第1章 第19話 定食屋マルダイ その1
舞についていくのだが、急用が出来てしまった。
「悪い。移動する前に、花を摘ませてくれ」
「その言い方は、普通女子がするのでは?」
俺の言葉に、結希がツッコミを入れる。
そして緊急事態であったことが分かり、顔が青ざめた。
「あいつ」が言っていた「寝たら死ぬぞ」というのは、大げさではなかった。
あの時気を失っていたら、最悪漏らしてしまっていたことになる。
黒歴史どころではない、社会的な致命傷だ。
「もちろん、そうしてちょうだい。相当危なかったようね」
俺は、すぐさま駆け込むことにした。
さて、スッキリしたところで行動開始。
ついていくと、そこにはマイクロバスが止まっていた。
乗り込むと車内には、学校に来る時のメンバー全員が揃っていた。
今回は、めあも椅子に座っている。
運転手は相変わらず、守のようだ。
「予約しているお店があるの。多分みんな、満足してくれると思うわよ」
そうして俺たちは、昼食をとるために出発した。
比較的短時間で、目的地に到着する。
定食屋マルダイ。
「あいつ」の情報では、シズオカの中心街にある店だという。
恐らくフジ市の発展により、こちらに支店が設けられたのだろう。
お酒も取り扱っているようで、食事もできる居酒屋という雰囲気だ。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「予約をしていた、藤花と申します。9名でお願いします」
元気な店員に迎えられ、俺たちは奥座敷に向かうことになった。
「メニューはこちらに置いておきますが、注文はQRコードからお願いします」
「分かりました。今日は私のおごりだから、遠慮なく注文してちょうだい」
メニューを見ると、美味しそうなものがいくつも並んでいた。
和洋中、すべてそろっている。
定食はご飯の量を選ぶことができるようで、一番大きな300円追加のものは……。
「この、チョモランマって何?! マンガの中でしか、見た事がないよ!」
「凄いな。こういう盛り付けをする時点で、一定の技量を要すると思うぞ」
文字通り、山のように盛られたご飯の上に、旗が立っている。
少しだけお子様ランチっぽい雰囲気だが、あまりにも凶悪な量だ。
もっとも今の俺たちにとっては、食欲をそそられるだけに過ぎない。
「あたし、特盛唐揚げ定食! チョモランマで!」
「俺は洋食セットを、チョモランマ」
「にゃ。鬼盛り野菜炒め定食の、チョモランマにゃ!」
みかんの注文した野菜炒めは、使用している野菜の量が1キロと記されている。
店内の張り紙に、完食者ゼロと表示された組み合わせなのだが、大丈夫なのだろうか?
「僕は松花堂弁当。ご飯はもっこり……うう、少し恥ずかしいかも」
「私は和食セット。ご飯は大盛りで願います」
こちらは、多少控えめな注文であった。
なお、大盛りとチョモランマの間にあるのがもっこりである。
「日替わり定食。ご飯は普通で構いません」
「奏、遠慮はしなくていいのよ?」
「大丈夫です。普段から、このくらいですから」
そして、一名普通サイズを注文している。
ダイエット中ということは、無いと思うのだが。
「めあは、オムライスが良いの!」
「めあちゃん、ここの料理は量が多いけれども、食べきれる?」
「食べきれなかったら、みかんがもらうから心配無用にゃ!」
恐ろしい会話が聞こえてきた。
800gのご飯、1キロの野菜を前にしてなお、残ったものを狙っているというのだから。
「私は、海鮮丼にしておく。守は?」
「和食セット。大盛りで頼む」
食べる者が決まり、舞がスマホで注文を行った。
なお、全員食べ放題のソフトクリームを追加していたことを、加えておく。
「しかし、意外だな。どちらかと言えば、大衆向けの店のようだが」
「あら? そうかしら。でも個室があるし、結構便利よ」
さらりと舞が答える。
そして、俺はこっそり付け加えた。
「方法はともかく、感謝している。方法はともかく、だがな」
「大事なことだから、二回言ったというやつね。受け取ったわよ」
舞があの動画を流したことで、俺に対する悪感情がかなり解消されたようだ。
だが、ピンポイントで俺の動画でなくとも、いくらでも似たような例はあったはず。
そのあたりの意味合いも、しっかり伝わっているようであった。
「久郎、だいじょうぶなの? その腕で、食事はできる?」
めあが、こちらに尋ねてきた。
「正直、動かすのが辛い。あれだけの怪我だったのだから、当然だが」
回復魔法をかけてもらったとはいえ、漣も万全な状況ではなかった。
正直、今でもじくじくとした痛みが続いている。
「じゃあ、治すの。『Re-write いたいのいたいの、とんでけ』!」
そして、信じられないようなことが起きた。
腕の部分が、急速に描き替えられる感覚を覚える。
それが終わった後には、傷一つない腕が存在していた。
「「ええ~~!!!!」」
全員、驚きの声を隠すことができない。
「どうかなさいましたか? お客様」
「あ、何でもないの。ちょっと驚くようなことが分かっただけ、だから」
確かに、舞の告げた言葉は嘘ではない。
だが、真実にはほど遠いものであった。
こんなに簡単に、大けがを治すことができるのであれば、治療師の資格など設ける必要は無い。
それこそ「奇跡」を起こしたとしか、言いようがないレベルの出来事だ。
あまりの事態に、声を出すこともできない俺たち。
沈黙は、料理が運ばれてくるまで続いていた。
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