第17話やっぱりあったか表意文字

「こちらがお部屋になります。食事は朝、昼、夜と食べられますので、先ほどの食堂に来ていただければなとは思います。……一応は技師ですが、あの感じでは使用人と同等のものしか手に入らないと思っていただければ」


「あの、給金はどうなるんでしょうか?」


「それは心配なさらずとも、技師のお給金を支払う事になります。ですが、待遇は使用人と同等だと思っていただければ」


「解りました。ここで生活をさせてもらいます」


 とはいっても、ベッドはちゃんとあるし、10畳ほどもある。十分な待遇だろう。まあ、技師相当には到底及ばないんだろうが。これでもまだマシな方なのかもしれない。マシというレベルの差が大きいとは思うが。ここでも、十分に寒村の村長宅よりは十分上等な物が使われているからな。


「だが、麦わらのベッドよりも、木のベッドの方が寝にくいのはどうにかならんものか。これでは体が痛いと思うんだが。その辺りはリベリエルに飛ばされた後に考えるか」


 とりあえず、研究が出来ればそれで良いのである。紙とペンが置いてあるだけでも十分だろう。まあ、使い倒すんだがな。紙も羊皮紙が主流か。植物紙の方が軽いし薄いが、仕方がないだろうな。植物紙を作るのも面倒だ。魔法で作れば良いのかもしれないが、それだけではないのだよ。インクもそれなりのものを用意しないといけないし、……いっその事、鉛筆を作るか? それは良いな。魔法で植物紙も作れるだろうし、そうするか。となると、鉛筆、いや、黒鉛で良いか。削らなければならないのでは面倒だ。手が黒くなるが、仕方がない。その様に魔法を作ってしまうとするか。


「黒鉛は炭素だ。それを配列するだけだから問題ない。問題は植物紙か。セルロースを生成し、白で着色しなければならないだろうな。それを魔法で落とし込まなければならない。……いや、そうだな。1度で作ろうと思うから問題なのか。今までは無から有にしていたが、工程を踏むことで、有から有の方が良いのかもしれない。その分魔法陣は数が必要になるが、その方が魔力的には効率が良さそうだな。となると、これがこうなり……」


 紙とペンを作る。羊皮紙と羽ペンとインクでは、修正したい時に不便だ。黒鉛と粘土を混ぜ合わせたものと、植物紙を作った方が良いだろうな。……ただ、これを今日やるのは違うだろう。まだ色々とみせて貰ってからの方が良いだろうな。明日にしよう。明日は研究室に案内してもらうのだ。その後でも十分時間はある。


 そんな訳で、食堂で夕食を食べてから寝た。……この寝にくいベッドにも慣れないといけないのだろうな。不便極まりない。麦わらのベッドの方がチクチクとはするが、柔らかさが違う。


 そして朝。イトルと言われていた男性に研究室まで案内してもらった。研究室には、資料とそれなりの設備があった。……まあ、機械なんてものは無いよな。仕方がない。科学よりも魔法を発展させようとしているのだからな。魔法は万能の力のようには思うが、それでも限界はある。今の知識では限界があるのだよ。それを何とかするための方法が、ここにはあると思う。


「ここが研究室になります。……が、殆ど人が来ることは無いでしょうな。今は資料置き場になっているのが現状です。毎日ここに通う事も良いですが、それよりも部屋に籠って研究をした方が捗るらしいですよ? 詳しくは知りませんが。そもそも成果など見たことも無いのでね」


「そうなんですね。それじゃあ、遠慮なく資料を借りていきましょうか。良いんですよね?」


「ええ、勿論です」


「お? なんだ、使用人のイトルと、誰だそのちびっこは?」


「おや? ヘイリルさんですか。珍しいですね。新しい技師候補です。今日が初めてなので、研究室まで連れてきたのですよ」


「はあ? そのちびっこがか? 何かの冗談か? ……ああ、いつものか。まあ、好きだよなあ、そんな事も。誰も使い物にならないってのになあ。そうだろ?」


「さあ? ですが、今回はロジエラ商会の紹介です」


「何処でも同じだろうが。全く、魔法も理解できないような馬鹿ばかりを押し込みやがって。こっちの研究が進まねえっての」


「お言葉ですが、ヘイリルさんが成果をみせてくれたことはありませんが?」


「ああ!? 使用人風情が! 魔法の研究は崇高なものなんだよ! 無知蒙昧な下等な人種に解る訳もねえだろうが!」


「そうですか? それなら1つでも成果をみせて貰いたいものですが?」


「っち! 気に障る! お前もリベリエルに追い出してやっても良いんだぞ?」


「お好きにすればよろしいかと。そこまでの権限があるのかは知りませんがね」


「あーあ、興が削がれた。そのチビも直ぐに追い出してやるからな。期待しておけよ」


 ……ああ、そう言う事ね。はいはい。科学者でもよくあることだ。あれはコネで入ってきただけの奴だな。しかも、公爵家か侯爵家から追い出されてきた奴だろう。変に権力志向があるのが面倒だな。あんなのが技師に成れるんだから、誰でも一緒だろう。結果が出る訳がない。


「とまあ、あのような感じですので。逆らっても面倒ですが、気に入られても仕方がないのですよ」


「そうなんですね。解りました。とりあえず、資料を使わせてもらいます」


「ええ、どうぞ。ここに無いものは、どうしようもありませんので、ご理解ください」


「はい。ここにある分だけですね」


 と言っても、100冊は超えるな。結構揃えているじゃないか。……まあ、内容は知らないが。何が書いてあるんだろうな。知識欲を満たせるものがあれば良いんだけど。


「……そう来たか。やっぱりあるんじゃないか。表意文字……!」


 そこにあった本は、半分以上が読めない字で構成されている。これはあれだな。とりあえず、写本を急ごう。それで、部屋に籠って解読をしなければならない。まずはそうだな。この本から行こうか。端っこから全部を写本しよう。羊皮紙で書かれているからな。植物紙にすれば、大分減るだろう。それで、写し終わったら解読の作業を進めなければならない。それが私がここにやってきた意味でもあるからな。やっとまともに魔法を研究できる。……追い出されるまでに、全部の本を写本せねば。


 時間は有限だ。解ることと解らないことがあるのはそうだ。文字も形だけ真似する事になる。意味が解らないから、なるべく丁寧に書き写さなければならない。意味が理解できるようになるまでは、色々と不便もあるだろうが、まずはどういった文脈で、その文字が使われているのかを考えないといけないだろう。これは楽しくなってきたぞ。この資料だけでも、全部持っていきたいという衝動に駆られる。全部を暗記することは不可能だ。だが、同じような表意文字を探すだけなら出来るだろう。それにはまず、植物紙と鉛筆が必要だな。今日はそれから作るとするか。写本も急がなければならないが、羊皮紙に書き写すのは時間がかかるし、嵩張る。それだったら、始めから植物紙に書き写した方がマシだからな。


 これで結果が出てしまったらどうするのかって話だよな。まずは仮説を立ててから、始めないといけない。これが表意文字であるという仮説の元、新たな仮説を打ち立てなければならない。普通であれば、仮説の仮説は妄言にしかならない。だが、こういったものに関しては、妄言でも良いから、まずは仮定しなければならないのだ。それで、これが解読できれば、新しい魔法が作れるようになるだろう。それまでの辛抱だ。追い出されるまでに、何とか成果を得られるように頑張ろう。資料はこんなにも沢山あるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る