第25話:魂


「お願い事をする前に、わしの、もう1つの力について話そう。」


「わしがさっき、『わしの体は魂と密接につながっとる』という話に関係するものじゃ。」



「悠よ…おぬしに少し、怖い思いをさせてしまうかもしれん。」


「……どんなことがあっても逃げんという覚悟があるならば、わしの手を握ってくれ。」


ましろが、両手を主人公に差し出す。



「…」

今までにない、真剣な表情だ。

だが、目の前の少女は、もうましろだと主人公は知っている。

あの、1人孤独なましろ。

……自分が、守ってあげなきゃいけない。


主人公はゆっくりと手を握った。


ましろのひんやりとした"温かさ"が伝わる。



「悠よ。」


「これから起こることは、おそらくおぬしを怖がらせてしまう。」


「じゃが、安心してくれ。危害は加えぬ。一瞬だけじゃ。」


ましろが目をつむり、じっとする。




……………。





…まだ、何も、おこらない。


(なんだ…?自分の気のせ————————




次の瞬間、体が燃えるような感覚。熱くはないが、感覚がわからなくなる。

体が、ぶわっと、突風で浮きあがるような勢いを感じる。

周囲が一瞬、数多の輝きに包まれ、光ったと思ったらまた暗くなり、そして、周囲の光景がぼんやりと見えるようになる。

周囲の音は消え、代わりに静かすぎる世界が広がる。

目の前には、フワフワとしたモヤでできた揺らめくましろの像——自分はそれと手を握っている。

そして…おもむろに目をやると、下の方に手を握っているましろと、自分が見える。


………………宙に浮いている。




————————……!?!?)


「なっ!?な、なんだ!!?!!?なにが起き——————」


…主人公が慌てて叫んだ瞬間————


気づくと、目をつむり、じっとしているましろが、変わらぬ態勢で目の前に居た。


(————て!?!…………!?…あ、あれ?)


先ほどと変わっている点はまったくない。

あるとすれば、突然の出来事に思わず手を放してしまっていたくらい。

数秒間、へんな感覚があったような気がしたが、今となっては一瞬に感じている。

まるで、ごく短い夢を見ていたような感覚だ。



ましろがゆっくり手を戻し、目を開く。

そして、神妙な面持ちで話す。



「…これが、わしが得たもう1つの力。」




「——————魂を操る力。」



その言葉の重みを、主人公はすぐには飲み込めなかった。

"魂を操る"——いったいそれは、どういうことなのか。

「た…魂?いま、なんか一瞬へんなのが見えたような…それのことか?」


「そうじゃ。わしは今、おぬしの魂を体から引きはがした。見たのは、その時の景色じゃろう。」


あまりの一瞬の出来事で、というより、なにか記憶から抜け落ちたような。

そんなぼんやりとした記憶で覚えている断片を、なんとかたどる。

(魂を…引きはがした?)

(…俺の体の中に何があるんだ…?)

(…でも…それでも…見たような気がする。夢みたいだったけど…何かあった気がする。)


