第8話
再び徒歩で寮へ向かう。疲れは感じなかった。
決着をつけなければ。私は行くべきところへ行かなければ。
青い空を眺めながら、これまでの人生を思い返していた。
愛されて育ったのに、子供の頃から希望というものを感じられないままに成長してしまった。
荒れた学校、歪んだクラスメイト、殺伐とした社会。そうした環境が要因だったのか、それとも、生まれつきポジティブな感情を持ち合わせていなかったのか、わからない。
周囲はいつも、淀んだ空気に支配されていた。多分私は最終的に死というものに希望を持ったのだろう。
この輪の中に入ってからは、常に絶望を感じていた。ということは、やはり希望というものを知っていたのかもしれない。
やっと光というものが見えた。新しい人生を始められることに希望を感じている。
寮に戻ると、水城さんと奥村さんが軽食を作って部屋に遊びに来ていた。二人は座椅子に千夏と向かい合う状態で座っている。
流石に部屋の中に四人もいると、窮屈に感じられた。
「最後は森山に殺されたの?」
水城さんが訊ねる。
「ええ……教授はいなくなった。それは知ってる」
「バトルが始まる前にいつも寺尾さんが報告してくれるでしょ? 今日はね、大庭君が寺尾さんに珍しく難癖つけなかったのよ。楠君との喧嘩もなかったの。よほどショックを受けたみたい。でも、あの時間は平和だった……最終的に森山が狂いだしたけど」
水城さんは嬉しそうに語る。
大庭君が難癖をつけなかった。それは白尾夫婦のおかげだと捉えていいのだろう。
少しの変化だけれど、水城さんの喜ぶ顔を見ているうちに、私も少しだけ楽になれた気がした。
みんなはこれまで、榊原教授や白尾さんたちがいなくなった件について、どういうことかと話し合っていたらしい。
私は用意された軽食を食べ、千夏の隣に座ると、静かに訊ねた。
「ねえ、みんなは生きたいって思う」
「当たり前じゃない。一体なにを言い出すのよ」
すぐに返事をしたのは、千夏だった。水城さんと奥村さんも頷いた。私は質問を重ねる。
「この輪の中から出たい?」
「それはそうよ。いい加減、帰れるものなら帰りたい。でもどこかで諦めてる部分もある。感覚がどんどん麻痺して……抜け出す手段も方法もどうでもよくなって、一生このままでもいいかなんて思ってる」
そう言ったのは水城さんだ。
「一生って、私たちは老化して死ねるの?」
奥村さんの問いに千夏と水城さんは黙り込んだ。
ここにいる三人もまた、現実の世界でなにか苦しいことがあって自殺したのだ。
そしてその記憶を完全に奪われている。
殺されそうになるたび叫んだりパニックになったりするのは、本当は死にたくなかったという思いのあらわれではないだろうか。
生きたいのだ。本当は。生きていられるなら、生きたかったのだ。
皆に事実を告げるのには、勇気がいることだった。
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