序章 第6話 ブレイブ&ウィッシュ

 午後1時50分になったため、俺はヘッドセットを着用することにした。




 パソコン不要、かつ超高性能のデバイス「ブレインウェーブ」。


 その名の通り、脳に干渉して「その世界に入ったような」体験ができるのだ。




 インフィニティ社が開発したこのデバイスは、爆発的にヒットした。


 元々は、機体の脳波による制御用システムを流用したものらしい。


 しかし今では、娯楽用として独自の進化を遂げている。




 俺たちがプレイするのは、「ブレイブ&ウィッシュ」というゲーム。


 サイバーパンクなど様々なゲームがあるが、一番人気はこれ。


 VRMMOといえばやはり、ファンタジーであろう。




 <セットアップ……ログイン>




 システムメッセージは、いくつかのパターンから選ぶことができる。


 俺の場合もっともシンプルな、処理を機械音声で伝えるタイプだ。


 サイバーパンク系で愛用されているようだが、スッキリしているのでこちらでも流用している。




 俺たちの拠点の喫茶店に、アバターが降り立つ。


 俺のアバターは、実年齢よりも少しだけ年上にして、顔などはほぼそのままにしている。


 こちらの世界ではいつもと異なり、白いロングコートを愛用している。


 キャラクター名は「カササギ」だ。




 ほぼ同じタイミングで、結希もログインしてきた。


 顔立ちなどはほぼ同じなのだが、髪型に尖ったところがあるため、男の子っぽさが出ている。


 背中には大型の剣を背負っており、いかにも「剣士」らしい格好だ。


「あいつ」いわく、某RPGの雲を名前に持つキャラクター、にも似ているらしい。


 キャラクター名は「クラージュ」。




 俺も結希も、自分の名前をベースに、少しひねった形でつけてみた。


 このくらい変わっていれば、元の名前を割り出すことはできないだろう。




「やっぱり5分前。カササギらしいね」




 喫茶店の中には、既にメンバーの一人がログインしていた。


 ドワーフの女性で、ウォーハンマーを装備している。


 スケイルアーマーを装備した、重戦士だ。


 茶色の目と髪が特徴で、少し眠そうな表情をしていることが多い。




 彼女のキャラクター名は「ニカ」。


 戦闘でも頼りになるが、クラフトもかなりの腕前である。




「だね。カササギは普段から、時間にこだわるから」




 クラージュ(結希)が言うように、俺は時間厳守が当たり前だと考えている。


 ゲームならまだしも、普段は5分前行動が基本だ。




「相手を待たせないのは、基本だろう?」




 俺の返しに対して、ニカがため息をつく。




「その基本を守らない人、多いから。納期がギリギリになるのは、その積み重ねだと思う」




 その発言に、少し違和感を覚えた。


 以前ニカは、自分のことを引きこもりのゲーマーだと言っていたような気がするのだが。




 それを口にする直前に、光の柱が現れた。


 ログインする時に、基本的にこのようなエフェクトが発生する。




「にゃあ、少し遅れたかにゃ?」




 午後2時ギリギリくらいに、最後のメンバーがログインした。


 猫耳で、髪や外套、目を含めて黒で統一されている。


 スカウトという役割で、闇に紛れることを考えれば、妥当な装備であろう。




 キャラクター名は「マオ」。


 ネコミミキャラのお約束として、言葉に「にゃ」をつけているようだ。




「今日はあんまり、ガツガツしないことにするにゃ。明日に備えてまったりするにゃ」


「明日? 奇遇だな。俺もそのつもりでいたのだが」


「うん。僕も」




 今日は、探索などは行わず、ゆっくり過ごすようである。


 ログインボーナスは既に得ているため、試験に備えて雑談だけ、が吉だろう。




「なんと……4人中、3人がヒーロー見習いだったのか。私だけ仲間外れ」




 ニカが少しすねたような表情を見せる。


 一般入試とは時期がずれていること、他に大きなイベントはないことから、容易に分かったようだ。


 なお、彼女は今までのプレイスタイルから、少し年上ではないかと思っている。


 もっとも、それで敬称をつけるような間柄ではないが。




「とりあえず、以前依頼されていた銃の調整は終わっているから。はい、これ」




 ニカが俺に、銃を手渡す。


 ファンタジー系の作品であるが、武器の種別には「銃」という項目が存在している。


 俺のキャラクターは「魔銃使い」というジョブで、銃に魔法を込めて遠距離攻撃を行う、支援型の職業だ。


 高レベルで覚えるスキルが少ないため、やや不遇職扱いされている。


 しかし俺にとっては、普段使っている武器をそのまま使えるというメリットが大きい。




「正式なヒーローになると、なかなかプレイできなくなるかも? それでも続ける?」




 少し不安げに、ニカが俺たちに問いかける。


 実際、ヒーローになったことでゲームを引退する者も、一定数存在しているのは事実だ。




「俺は、辞めるつもりはないな。こちらで出来る動きが、現実で役立つことも多いし」


「僕も同感。それに、こちらだとちゃんと「男の子」扱いしてもらえるし」




 俺たちは、プレイを続ける動機がある。


 自然三人の視線は、残るマオに向けられた。




「辞めるつもりは、全くないにゃ。プライベートを犠牲にしてまで、任務をやる気はないにゃ」




 ある意味、マオらしい答えが返ってきた。


 ホッとする俺たち。


 今日が最後の集まりということにならなくて、安心した。




 その後も、色々な話をする。


 好きな音楽のこと、中学生時代のこと、近所の美味しい料理店のことなど。


 話の中で分かったことであるが、マオは今までトウキョウにいて、今回の試験を機にシズオカに移住するようだ。


 トウキョウともそん色のないこちらの、発展ぶりに驚いているようである。




「こっちはいいにゃ。向こうは息が詰まりそうで、きついにゃ」


「大会で行った時も、うつむいている人、笑顔を顔に貼り付けている人が目立ったな。更に状況は悪化しているということか……」


「まあ、大抵のものはこちらにもあるからね。嫌な思いをして行く必要は、僕は無いと思う」


「それに宅配も充実しているから、引きこもりでも過ごしやすいのは事実」




 やっぱりニカは、引きこもりのようだ。


 ……もしかしたら、個人製作などをやっているのかもしれない。


 それならば、納期に追われるというのも納得できる。




「およ、こんな時間かにゃ。今日はログアウトして、明日会おうにゃ!」




 マオの言葉で気づいたが、ログインしてから3時間くらい過ぎていた。


 楽しい時間は、あっという間に終わってしまう。




「了解! 僕たちも、頑張るから!」


「ああ。試験会場で合おう」




 俺たちも、ログアウトすることにした。




「行ってらっしゃい。こっちはもう少し、アイテムを作ってからにするから」




 ニカが手を振るのを眺めながら、俺たちは現実世界に戻っていく。




 <ログアウト>




 シンプルな機械音とともに、意識が覚醒した。

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