「いま…よく覚えてないんだけど…」




「…さっき、魂の存在になると、時間の感覚をつかむのが難しくなる、と言ったな。まさにそれじゃ。魂の存在の時に過ごした時間は、夢のように思える。」


「じゃから、よく覚えてないのは無理もない。」



ほんとに一瞬で、おぼろげであるが、確かにある記憶だ。

そんなことができるなんて…信じられない。

「…なぜ、そんな力を得たんだ?」



「おそらく、この力を身に着けたのは、わしが長いこと黄泉の国で過ごしたためじゃろう。そこで魂の扱いに長けたためじゃと、そう考えておる。」


「この猫耳としっぽはこの世に生まれた時からついておったが、猫耳を消したり戻したりできるのも、この力のおかげじゃ。」


「…魂が肉体と密接に関係しとる、というのも納得がいく話じゃろう?」



一度、無から猫耳が出てくるのをみた主人公は、そうだと言わざるを得なかった。

「…肉体と、魂の関係は……分かった。でも、それでも……」


「なんで、魂から復活したましろが、そんな昔のことまで覚えていられるんだ?」


ましろがゆっくりと口を開く。


「わしの魂は、記憶も共にしておる。」





「…そんなの……だって、ありえない」


声が少しだけ荒くなる。

脳が記憶をつかさどる器官だと、学校でも、教科書でも、誰もが言っていた。

だからこそ、魂に記憶があるなんて——そんな非科学的な話、簡単には受け入れられるはずがない。


「記憶は頭にあるもんだろ?脳がなかったら、何も思い出せるわけ————」


自分で言いかけて、主人公は言葉を切った。

先ほどの、ましろの話。命果てるその瞬間を。



「考えてみるがよい。それでは、頭がなくなった時点で記憶は消えるのでは?わしが、儀式でどうなったかも覚えておらんはずじゃ。」


「それに、さきほどの、おぬしが言う"夢"で見た記憶はなぜのこっておるのか?」


「それは、————もっと深いところ、魂という"核"にも焼き付いておるのじゃと、そう考えておる。」



ましろの語りは落ち着いていて、穏やかだった。

けれど、主人公の心には、ざわりと波が立っていた。


信じたい。でも、信じきれない。

頭では否定しているのに、心がそれを押しとどめる。


————本当に、"魂"なんてものがあり、それが記憶を持つなんてことがあるのか?



受け止め切れず、悩む主人公を見たましろが鈍く動いた。



「…あまり見せたくなかったのじゃが…」

そういうと、首のチョーカーのようなものを外そうとする。


(服の一部を…?)


そんなことを思う矢先、その下から現れたものに言葉を失った。


「……!」


首元に、細く、淡く、だがはっきりとした痕跡。

それは皮膚に一文字を描くように、円を描いてぐるりと一周していた。


線はもう癒えている。血は滲んでいない。

けれど、それがただの傷ではないことは一目で分かった。

肌に走る、その異様な線は――まるで、何かがそこを確かに「断ち切った」証であるかのように、沈んで刻まれていた。


ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。

これは "証拠" だ。

ましろが語った、あの儀式の、あの結末の。


言葉を探す前に、喉が凍りつく。

これは夢でも、作り話でもない。彼女の首に刻まれた、動かぬ「真実」だった。



「…それ…まさか………」



「…わしが命を絶たれた時の、その"名残"じゃ。」


ましろの声は震えていなかった。

けれど、その目は少しだけ揺れていた。


「正直、これは…ずっと隠しておきたかった。」

「思い出すたびに…あの日の感覚が、胸の奥から蘇ってしまう…」


ゆっくりと、ましろがチョーカーを戻す。

まるで、過去を再び封じるように――――その痕跡を、静かに覆い隠した。


「…もし、死体にわしの魂が乗り移ったとするなら、首を切って、つなげる意味が分からん。」


「これは、魂が肉体として顕現した理由としてふさわしいじゃろう。」


「わしの魂が記憶を持っており、その記憶のせいで、この傷はできておる。そう考えるのが一番自然じゃろうて。」


(記憶は脳だと思ってた…それが当たり前だと思ってた…)

(でも…もし魂に記憶が刻まれてるなら…)

(…この子は…本当に "ましろ" のまま…なのか)


主人公の胸の内に、言いようのない感情が押し寄せた。


…では。なぜ、今。

ましろがこの力の話をして、魂の話をしているのか。

ましてや、自分の魂を引きはがして見せたのか。


主人公の疑念、それがふんわりとつながった。いや、つながってしまった。


「もしかして…ましろがこの力を教えてくれた理由は……」




「…そうじゃ。」


「悠…。これを言うのに、どれほど迷ったか…」

「だが…今なら、おぬしに頼めると思うた。」


「悠に、わしからの頼みじゃ。今生のお願いじゃ。」





「わしと、わしと一緒に、黄泉の国に行ってくれんか。」





「……決して、軽い道ではない。恐ろしい世界じゃ。」

「じゃが、それでも…おぬしの力を借りたい。」


「そして、不浄を完全に断ち切って世界を救い、わしの姉を助けてくれんか。」



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