第5章

第22話:理由

ましろに連れられて、もう一度神社をくぐった主人公。


「…」


今日確認した通り、やはり鳥居をくぐっても何も起こらない。

しかし、昨日の記憶がフラッシュバックし、体が一瞬こわばる。


(…もう逃げたりしない。今日は、ちゃんと話を聞く。そう決めたじゃないか。)


それに気づいたましろが優しく声をかける。


「悠。」


ましろがずっと握っていた手を放し、こちらに振り返る。


「よく、来てくれたの」


嬉しいような、安堵しているような表情。


それを見て、また罪悪感が込み上げてきた。


「…昨日は、本当に————」


「言うでない。おぬしは正しかった。何も間違っておらん。」

「もう一度来てくれただけでも、わしは本当にうれしく思っとる。」


「…」


「…ま、本題はここからなんじゃがの。中でゆっくり話そうではないか。」


…普段のましろだったら、ここで「食ってしまうぞ~!」なんて出そうだが、

ましろは真剣だ。


こっちじゃ、とましろが本殿の方へ向かう。


————ついにましろの『言えない』秘密を聞くときが来た。

でも、もう逃げない。そう、ましろに誓った。自分の決意を確かめ…る………


…なんか、聞こえる。


…木の階段のところでましろがごにょごにょ言っていた。


「…ん?これ、どうやって脱ぐんじゃ…?」

「…これ、紐じゃないのか…?」


「えぇ…」


思わず声が出た。


「わ、わしだって!こんな履物を着たくて着たのではない!」


…ん?ということは?


「え?誰かに着せてもらったの?」


「う……。ま、まあ、そうじゃ。そこもあとで話す…話すから、手伝うてくれんか…?」


あきらめて足を投げ出すましろ。


なんか…しまんないなぁ…


「俺もこんなブーツ触ったことないけどなぁ……」


どれどれ、と見てみる主人公。

………………

………………ん?

…これどこが外れるんだ……

正面から、横からとみるが、靴紐でかっちり止まっているようには見えない。


ふと目線が下がると、タイツの隙間から地肌が見える。

ましろの地肌は本当に白い。きれいな柔肌だ。


思わずドキッとするが、すぐに目をそらす。

…こんな時にタイツの先をたどろうとしていた、正直で愚かな自分に腹が立った。


なんとか隠されたファスナーを見つけて、靴を緩める。

それを見て、おぬしもまじないを使えるのか!?と驚いてた。

ほんと、いつか騙されそうだなこの子は…


ましろがブーツを持ったまま、縁側を通って側面へと回る。

主人公も真似して靴を脱ぎ、ましろについていく。

もう緊張感はどこかに行っていた。

…この様子なら何とかなるんじゃないか?


