21

 美雨は、美雨だけは、違ったのかもしれない。夫婦でありながら、セックスはしたことがないと言っていた美雨。彼女は、函崎の甘い殻に弾かれることなく、彼に触れたのかもしれない。彼自身に。

 一度行為を終えても、身体がおさまらなかった。函崎の肌に触れていると、もっと、もっと、と、どんどん欲望が増殖していくみたいだった。

 滉青が二度目に及んでも、函崎は拒まなかった。ただ、笑っていた。このひとは、俺のことなんか全然好きじゃない。というか多分、美雨を除いたこの世のなにもかも、好きではない。滉青はそう確信し、だから不思議に思うのだ。函崎はなぜ、美雨と別れ、そして今は別の誰かと結婚などしているのか。

 「なんで?」

 「うん?」

 「なんで、美雨さんじゃないひとと?」

 函崎の白い身体に没入しながら、滉青が振り絞るように訊くと、函崎はどうでもよさそうに軽く首を横に振った。黒く艶やかな髪が、気だるげに揺れて乱れる。

 「美雨が、そうしてって言ったから。」

 耳を、疑った。

 「……美雨さんが?」

 「うん。」

 函崎は、やっぱり軽く、たわいのない話をしているみたいに頷いた。滉青は、自分が胸を削られているのがおかしいのか、と一瞬思ったくらいだったけれど、それでも、やっぱり黙って聞き流せなくて問いを重ねた。

 「……なんで?」

 「そうでもしないと、離れられないからかな。」

 そうでもしないと、離れられない。

 滉青は、その言葉の重さに眩暈すら覚えた。そんなことは、誰かの、第三者の人生を踏みにじる行為だ。美雨にそれが分からないはずはないし、それを悼まないはずもないと思う。ここしばらく美雨と暮らしていた滉青には、それが確信できた。それでも、そうでもしないと離れてはいられないというのか。それほどまでにこのふたりは、硬く結ばれているのか。

 「……なんで……。」

 今度のその言葉は、問いにすらならなかった。どうしてあなたたちは、こんなにも痛々しいのか。どうして、硬く結ばれているならばそのまま、ふたりで支え合って生きていくという道が取れないのか。

 「なんでだろうねぇ。」

 函崎は、笑いながら滉青の頭を自分の胸に引き寄せた。

 このひとには、体温がない。

 滉青は、泣くみたいにそう思った。

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