4話 昼飯。よく食べる子は育つ
あの後、一通り家の案内を済ませた。とはいえ大した大きさじゃないからそこまで時間かかんなかったけど。
リビングにキッチン、風呂場と洗面台とトイレ、あと俺がいつも寝てる部屋。
そんくらいなものだから、『ここにこれがあるよー』って適当に教えただけ。
その間もキョロキョロ辺りを見回してるもんだから、多分あれは結衣ちゃんの癖なんだろうと俺は結論付け、下手に突っつくのも気にするのもやめることにした。
結衣ちゃんは俺が寝てる部屋に通された時に、あんまり俺の生活感があっても嫌かなぁと思って服とかリビングの隅っこに移しておいたのが気になったのか、聞いていたけど、
『今日から一か月、ここ自分の部屋にしていいから』
って言ったら目を見開いた後半目で睨まれた。さすがにやり過ぎだったのだろうか。
でも実際、俺だってあの部屋そんなに使ってないんだから惜しくもない。あそこなんてもう寝るときに入る部屋だ。
デスクはあるけど正直勉強する時にだけ使う感じだし、夏休み中な今、そこまで熱心に勉学に励むやる気もない。
ゲームはリビングにあるテレビでやるからあの部屋には置いてないし。
総じてあそこを俺が占拠する理由が皆無。
それなら女の子だし、あんまり仲良くもない(仲良くなりたくもないらしい)やつと離れられるスペースを確保する方が先決だろう。そこまで考えてなかったんだけど、やっぱりこうしておいてよかったな! ちょっと泣きそう! っていうか今後が不安!
まあ、とりあえず俺が変なことを考えてるわけじゃなく、善意でお譲りしたのを分かってくれたのか、突っぱねることなく了承した結衣ちゃんは、引いてきたキャリーケースの中身を整理すると言って部屋に引っ込んだ。
目論見通りになったので、俺は内心ちょっとはしゃいだ。決して泣いてないぞ。
で、することもないので俺はいつも通り何の面白味もないニュース番組を垂れ流すところから一日を改めてスタートさせた。
エアコンの効いた部屋で怠惰を貪るの最高に気持ちいい。オレンジジュースうんめぇ。
変わらん顔触れの人たちが昨日のニュースについて語ったり、スポーツ特集のコーナーになったり、天気予報したりと、本当に日常って感じだ。ちょっと違うのは、家の中で俺以外の人がいるってこと。
別にこれまで友人を家に招いたことだってあるはずなのに、今こうしてちょっと不思議な感覚なのは、結衣ちゃんに俺と仲良くしようとする意志がないことを面と向かって言われたからなのか、それとも兄貴の娘だからなのか。……考えるまでもないな兄貴のせいだ。
脳裏に兄貴の顔がちらついたので頭を振って振り払い、俺はスマホも弄りつつニュースを垂れ流し時間を潰す。
だいたい一時間くらいして、ニュース番組が終わったタイミングで結衣ちゃんがリビングに戻ってきた。
特に何を言うでもなくカーペットを敷いた床に座ったので、俺はクッションを渡した。占領しててもアレだし。本当はソファ譲りたいんだけど、あんまり甘やかし過ぎても良くないのかなぁ、とか考えたりする。
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀した結衣ちゃん。
そこで丁度次のものに切り替わり、垂れ流すにしたってもっとマシなのがある感じの番組に。
ダラダラするには不適切だ。
「結衣ちゃん、何か見たいのある?」
俺はそう言ってチャンネルを操作し、加入しているサブスクを起動させる。
そして、ほれほれとアニメとかドラマとか適当に見せびらかした。
俺が小学生の時はとりあえず外で遊ぶをメインに据え、たまに友達の家でゲームするとかしていたが、結衣ちゃんもそうかと言われれば違う気もするし、そもそも兄貴の家は隣町だから友達と遊ぶにしても小学生には致命的な距離だ。
その上、俺とかいう知らんやつもいる。
何とも歪な状況だが、だからこそせめて退屈はあんまりさせないように色々試すべき立場に俺はいるんじゃなかろうかと、そう思う。
いや決して、後で兄貴からの雷が怖いとかいうわけではなく。
「…………」
俺に問いかけられた結衣ちゃんは、少し考える素振りを見せる。
ぬいぐるみを抱きかかえたまま、視線を右往左往させていた。
そして、
「チャンネル、借りてもいいですか?」
手を伸ばしてきたので俺は素直にチャンネルを渡す。
すると、さすが現代っ子と言いたくなるほどスムーズにチャンネルを操作し、お目当てらしきものを探り当てて再生ボタンを押した。
クッションに背中を預け、ぬいぐるみを抱きしめて鑑賞に興じる構えだ。
とりあえずは成功……かな?
