第23話 3日待ってほしい

 ルネは、リュシアたちの提案を受け入れた。

 だが彼は瓶から赤ワインをグラスに継ぎながら、こんな一言を付け加えてきた。


「3日でもいいが、できたら短縮してくれ。ここから王都までは馬車で15日はみておかないといけない――それは知っているね?」


 彼が言うにはこうだ。


 第一王子エルネストが指定した国王主催の舞踏会は、今日から20日後のことである。商都フォルラーデ~王都セレフィア間は馬車での移動で15日かかるため、差し引きすると残り5日しかないことになる。そのうちの3日間をリュシアたちが答えを出すのに使うのは時間が惜しい、と。


「なによ。最初からギリギリのスケジュールなのが悪いんじゃないの」


「君たちがすぐに決断してくれれば問題ないのだけれどね」


 ルネは酒精でほんのり染まった頬でにっこり微笑む。その笑顔はさっきよりずっと上機嫌なように見えた。おそらくこれはもくろみ通りなのだろう。ギリギリの時間を提示してこちらの判断を急かすのだ。


「いいかい? 舞踏会の期日は絶対だよ。遅刻も厳禁だ。エルネスト殿下の晴れの舞台に顔に泥を塗るわけにはいかないからね」


「晴れの舞台? なにかあるの?」


「殿下の立太子が公式に発表されることになっているんだ」


 嬉しそうに言って、彼はワイングラスをあおる。しかしリュシアは、思わず不安な気持ちが出てきてしまった。


「エルネスト殿下が立太子なさって大丈夫なの……?」


 いくら優秀で慕うものが多いとはいえ、病弱な王子に国王が務まるのか……そんな疑問が湧いてくる。


 ルネは赤ワインで喉を湿らす、「大丈夫さ」とにこやかに頷いた。


「当たり前だろう? 二人しか王子はいないんだ。いくら健康だからといってユリシス殿下が国王になったら国が滅ぶぞ。……っと、元婚約者の君にいうことではなかったな」


「いいわよ別に。私、あいつに手ひどく婚約破棄されたんだから」


「……あんた、王子妃になる予定だったのか」


 ザフィルが口と目を見開いて呟いた。そういえば、婚約破棄されたことは伝えてあったが、『誰にされたか』までは教えていなかった。一国の王子と婚約していたというのは、確かに驚くべき過去である。


「昔の話よ。さんざん悪口言われて新しい婚約者に乗り換えられたの。……ユリシス殿下ってね。同じ親から生まれたとは思えないくらい、エルネスト殿下とは似ても似つかない俗物なのよ」


 リュシアのあんまりな悪口を、ルネはグラスに口を付けてスルーしている。ユリシスの評判がよくないのは皆一定の理解があるところなのだ。


 特に第一王子付きの護衛騎士であるルネはどうしてもエルネスト側に立つし、第二王子ユリシスの暴走の余波を被ったことが一度や二度ではないのだろう。


「エルネスト殿下は望まれて次代の王になるのか……」


 腕を組んだザフィルの呟きに、ルネがうっとりとした視線を投げた。


「そういうことだ。エルネスト殿下は素晴らしいお方だよ。その殿下に目を掛けてもらえるのだから、君は幸せ者だ」


 その瞳は乙女のように潤んでいて、思わずリュシアはルネから目を逸らしてしまった。

 その素晴らしいお方であるエルネストに、リュシアはウォルレイン公爵家に戻るよう脅迫されているのだ。……よりにもよって、バディの夢を人質にとられて。


 速いペースで瓶に残っていた赤ワインを呑みきると、ルネは「それじゃあ、私はそろそろおいとまするか」と酒場の席を立った。しかし、酒を水のように呑む男だ。


 酔いか、それとも交渉がうまくいきそうだからか――その足取りは楽しげで軽い。


「期日までは月鹿館げっかかんにいる。話が決まったら報告しに来てくれ。この話を受けるにせよ、受けないにせよ、だ。報告は大事だぞ」


 ホールで二人に見送られながら、ルネはちょっと気まずげに銀の瞳を伏せた。


「私、なんだか悪役みたいじゃないかな。これでもそういうのは気にする質なんだが」


「ご心配なく。悪役だとしても圧倒的に迫力不足だわ。小者に過ぎないわね」


「毒舌だね。だが安心した」


 ルネは苦笑しながら肩をすぼめると、ザフィルを振り返る。


「ザフィル、君には期待している。ご家族にリュシアのことを頼まれた私の身になってくれると嬉しい」


「……分かっている」


 ザフィルは発ったまま顔を俯かせた。その横顔はどこか寂しげだ。


「リュシアは……いい子だからな」


 いい子、といわれて思わず頬を赤らめてしまうリュシアを尻目に、ルネは軽く笑った。


「おっと、リュシアの婚約者は私だからね。それはお忘れなきよう」


「認めてないんだけど?」


 思わず注意すると、ルネは苦笑しながら手を振る。


「そのことについては、君がウォルレイン公爵家に復帰してから詳しく話を進めよう。……じゃあね」


 ルネが手をひらひらとさせて冒険者ギルドから表の大通りへと出て行くのを見守りながら、リュシアは唇をぎゅっと引き結んだ。


 誰があいつと結婚などするものか。

 ……だけど今日のルネは、そんなに説教してこなかった。リュシアの重力属性の噂を聞いて考えを改めたのだろうか。つまり、リュシアの実力を認めた、ということ。


 だとしたら、あいつの認識を変えさせた私って凄くない? 実力でぶん殴って目を覚まさせたんだから。


 リュシアがそう自画自賛していると、隣でザフィルが大きなため息を吐いた。


「さてと。これで期限は設けられたが。どうするか……」


「3日間あるわ。とことん話をすりあわせましょう」


「王立騎士団、か……」


 酒場のテーブルに戻りながら呟く彼の背は、物思いに沈んでいる。


 彼も迷っている……。


(私は、どう動くべきなんだろう)


 その答えを見つけるまで、あと3日。

 彼の夢にも、自分の夢にも、それまでに踏ん切りを付ける。




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