第5話:約束
お金が、増えていた。
受け入れがたい真実が、主人公の手のひらの中で重く現実を突きつけてくる。
どう考えても説明がつかない。手品でも、詐欺でもない。
理解はできなかったが、自分の目で見てしまったものは覆らない。
ほかに少女がいろいろ言っていた気がするが、左から右へ筒抜けだった。
まだ足がふらつく。
2人分のジュースを選び、駄菓子屋のおばちゃんを起こした。
……増やしたのは紛れもなくあの少女だが、お礼の代わりとして、
少女の好きそうなお菓子も選びカゴに入れた。
「おばちゃん。これと、あとこれも」
増えた千円札を使って支払った。恐ろしいものを早く手放したかった。
おばちゃんはいつもの調子で会計を済ませ、軽い世間話をした。
おばちゃんには内心謝り、そそくさと店を出る。
外に出ると、光が一段と強くなっていた。
暑さがぶり返し、現実に引き戻される。
そして、契約の清算を行う。
「んー、楽しかったのう!」
少女は太陽の下で両手を広げ、まるで風を受ける猫のように背伸びした。
「おぬしも、得をして悪い気はせんかったじゃろ?」
「お、おう…」
さっきまでの超常現象に、まだ頭が追いついていない。
暑くて汗をかいているのか、それとも冷汗なのか、もうわからない。
伸び終えて、少女が続ける。
「人と遊ぶのは久しぶりじゃから楽しみじゃ!わしはな、こう見えてもほんとにうれしいんじゃよ?」
ふと、彼女の声のトーンが変わった。
少女の安堵した表情。
主人公は、胸がきゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
恐怖と、それ以外の感情。
「あー、そのことなんだけど…」
主人公に魔が差した。
気がつけば、口が勝手に動いていた。
「もし、もしもだけど、急な家の用事でこれなくなったりしたら…」
「え?えーっ!?そ、そんなの嫌じゃ!せっかく遊べそうじゃと思ったのに……また一人になるのは嫌じゃ!」
「でも君と連絡手段がないから…」
そういうと、少女は恨めしそうな、悲しい表情をした。
「そ、それじゃったらまた別の日でも…とにかく、わしはおぬしと遊びたいんじゃ!ただ、ただそれだけなんじゃ…」
目は潤み、耳は垂れ、鼻先が赤くなっている。今にも泣きそうだ。
先ほどは度肝を抜かれたが、
多分、この子の中身は普通の子供の女の子なんだ。
そう思い始めた。
だとしたら…これはさすがにずるいか。
ちゃんと約束もしたんだし。それに、悪い子ではなさそうだし。
「いや、もしも、の話!今日は何もないはずだから、すぐ行けると思う。」
「ほんとじゃの!?わし待っとるからの!?」
「ああ、約束する」
軽くなだめ、もう一度約束を交わす。
「じゃあ、ちゃんと十四時にここでな!」
「うん、待っといてな」
謎の少女との別れ際、彼女のために買ったジュースとお菓子を持ったままのことに気づく。
「あ、ごめん!これ!」
少女もうっかりに気づく。
「あ!そうじゃった!ありがとう!」
少女がパッと駆け寄り、結露したジュースとお菓子を彼女に渡す。
その時、主人公の手に少女の手が触れた。
————冷たい。
まるでさっきの風鈴の音そのままが流れてくるような——そんな感触だった。
(第1章 完)
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