ったみたいに見えるっていうか。」


う…何とかしてはぐらかそう。


「え?…最近いろんな人から言われるんだけど、そんな変わったかなぁ…」


「うん。なんか、中学の頃よりも大人になったというか、頼りになった気がするんだよね。」


授業の後の片付けの時も、気を効かせて手伝ってくれるようになったし、と。

…まあ、そうかもしれない。

最近、人に対して優しくなった気はしている。

心に余裕ができたためだろうか?


「あー…まあ、たまにはそういうことも、したくなる時あるよね…」


「ふーん。」


ほんとかなぁ?という視線。


「もしかして…」


(ギクッ)

…ば、バレたか…?


「…悠君って生徒会長になろうとしてる?」


予想外の回答に、逆に困惑する。

でもバレなくて良かった。


「いやー、それはない、かなぁ…ははは。」


「もしそうだったら、私、応援してるからね。」

「あの悠君が生徒会長だなんて、あこがれちゃうなー。」


「ま、違うんだけど…でも、そう言ってもらえてうれしいよ。」


そんなことあるか。

正直、人前に立つのはごめんだ。

でも…そうみられてるのは、ちょっと気分がいい。


「ほら、やっぱり変わってるって!前まで素直にお礼言うことなんてなかったもん。」


「え…」


…しまった。

ましろとのやり取りの癖が出てしまった。

なるほど、多分こういうところなんだろうな。


「そ、そうかな…そうかも。」


「でも、私はいい変化だと思うよ。素直に思いを伝えるのって、なかなか難しいもんね。」


その後、何とかバレずにことを済ませられた。

内心ひやひやしていたのであまり話が入ってこなかったが、心のどこかでは嬉しかった。

自分、ちょっと変わってたんだ。ましろのおかげだな。


係の仕事も終え、体育館で軽い筋トレをした後に帰る。


最寄り駅に着いたのが13時前。

一回家に帰って、その後駄菓子屋に行くのに問題なさそうだ。

今日は最寄り駅にも、途中の駄菓子屋にもましろはいなかった。

サプライズはなしか。


家に帰り、身支度を手早く済ませる。

家には誰もおらず、雨音が優しい音を響かせていた。

作り置きのご飯を食べて、シャワーを浴びる。

今日はお姉さんに会うので、比較的しっかり目な服を昨日から用意しておいた。

母チョイスの、すらっとした長ズボンと襟付きの半そでシャツ。

シンプルで比較的フォーマルな服だ。

こういうの少しはもっておきなさい!と言われてもらったやつ。

これを着る機会は訪れるのかと思っていたが、今日は役に立ちそうだ。


時間を確認する。13時45分。ちょうどいい時間だ。

濡れにくい運動靴に履き替えて、家を出る。

荷物はいつもの財布とスマホだけ。

なんとかなるだろう。


雨の中を歩く。

パラパラと小気味よい音を聞きながら、何もない見慣れた歩道を歩く。

…家からましろに会いに行くのは、もう2日も前のことか。

すっかり遠い過去の話に思える。


遠くに駄菓子屋が見えてきた。

雨でわかりづらいが、軒先のベンチに誰かいるのが見える。

…ほかの人が着ないような和服。

ましろだ。

いるのがわかっただけで、心が明るくなった。

自然と、歩みが速くなる。

駄菓子屋に近づくと、ましろもこちらに気づき、優しく手を振ってきた。


「おまたせー!」


そういいながら、主人公も手を振り返す。

軒先に入り、雨傘をバッバッと振り払う。

初めて会った時と同じ格好のましろ。

徐々に慣れてきたが、服装と顔立ち、それから猫耳のせいでやはり特別な存在に見える。


「わざわざ来てもろて、お疲れじゃのう。」


「いやー、今日雨だね。ましろ、傘持ってる?」


「うむ、この通り。」


ましろが横にあった和傘を見せる。

おお…似合う…


「和傘…いいね。」


自然と口に出た。

クスッとましろが笑う。


「おぬしは多分こういうのが好きじゃろうからと、姉様が持たせてくれたんじゃ。おぬし、見透かされとるぞ?」


「えっ。」


好みが筒抜けだ。

