第3話

 まず私は目の前の男に身元を明かした。彼には現代への帰還、そしてアイデア作りの為の良き協力者になってもらわなければならないというのに、空き巣や強盗に間違えられても困る。

「同じ名字なんだな」

 目の前の男はふむ、と唸った。

 同姓、それは予想していたことだった。ここが過去の私の家なのだとすると彼は私の親族、大方祖父かその辺りに当たるのだろう。

「へえ、あなたの名前は?」

「いや、先に君のことを聞きたい。当然だろう?不法侵入してきた相手に名乗る名前はないからな」

「不法侵入なんてしていない。俺は、その」

 そこから私は言葉に窮した。取り乱したいのはこちらも同じだというのに彼は納得のいく理路整然とした答えを待っているというのがどうにも腹立たしかった。

「未来から来たんだ」

 私は正直に言うことにした。こんな状況を切り抜ける適切な弁解や言い訳、嘘など存在し得ないと思ったのだ。

「なんだって?」

「本当だ、見てくれこの服を。こんなデザイン見たことがありますか」

 それに、と私は無能へと成り下がったスマホを取り出した。

「こんな機械も初めてでしょ」

 私は電源を入れた。無能と言ってもホーム画面さえ見せれば伝わるに違いないと私は踏んだのだ。

「なんだそれ」

「だから、未来の機械。ほら、画面を直接触って操作するんだ」

「確かにこんな物は見たことない」

 そう言って彼は私の手からスマホをひったくり、ベタベタといじくり始めた。現代においてはデリカシーに欠けていて有り得ない行動だと思えてしまうが信用を得るために背に腹は代えられないというものである。

「これで信用してくれますかね」

「もう一つ何か証拠を出したら信じてやろう」

「もうひとつと言われても」

 そのもうひとつがポケットをまさぐっても頭を捻っても捻っても出てこない。仕方なく私は最大のカードを切ることにした。

「多分、俺はあなたの孫です」

 私は昔聞いた祖父の名前を口にした。幸い予想は的中したらしく、男の表情はみるみるうちに変わった。

「確かに俺の名前だが事前に調べたという可能性もある」

「なら俺の祖母、つまりあなたの未来の結婚相手を知りたくないですか?」

「なんだって」

 祖父は叫んで、じっとこちらを睨んだ。彼が息を呑む音がこちらにも聞こえてくるようだった。

「言ってみろ」

 私は素直に従った。すると今度は彼の顔が赤く紅潮し始める。

「そ、それは本当か」

「ええ、二人は学生の頃に知り合ったと昔聞きましたがビンゴだったようですね」

 彼は私の声など届いていないのか、喜びを噛みしめるように唸って、ガッツポーズをしていた。

「嘘だったらしばいてやる」 

「その頃には俺も未来へ帰れていればいいんですけど」

 こうして彼の表情からは警戒の色が消えて、

「正直言うと、未来人なんてワクワクする話でしかないからな」

 などと、寧ろ嬉々として私に協力する姿勢を見せた。

 かくして私は彼の信用を得ることに成功し、ようやく目的に専念することが出来た、のだが。「しかし、どうやったら帰れるのでしょう」

「未来の世界にはタイムマシンがあるんじゃないのか」

「まだそこまでの世界にはなっていません」

「夢がないな」

「夢と言えば、俺は押し入れの中で眠ったらここに来たんです。もういちど眠ったら戻れるのかも」

 ふむ、と祖父は顎に手を当てた。

「だとしたら短い付き合いになるのかもな」

「長い方がいいんですか?」

「未来の話なんて気になるに決まっているだろう、お前が眠ってしまう前にもっと面白い話を聞かせてくれ」

 別に構いませんが…と言いつつ私は唸った。

「むしろ俺が話を聞きたいです」

「そんなもの、未来に帰って爺さんの俺に聞けばいいだろう」

 私はその時漸くぎくりとして、脳から首、背中にかけて冷水が流れていくような震えが走った。

 私は今まで祖父がいないことを自然だと感じていた。最初から無いものだと思っていたのだから寂寥感を覚えたことなど一度としてない。

 だがこうして、至極特殊な形でだが出会ってしまった。

 現代に帰れば、この人とはもう会えないのだ。その事実がこの時やっと、身体に降り注ぐようにのしかかってきたのだ。まるで彼との血の繋がりが実体を帯びて、この双眸に映り込んでくるようだった。

 私はその時、せめて彼にはこの事を悟らせないように努めようと決めた。人は必ず死ぬという事象をこれ程重く受け止めたのは初めてのことだった。

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