建物の横、ある程度進んだところで、ましろが止まり主人公の方を見る。


「おぬし、これを見て驚くなよ?」


ましろが、また軽いイタズラ顔になっている。

うん、なんとかなりそうだ。


そうすると、ましろが壁に手をかけ、横に引く。

開く壁。そして、その先には…


「…!」


部屋がそこにあった。

こじんまりとした、小さい隠し部屋。

中の装飾は控えめだが、かなりきれいな作りになっている。

箪笥のような小さい家具と、少し台になっているところに布団がおいてある。

こう言う構造の和室は見たことがなかった。

そして、壁上部の透かしからは光が差し込み、部屋を薄暗く照らしていた。


「え!?すご!!」


思わず声が出る。


「神社のなかってこんな感じだったんだ…!」


目をキラキラさせる主人公に、ましろがつっこむ。


「…いや、この神社だけが特別なだけだと思うんじゃが…。」

「え?あ…そうなの…」

「ほかのとこでこういうの見たことないもん」

「見たのか」

「うん…まあ…」


なんか…ほんとにしまんないなぁ…


もう心がほぐれすぎて体から出て行ってしまいそうだ。


「あれ…?」


部屋をのぞいたましろがつぶやく。


「どうした?」


「あ、いや。何でもないぞ。ささ、遠慮せず。」


ましろの言葉に甘えて、ましろの"家"にお邪魔する。

古い建物の匂いが混じっているが、女の子の部屋の匂いがする。

布団も丁寧にたたまれていて、ましろの几帳面さがうかがわれる。


「…ほんとに、神社が家だったんだ。」


まさか、そのままの意味の家だったとは…。


扉を閉めたましろが近づきながら言う。


「むふふ、そうじゃよ?この"家"に呼んだのはおぬしが初めてじゃ。」

「神社の中に入ったのも初めてだよ…」


なんもなくてすまんのう、と、ましろは地べたに手をやる。

主人公は地べたに胡坐をかいて座った。

久々の木の感触。どこか懐かしさを感じる。

ましろも正座をして、主人公に向いて座る。


「さて、では本題に入るのじゃが…」


(…ついに。)


「…」


主人公の心意気に反して、急に黙るましろ。


「あの…悠よ…」


「どうしたの?」


「座ってもらったところ申し訳ないのじゃが…1回、着替えてもええかの…?この服だと…落ち着かんくての…」


てへっ、という顔でましろがこちらを見ていた。


「……」





外はそよ風が吹いている。

木々の葉がさわさわと音を立て、注意すれば遠くから波の音もかすかに聞こえる。

布の擦れる音を聞かないように意識しながら、きれいな自然を眺める。


(……こんな穏やかな時間、久しぶりだな…。)


思い返してみれば、これが日常か。

昨日までが張り詰めていただけか。

けれど——その穏やかさに、どこか落ち着かなさも残る。


1人ぼんやり考え、今から始まる話の重さを思い返し、ふっと胸の奥が重くなる。


(スーッ…)


「…」


開いた扉の方を見ると、

ましろが隙間から顔をだしてこちらを見ている。


「…覗いてないじゃろうな。」

「見てないから…早く着替えて。」

「もう着替えたが。」

「なんだよ」


部屋に入ると、そこには和服姿の少女がいた。


ましろだ。

昨日はじめて出会った、あの時と同じ姿。

でも、今は違う重みがある。

あの耳も尻尾も、ただの可愛いコスプレではない。

いま、本当に "神様" と向き合おうとしているのかもしれない。

嫌でも緊張感が増した。


再び向かい合って座る2人。

ましろが軽く咳払いをし、簡単な口上を言った後、本題に入る。


「では、今からわしの秘密をすべておぬしに伝える。悠よ。よいな。」


「ああ。大丈夫だ。」


主人公が身構える。


「うむ。」


ましろが一度深呼吸をする。


「これから言うことは、信じられんような突飛な話じゃが…落ち着いて聞いてくれ。」

「それと…もしも、恐ろしくなったら……ちゃんと、言っておくれ。」


「……その時は…………」


少女の顔が曇る。


「大丈夫。ましろを信じるよ。」


それを励ますように、主人公が答える。

少女の顔が決意に満ちた。


「…ありがとう、悠。」


「では、話すぞ。」


主人公は背筋を伸ばし、息を静かに整える。

これから、ましろの『本当の姿』を知るのだ。

静かに耳を傾けた。





「これは、ずっと昔のことじゃ。おぬしらの暮らすこの町が、まだ小さかった頃の話——。」


「世は平穏な時代じゃった。おおきな戦いもなく、人々は静かに暮らせる、そんな世の中じゃった。」


「そこに、疫病が流行り、多くの人の命が失われた。が、その疫病には不審な点が多かった。」


「一部の血筋の人間のみが、次々と亡くなっていく。年齢や遠い近いに関係なく、ましてや触れてもいないのに罹るという奇妙な病。」



「人々は、徐々にそれを "呪い" や "祟り" と呼んだ。」



「そして、その "呪い" を鎮めるために必死になった者たちがいた。」




「わしはそのうちの1人。名を"アカネ"と言う。」




ましろの目がわずか揺らぐ。

自らのかつての名を口にすることに、ほんの少し戸惑いを感じたようだった。




「————そして、同時に、その呪いを止めるため、命を失った者の1人じゃ。」



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