『推し悪役に転生した俺は、世界を救ってみせる』

@ashitaharerukanaaaaa

第1話『推し悪役に転生した件について』

気がつくと、白い天蓋が見えていた。


ふかふかの布団、やわらかすぎる枕、あたたかい光に満ちた部屋――

それだけなら、夢だと笑って済ませたかもしれない。


だが、問題は俺の身体だった。


「う、あ……」


声が出ない。

いや、出るけど、それは赤ん坊の泣き声みたいな情けない音だった。


指を動かそうにも、腕が短すぎる。

体も軽すぎて、力が入らない。


見渡せば、顔のすぐ近くに大人の女性の顔があった。

俺を抱いている、20代半ばくらいの女性――白いエプロンを着た、メイドらしき彼女は、涙ぐんで俺を見つめていた。


「坊ちゃま……ほんとうに、無事で……」


そう言って彼女は、震える手で俺の額をなぞる。

そして、ぽつりと告げた。


「奥様が、命と引き換えにお産みになったのですよ。……お元気でいてくださって、本当に……」


その一言で、俺はすべてを理解した。


(――母親、死んだのか)


この赤ん坊は、生まれたばかり。

そして、母は難産で命を落とした。

だから彼女は泣いていたのだ。


命を失った母を想って。

それでも無事に生まれてきた赤子を見て、安堵して。


(けど……そんな感傷に浸ってる場合じゃない)


俺の中には、もう一つの記憶があった。


いや、記憶というより、前世の記憶。


そう――俺は今、転生している。



前世の俺は、どこにでもいる大学生だった。

成績はそこそこ。性格は内向的。

人の目や評価を気にしすぎて、人と深く関わるのが苦手だった。


友達はいたけど、どこか壁を作ってしまって、本音で付き合えたことはなかった。

だから、ひとりで本を読む時間が、何よりも好きだった。


中でも、あるファンタジー作品にハマっていた。


乙女ゲーム原作の小説――

『暁の花嫁と剣の勇者』。


貴族と平民の格差、魔法と剣、ステータスとスキル。

王道ファンタジーに、恋愛や学園要素も絡む長編シリーズ。


主人公は平民出身の少年カイル。

彼は学園に入学し、仲間たちと共に数々の困難を乗り越え、魔王を討伐する。

恋あり、友情あり、成長ありの王道ヒーロー譚だ。


――けど、俺の“推し”は別だった。


悪役貴族、レオン・マクシミリアン・ヴァルネス。


帝国の公爵家に生まれ、圧倒的な才能と美貌を持ちながら、

完璧すぎるがゆえに周囲から妬まれ、孤立し、

最後は勇者に「世界の敵」として討たれる――そんなキャラだ。


けど、彼は本当に悪だったのか?


彼の行動の根底には、「貴族としての責任」と「生まれ持った才能」への重圧があった。

歪んだように見えて、ただ必死だっただけだ。


誰からも理解されず、孤独の中で理想を貫こうとしていた。


そんな彼に、俺は自分を重ねていた。


人からどう見られるかばかり気にして、

本音を出せず、孤立していく感覚。

それでも期待に応えようとして、空回りする痛み。


俺は、レオンが誰よりも“人間らしい”と思っていた。


「報われてほしい」

「誰か、彼の味方でいてやってくれ」


そう思いながら読んでいた。


けれど――


なぜ俺が、そのレオン本人に転生してるんだよ!?



この体、間違いない。

貴族としての名を与えられ、黒髪の赤子として生まれたばかりの俺は、まさしく――


レオン・マクシミリアン・ヴァルネス。


前世で読みふけった推しの“最期”を知っている。

武闘祭で悪魔と契約し、暴走し、勇者に倒される。

それが、原作の結末だった。


今のままでは、俺はその道をたどることになる。


(けど、やり直せるんだ)


俺は赤ん坊として転生した。

まだ何も失っていない。

誰にも嫌われていない。

間違えてもいない。


だったら――

今度こそ、推しを救ってやる。


いや、もう“推し”なんかじゃない。

この人生は俺のものだ。

レオンの名を背負って、俺は俺の道を選ぶ。


「……やってやろうじゃないか」


声にはならない。

けれど、心の中ではっきりとそう誓った。


これは、誰かが書いた“物語”じゃない。

俺が生きて選び取る、“現実”なんだ。

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