第1章 ヒーロー試験

第1章 第1話 20XX 3月7日 試験日の朝

 そして迎えた、ヒーロー試験の当日。


 雲一つない空模様で、絶好のコンディションであろう。


 昨日ほぐしてもらったことで、体調も絶好調だ。




 部屋を出て、キッチンに向かう。


 母が朝食の準備をしていたため、声をかけた。




「おはよう、母さん。絶好の試験日和だね」


「おはよう、久郎。気合が入るメニューにしたから、期待してちょうだい」




 気合が入るメニュー……少し、嫌な予感がする。


 確かに今日は実技試験だが、胃もたれするのは好ましくない。




「おはよう……ふわぁ。ねむ……」




 そこに、結希も加わった。


 少し寝不足気味のようだが、試験に支障が出るほどでは無さそうだ。


 ふわふわの髪がさらりと流れ、可愛らしさ、そして少し色っぽさを感じる。


 油断すると、男ということを忘れさせられかねない。




「お待たせ~! 今朝は、ハムカツサンドよ~!」




 うわあ。


 昨日の夕食に加えて、今日もカツ。


 嫌な予感が、見事に当たることとなった。




 とはいえ、ニコニコしている母に文句を言うつもりは、微塵もない。


 恐らく、結希が直前まで縁起を担ごうとした結果であろう。


 幸い大量ではないため、何とか食べ終えることができた。




 ちなみに父は、早めに家を出たようである。


 昨日も持ち帰りで仕事をしていたので、少し不安と不満がある。


 ホワイトな職場を維持するのなら、リーダーが決まりを守らないと、示しがつかないと思うのだが。




 しっかりと支度して、二人で家を出る。


 吹く風に肌寒さを感じ、俺は少し身を震わせた。


 そこに結希が、語り掛けてくる。




「いよいよ、今日だね。調子はどう?」


「体調自体は悪くないのだが……結希、コンビニで飲み物を買わないか?」




 正直、口の中の脂っこさが気になっている。


 緑茶などで、洗い流したい気分だ。




「うん。分かった。じゃあ、あそこにしよう」




 俺たちは通学路にあるコンビニで、飲み物を調達した。


 結希はウーロン茶、そして俺は……。




「久郎、何それ? 野菜ジュース?」


「新商品の文字に負けた。最悪、学校の水道で水を飲むつもりだ」




 どうにも俺は、新商品とか、期間限定という文字に弱い。


 それは「あいつ」も同じようで、苦笑いしている姿が浮かんだ。




 飲んでみると……これは、凄まじい。


 野菜の苦みに加えて、チーズの味が口の中に広がる。


 二度と買わないというより、このまま流して捨てたくなる代物であった。


 気合を入れて飲み切り、自販機の回収箱に入れる。




「なんで、分かっている地雷を踏みに行くのかな? ……はい、これ」




 結希が、飲みかけのウーロン茶を渡してくれた。


 口をすすいで、何とか事なきを得る。




「うぅ、このシリーズの別の商品は、なかなかの味だったから、つい」




 なお「あいつ」のいる世界では、このシリーズは終売になっているらしい。


 売れ行きの良い一種類だけが、夏の風物詩として残されているとのことであった。


 結希にボトルを返して、ふと気づく。




「ワックスが足りなかったか? 髪が少し、ふんわりしているぞ」


「うん。ほとんど残っていないのを、忘れていた。仕方ないと割り切るよ」




 俺たちは既に、訓練服を着用している。


 その上にコートを羽織っているのだが、風にあおられ、結希の髪が少し乱れていた。




 普段の結希は、髪を逆立てることで男らしく見えるよう、工夫している。


 ゲーム内のアバターほどではないものの、それなりに男性らしく見えることも多い。


 だが、今は髪が風に流されており、性別を問われたら回答に苦しむだろう。




「戦う前に、色仕掛けをしてみたらどうだ……って、いきなり肘かよ!」




 鋭い攻撃が、俺を襲う。


 身をひねってかわしたが、更に膝蹴りで追撃してきた。


 間一髪、後ろに飛ぶことで回避する。




「ふう……周りに人がいなくて良かった。避けきれなくなるところだったぞ」


「だったら、甘んじて受け入れていれば?」




 さすがにそれは、遠慮したい。


 あの鋭さでは確実に、リバースしたであろう。


 汚い虹は、勘弁願いたい。




「それはさておき、この辺りもずいぶん変わったね」


「ああ。良くも悪くも、という感じだな」




 シズオカの発展とともに、フジ市も大きく発展した。


 建設ラッシュ、道路の新設や整備などが急ピッチで進められ、かなりの賑わいを見せている。


 俺たちが住む郊外であってもなお、アパートやマンションなどの新設が相次いでいるようだ。


「あいつ」の脳裏にある、寂れた街並みとはかけ離れている。




 ちなみに、もっとも大きな違いは「電信柱が存在しないこと」だろう。


 バグとの戦闘、及びヒーローが機体で駆け付ける際の障害となるため、それらはすべて地下に埋設されることとなった。


 ただし現在位置の確認のため、看板など上部に設置される形で地名表記はなされている。




 街並みに気をとられていたところで、スマートフォンの警報音が鳴り響く。


 これは、バグの緊急警報だ!




「バグ発生! 出動要請だ!」


「場所は……ヨネノミヤ公園?! すぐ近くだよ!」




 幸か不幸か、これから向かう試験会場の途中にある。


 更にデータを確認すると、バグの発生地点に避難装置「コクーン」、及びヒーローの反応がすべて一つずつ確認された。


 これは、極めてまずい状況であろう。




「すぐに向かうよ、久郎!」




 結希は即断し、走り出した。


 だが、俺は引き止める。




「結希、試験はどうするのだ?! 最悪、間に合わなくなるぞ!」


「それでもいい! 人を助ける方が、圧倒的に大事なことだから!」


「分かった。だったら、機体を呼び出せ。その方が早い!」




 返事をする時間も惜しい、と判断したのだろう。


 結希が機体を呼び出し、実体化と共に走り出す。


 俺も機体を呼び出して、並走することになった。




 たった一人で、バグと対峙するヒーロー。


 しかもバグから、コクーンをかばいながらの戦い。


 何とか、俺たちがたどり着くまで持ちこたえてくれれば良いのだが。


 直線ではブースターも使い、俺たちは現場に急行した。

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