38怖目 『バラエティ番組』
かなり昔の話になるけど――。
当時、視聴率もそこそこ取れてたバラエティ番組があったんだ。◯◯くんは知らないかもしれないね。時代だなぁ。
その番組で一番人気のコーナーが、「家族の絆」をテーマにしたドキュメンタリー企画だった。
いわゆる“お涙頂戴もの”ってやつ。
親や子供を亡くした家族に密着して、思い出を語ってもらったり、当時を振り返ってもらったりするんだ。話していくうちに涙があふれて、狭いリビングに鼻を啜る音が響いて……最後は「これからも前を向いて頑張って生きていきます」なんて締める。
それを編集室に持ち込んで、切り貼りして、泣けるBGMを下に流してやれば、出演してたタレントや女優もスタジオで号泣。毎回、視聴率が安定してたんだよ。
で、ある日。
そのコーナーに出演したい、って応募があった。
シングルマザーと幼い娘の二人暮らし。
その娘さんが交通事故で亡くなった、っていうんだ。トラックにはねられたらしい。
その番組のスタッフ達が取材に行った。
いつも通りカメラを据えて、ガンマイクを立てて、母親に話を聞いた。
「明るい子で、歌が好きで……」
「好きだった食べ物はハンバーグで……」
母親は娘のことを語るうちに、ボロボロ泣き出した。
実際に事故現場にも案内してもらって、花が手向けられた電柱を映したり、娘がよく遊んだ公園を回ったりもした。
とにかく、いつも通りの取材だったんだ。
素材を持ち帰って、編集スタッフがVTRを仕上げる。
BGMを敷いて、カットを繋いで、ちょっとしたテロップを入れて。何度もチェックを繰り返したけど、何も問題はなかった。
そしてスタジオ収録の日。
番組は普段通り進行して、無事に撮影終了。出演者の誰もが泣いて、演出も完璧にハマっていた。
で、ついに放送当日。
特集のタイトルは――確か『母が語る、最愛の娘との日々』とか、そんな感じだったかな。
よくある煽り文句で、番組的には“泣ける神回”になるはずだった。
ゴールデンタイムの放送枠。視聴率は間違いないと、誰もが思ってたんだ。
いつも通りに番組が進んで、スタジオでのやり取りも順調。
そしていよいよ、その母親の取材VTRが流れる番になった。
――その瞬間だ。
映像の中で泣きながら娘を語る母親の口元とはまったく関係なく、テレビから、異様な声が響いた。
『お母さんがわたしを殺した!!お母さんがわたしを殺した!!痛い!!痛い痛い痛い!!殴らないで!!やめて!!痛い!!突き飛ばされた!!頭が、割れる!!苦しい!!息ができない!!助けて!!やめてやめてやめてやめて!!やめて!!蹴らないで!!痛い痛い痛い痛い痛い!!いやだ!いやだ!怖い!!暗い!!痛い!!助けて!!お母さんに殺された!!殺された!!血が出てる!!頭が熱い!!痛い痛い痛い痛い痛い!!!!やめてやめてやめて!!!!お母さんがわたしを殺した!!お母さんがわたしを殺した!!!!』
こんな感じだったかな。
一家団欒してたお茶の間に、この声がガンガン響いたんだ。
当然、すぐに放送は中断されて、画面には「機材トラブルのため、しばらくお待ちください」のテロップ。
けれど時すでに遅し。局にはクレーム電話が鳴り止まなかった。視聴者からは「子どもの断末魔が延々と流れていた」「虐待の実況みたいだった」と証言が殺到した。
俺たちスタッフは大急ぎで素材を確認した。
でも、どこをどう聴き直しても、そんな声は一切入っていなかった。
編集段階でも、収録段階でも、確認済みだ。何度巻き戻しても、ただ母親が泣きながら話すだけの映像だった。
録画していた視聴者からビデオテープを借りて再生しても、同じ。叫び声はまったく入っていなかった。
結局、あの声を聴いた証拠は、全国の“リアルタイムで観ていた人間の記憶”にしか残っていなかった。
当時、心霊雑誌や心霊番組がこぞって特集を組んだ。オカルト界隈では一大騒動だった。
けど、物証が一つもないもんだから、すぐに風化したんだよ。
ああ、あの母親?
もちろん、その後捕まったよ。殺人罪で。
日常的に虐待していたらしくて、新しい男ができて、その娘が邪魔になったとかなんとか。事故死なんかじゃなかった。前々から警察側は、怪しいと思って捜査を続けてたみたい。
局は正式に謝罪したけど、もうどうしようもなかった。トラウマで精神科にかかる視聴者まで出たし、そのまま番組は打ち切りになった。
――まあ、そういうわけでな。
あの番組が終わった理由、分かっただろ。
……にしてもさ。
せっかく視聴率も取れてたのに、あの子も余計なことしてくれたよな。
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