第12話

水城さんが質問をした。千夏と奥村さんも気になるのか、同じことを尋ねる。


「三人の死体は見つかっていないの。私も見つけられなかった。でも、そこの二人……ショートの子と、茶髪の子は、もう失踪宣告がなされているはず」

 

三雲さんの言うことを、私は慎重に伝えた。二人の表情は次第に硬くなっていった。最上さんはなにも言わなかった。


「もう、終わりにしましょう」

 

三雲さんが言う。私はそれを自分の気持ちも混ぜて、そのまま言った。


「どのように終わればいいの」 

 

水城さんが、細い声で呟く。目には涙が浮かんでいた。


「対霊用の銃でさっき一人撃ったけど、一回で浄化できるものじゃない。今私が撃った最後の一人が帰ってくるのを待って、この山に、この大学に火を放つ。火がまわる前に、あなた達をこの場で一人ずつ、浄霊させる」

 

火を放つことには二つの目的があった。


ひとつは、バトルを封じること。もうひとつは、燃やすことによってこの山を丸ごと消滅させるというものだ。


神を人間の手で殺すことになる。そうしなければ、いつまでもこの輪の中から抜け出すことができない。 


「でも、火をつければあんたが巻きこまれて死ぬんじゃないんですか」

 

それまで黙っていた寺尾さんが三雲さんに話しかける。すると三雲さんは笑った。


「浄霊師という仕事は、いつだって命がけなの。終わるころには、きっと雨が降って炎をおさめてくれるはず。だから私は大丈夫よ」

 

確証のないことだった。もしかしたら三雲さんも死んでしまうかもしれない。それでも、私たちのために動いてくれるのだ。


「やっと楽になれるんですね。やっと……」


最上さんの声に、若干の希望が垣間見ることができた。


「俺達は自ら死ぬことを選んだ。記憶も実感もないけど、割り切らなきゃだめなんだ。成仏することがきっと今、俺達に課せられた責任だと思う」

 

誰かに怒声を浴びせてばかりいた大庭君が珍しくまともなことを言ったので、みんな意外そうな顔をして、それから笑声が漏れる。


ずっと張り詰めていた空気が、束の間緩んだような気がする。


「ほんと、死んだのに殺し合うなんてバッカみたい」

 

千夏も言い捨てる。


「じゃあさっさと始めてもいい? 私はしばらく外すけど、みんなここにいてちょうだい」


灯油を撒きに行くと言う。私はその言葉を伝える。みんなは頷いただけで、誰も、なにも言わなかった。緩んだ空気の中に、悲しみと苦しみと、恐れが漂っている。 


きっと今、言葉にしなくてもみんな同じ気持ちでいるのだろう。


三雲さんは講義室を出ていく。


「ドアが勝手に開いて、勝手に閉まった……」


 

水城さんが独りごちる。みんなの目にはそのように映っているらしかった。


 

することもなく、私たちは椅子に座り談話を楽しむことにした。


水城さんや奥村さんが、2005年以降がどういう時代であったかを訊いてきたので、首相が代わり、科学技術も大分進んでいることを話した。


携帯の次世代を担うものとしてスマートフォンやiPadなどが登場したことを説明すると、みんなは興味深そうに話を聞いていた。


すると、寺尾さんや最上さんは、それに対抗するように七十年代頃の昔話を始める。


大庭君も、体育大学へ通っていた頃にいた面白い同僚のことなどを語り、球技で賞を貰ったことを自慢していた。

 

会話は弾んだ。これから本当の死が訪れる。そのことについては誰も触れない。


自分たちが時代と共にちゃんと生きてきたことを証明するかのように、私たちは、長い間、静かに語りあった。

 

最初からこんな話ができていればどれだけよかったか。きっと、この穏やかな時間は、最初で最後だ。

 

不意に、講義室の扉が音を立てて開いた。楠君だった。


「僕を殺した奴は誰だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る