ましろがパッと傘を開き、傘を構えてみる。

雨の粒が和紙の上を転がり、昼の曇り空の光を柔らかく透かしていた。

やっぱり…ましろのお姉さんという人は"分かってる"。


「いやー…そうなんだ。でもすごく似合ってるよ。」


「ふふ、ありがとうな。」


立ち話を少しして、飲み物を買っていこうという話になった。

財布を開けると、もうすでにお金が増えていた。

…今日は千円札が2枚増えていた。


「…あれ?ちょっと多くない?」


「姉様の分のお菓子と、それから飲み物も買っていこうぞ。どれ、悠が選んでみんか?」


なるほど。そういうことか。

多分話が長くなるだろうし、ちょっと多めに買っていこう。

あれと、これと…それからあれも。

…これだけ買っても千円札と小銭で足りてしまった。

おばちゃんに会計をしてもらって、残った千円札はましろに渡した。


「…わしにくれるのか?どうせ増やすから持っといてもええんじゃぞ?」


「うん、使わなかったから。増えすぎてもいけないかなって。」


「わしが増やしたお札は、入れたくないと?」


「い、いや、そうじゃなくて…」


ましろが優しく笑う。


「…なに、わかっとる。じゃあ、わしが預かることにするかの。」


懐から和柄の小銭入れを取り出し、千円札をしまうましろ。

なんか、現代になじんできたな。

菓子とジュースが入った袋を片手に、駄菓子屋を出発する。

ましろの和傘が結構サイズが大きかったので、2人でその傘に入ることにした。

ましろが濡れないように気をつけながら、ゆっくりと歩く。


「…ついにましろのお姉さんとご対面かぁー。」


「緊張しとるのか?悠らしくないのう。」


「そんな…俺だって初めて会う人は緊張するよ。」


「わしと会った時はそんな風には見えんかったけどのお。」


そうだった気がする。

まだましろを子供だと思ってたから、緊張するまでもなかったな。


「まぁ、そうだね。」


上目づかいでこちらを見る。


「わしが幼子に見えたから、そんな気は起きんかったと見えるのぉ。」


…勘がいいヤツ。

言い当てられて少し固まる主人公。


「お、図星かの?」


それを見てイタズラ顔になるましろ。


「年下じゃからって思うとったら、痛い目みるぞ?」


「もう過去の話だよ。今のましろと会うってなったら…多分緊張するよ。」


年齢で気になったことを聞いてみる。


「ましろのお姉さんって、ましろといくつくらい年が離れてるの?」


もう実年齢とかはないと思うけど、と注釈して言う。


「んーと、確かわしよりも6つほど上じゃったのう。」


6つ。じゃあ自分より年上になりそうだ。

どんなお姉さんなんだろう。


「姉様は悠よりもずいぶん大人じゃから、くれぐれも無礼のないようにな。」


「はいはい、"ましろ様"。」


「…やはりわしのこと、下に見とらんか?」


不服そうなましろを横目に、道を進む。

途中、ましろに道案内をしてもらいながら、お姉さんがいる神社に向かう。

おぼろげながら、初詣で行く神社への道と一致しているような気がしてきた。


ましろの口数が徐々に減っていく。

ぎゅっと和服を握っているのが見えた。

ましろも緊張しているようだ。

次の大通りを曲がった瞬間、木々が茂ってきた。

目線の先には…大きな鳥居。

ここだ。

この神社は、ましろのそれよりもずいぶんと大きく、立派だ。

境内も比にならないほど広い。

今日でこそ雨で人影はないが、本来なら参拝客も多いはずだ。


鳥居の先、境内の中。通路に人影が見える。

成人女性くらいの背の高さ。ましろと同じような、厳かな和服衣装と和傘。

遠目で見ると、やはり現実味が湧かない、あの感覚がする。

主人公は無意識に息を止めた。

雨に滲む人影は、ましろと同じ雰囲気でありながら、どこか遠い威圧感をまとっていた。


きっと、あれが。

ましろのお姉さんだ。

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