疑問形なのには理由がある。
だって結衣ちゃんが流し始めたの、思いっきり昼ドラなんだもん。
小学生が好んで見るにしてはギスギスし過ぎてないかい?
あれか? 最近の若い子は略奪愛とかそういうのに興味があるのか? おじさんには分からん世界が広がってる気がする……。
最近の小学生事情に若干慄きながらも、俺はその昼ドラをつられて見る形で時間を潰すこととなった。
まあ、何というか……あんまり昼ドラって昼に見るもんじゃないのかもなぁ、って。
ちょっと、物理的じゃない意味でお腹がいっぱいっていうか。
まだ一話しか見てないけど、結構序盤からクライマックスなんだよなこの作品。
途中、結衣ちゃんをちらっと見てみたけど、何でもないような顔で見てる感じだった。
机に置きっぱなしだったオレンジジュースをたまに手に取って、ちびちび飲む余裕まである。俺はあまりの作中のギスギス具合に喉カラカラだよ。
こういうのって、むしろ子供の方が平気で見れたりするんだろうか。一度も恋愛したことない俺だが、それでもこんなにダメージがあったというのに。
そんな居た堪れなさに視線をテレビから逸らし、スマホに目をやると丁度お昼時だ。
昼ドラも一話が終わってエンドロールに入っていた。あ、今次回予告。
よし、空気に耐えられなくなったわけじゃないが、そろそろお腹も空いてきたな!
「そろそろお昼にするか。結衣ちゃん、何か食べたいものある?」
俺が言い終える少し前に一話が完全に終わり、二話への再生ボタンが表示される中、特に次へ行こうとする素振りを見せない結衣ちゃんは、立ち上がった俺へ振り返り、また少し考えるように視線を彷徨わせた。
そして、呟くような声量で注文を告げた。
「冷やし中華、食べたいです」
「おっけ、任せろ」
注文によっては買いに行かないといけないかもしれないと思っていたが、冷やし中華ならこの前に素とか麺とか買ったから大丈夫そうだ。
それに、トッピングも今なら潤沢だ。
「玉子、ゆで卵、キュウリ、トマト。嫌いなものある?」
「ないです。全部乗せてもらってもいいですか?」
「お、偉い。了解。タレは醤油とゴマがあるけど」
「……醤油がいいです」
俺は結衣ちゃんのその言葉に頷いてキッチンに立つ。
冷やし中華だしそんな手間もない。ちゃっちゃと作ってしまおう。
麺と卵を茹でてる間に野菜を切り、ついでに卵を焼く。まあ、多少ボロボロになるのは許してほしい。別に俺、料理すごい上手いわけじゃないし。
ふと視線をリビングに向けると、結衣ちゃんは昼ドラの二話を再生するわけでもなく、ぬいぐるみを抱きしめてじっとしていた。
とりあえず見てみたはいいが、どうやら二話へ続くほど面白くはなかったらしい。そりゃ小学生にあの内容は重いわな。
話した感じとかは大人っぽい印象だけど、こうして静かに座ってるところとかを見ると、昔からの大人しいイメージそのままだな。
男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うけど、子供がそう簡単に変わるわけもないか。女の子だしな。知ってる面影があってちょっと安心。
まあ、ただ。
物憂げな感じがするのは、気になるっちゃ気になるかなぁ。学校で何かあったりしたんだろうか。あの兄貴や佳乃さんが下手な教育するわけないし、したとしてももっと明るい感じになっていそうだ。
それとも婆さんたちが……いや、それこそないか。子供に意地悪するほど性格悪くないのは俺が一番知ってる。
「放っておけない感はあるけど……今じゃないかなぁ」
沸騰するお湯の音を聞きながら、俺は結衣ちゃんに聞こえない声量で呟いた。
まだ会って数時間も経ってないわけで、大して話したこともない叔父さんに心開いてくれるほど小学生はチョロくもないだろ。
まあ、そこら辺はゆっくりやっていこうかな。
結衣ちゃんを俺のところに預けたのも、兄貴なりに何か思惑がありそうだし。折角なら乗ってみるとしようかな、癪だけど。
俺はそこで思考を中断し、盛り付けに取り掛かった。
自分の分は普通の量で、結衣ちゃんの分は小学一年生女子ということも加味して少なめに。食べられそうならおかわりしてくれって感じ。
「お待たせ。食べるか」
「ありがとうございます。いただきます」
「いただきます」
冷やし中華は普通に美味しかった。
結衣ちゃんは俺の想像を超えてめっちゃ食った。二回おかわりしてた。ちょっと恥ずかしそうだったので、俺もおかわりした。
お腹苦しい。
でも、こういうところで子供っぽさが出るのは悪いことじゃないのかなとは思った俺だった。
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