4怖目 『廃校の幽霊』
E地区のとある廃校には、幽霊が出る。
かつてそこで、女生徒の飛び降り自殺があったという。
それ以来、彼女が命を絶った深夜1時ちょうどになると、幽霊が現れ、屋上から再び飛び降りるのだと噂されている。
深夜0時半――。
固く閉ざされた正門をよじ登り、学校の敷地へと忍び込む。
電気はとうに止まり、真っ暗な渡り廊下には音ひとつない。
息をひそめ、スマホのライトだけを頼りに歩く。壁は湿気を吸い、ところどころ剥がれた塗料が、死んだ鱗のように浮いていた。
階段を上がり、慣れた足取りで、いつもの教室――4階、窓際のあの席へ。
ガラガラと引き戸を開けると、錆びたレールが耳障りな音を立てた。
放置されたままの机や椅子の間を縫い、埃にまみれた窓際の席に腰を下ろす。
深夜1時まで、あと5分。
スマホで時刻を確認し、あとはただ、闇の中で目を閉じて、彼女の訪れを待つ。
……この教室は、僕の母校だった。
あの日は、いつもと変わらない数学の時間だった。
前の教卓では教師が公式を淡々と黒板に書き、僕は肘をついて、それをぼんやり眺めていた。
ふと、窓の外に視線を向けた。その瞬間だった。
――彼女が落ちてきた。
目が合った。落下する彼女と。
広がる髪。見開かれた瞳。開かれた口は、何かを言おうとしていた。
その一瞬を、僕は一生、忘れられなかった。
やがて卒業し、学校は廃校となった。
数年後、「あの女生徒の幽霊が出る」という噂が広まり始めた。
それを耳にした日から、僕は毎晩、ここへ来るようになった。
彼女に、もう一度会うために。
――時間だ。
教室の窓の外、黒々とした夜空から、彼女が舞い降りてくる。
逆さまに広がった長い髪。風にたなびく制服のスカート。
両目は、飛び降りた恐怖と後悔に引きつり、開かれた口は、声にならない叫びを訴えている。
――たすけて。
確かに、そう言っている。だが、僕はこの一瞬を逃さないように、見つめるだけだった。
――ああ、今夜も会えたね。
僕は明日も、この教室にやって来る。
初恋の人に、会いに。
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