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 「あのひとの、気を引きたかったのかもしれない。」

 美雨が、軽く頭を仰向けて、傍らの滉青を見上げてそう言った。

 「それだけ。……それだけよ。私がここにいる理由なんて。」

 細く息を吐き出しながら、やっぱり彼女は笑っていた。滉青は、そんな彼女をこれ以上追い詰めたくなくて、そのためには黙っているのが一番だと分かっているのに、それでも問いを重ねずにはいられない。部外者でしか、ないくせに。

 「結婚したのは、いつ?」

 美雨は、微笑んだままの唇で、さらさらと問いに答えた。

 「私がはたちになったときだから、もう五年前ね。結婚したいって言ったら、あのひと、うん、って、それだけ。でも、次の日には印鑑買って、婚姻届と一緒に持ってきたわ。」

 「……そのとき、美雨さんは……、」

 「売春してた。」

 あまりにあっさりと美雨が言葉を吐きだすから、滉青は感覚が麻痺しかけていることに気が付く、なにもかもは、大したことではないと。でも、それが美雨の狙いだということも分かっていた。美雨は、なにもかもを大したことではなくしたいのだ。自分の中でも、滉青の中でも、そして多分、函崎の中でも。

 「……やめていたの? 結婚していた頃は。」

 「ううん。やめてない。」

 やめられなかった、と、俯いた美雨が小さく言葉を吐きだした。滉青に向けるでもなく発せられたその言葉には、涙の気配がまとわりついているようにも聞こえた。

 「やめられてればね、今でもあのひとと一緒だったかもしれないって、思ったりもするわ。」

 そうして、滉青に向けられたその言葉には、まるで涙の気配なんて感じられないのだから、まったく彼女の強さは、いっそ悲しいものがある。もしも彼女が、ここで泣き出せるような性格をしていたら、それこそ今でも函崎と一緒だったのかもしれない。

 「それでも、やめられなかったの。そうしてないと、あのひとに振り向いてもらえない気がしたの。愛されてないことくらい、知ってた。だから、可哀想がってもらうことしかできなかったのよ。」

 「……うん。」

 滉青は、ただそうやって頷いた。それ以上に、美雨のためにできることが思い浮かばなかった。こんなふうに、飼い主のためにできることを必死で考えるなんて、はじめてだと思った。いつだって、滉青にできることはセックスだけ。そうやって、宿主を確保していたから。

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