第3話 猫と星/襲撃

 日はすっかり落ち、夜のスクリーンには白く輝く月が一つ。星の無い静かな夜だ。騎士団宿舎はとっくに消灯時間になっているが、月明かりで部屋の中は明るく照らされている。目さえ慣れれば本も読めるだろう。ドルは寝付けずに布団の中で蠢いた。寝ようとすればするほどに頭が冴えてしまうので、布団を跳ね除けベッドから飛び降りた。この間、鳴ったのは布団が擦れる音のみ。猫獣人にとって隠密など朝飯前だ。同じベッドではハンターがすやすやと寝息を立てている。


「よく寝てられるニャね……」


 ドルは部屋を出ると、新しい木が張られた廊下をすたすたと音もなく渡り、いつもの場所へ向かった。

 湖のほとりにある巨木。その中で一際大きく太い枝に座った。ここは、月がよく見える。眠れない夜は、決まってここに来る。バニキスがこの地に建つはるか昔からただそこに在った巨木は、その太い枝でしっかりとドルを抱きとめた。枝のくぼみにすっぽりと収まったドルは懐から透明なクリスタルを取り出すと、月光にかざした。クリスタルを透過した月明かりは七色に分かれ、踊る。しばらくクリスタルを弄び、しまうと、マントを脱いで顔にかぶせた。


「なんでボクあんな風に言ったんニャろ……」


 日中交わしたコウとの会話を思い返す。守ることへの執着。その言葉は意図して口に出したものではない。コウに理由を尋ねられても、ただ何となくそんな気がする、というあいまいな答えしかできなかった。思えば、彼が騎士団に入団を決めた時もそうだった。意識を取り戻したばかりの彼は、簡単な言葉で意思疎通できることを除けば、産み落とされたばかりの赤子に等しい存在だった。前も後ろもわからない。自分の信条もない。この世界を支配する当たり前の法則すら、一つも知らない。当然、騎士団についての説明を受けてもちんぷんかんぷん、といった様子だった。だが、騎士団の役割を聞いた瞬間彼の眼の色が変わったことは今でも忘れない。


「今回の“極秘任務”とやらでもずいぶん無茶をしたらしいし、なーんか危なっかしいんニャよねぇ。ボクが守ってやらないと。じゃないと……」


「……じゃないと、何も得られないまま終わってしまうニャ」


 次の瞬間、遠方から凄まじい異音が聞こえた。常人には決して聞き取れない距離だが、獣人の耳はそれを逃さなかった。破壊音。巨大な石レンガが転がる音。護衛をしているであろう騎士たちの雄たけび。ただ事ではない。


「敵襲!?こんなときに……!?」


突然すぎる事態に飛び起き、大急ぎでマントを首元に結ぶ。


「くっ……こんなことなら装具ローダーも持ってくるべきだった!ボクとしたことが迂闊だったニャ……!宿舎と逆方向、今から取りに戻るかニャ……?いや、それじゃ間に合わない……今行くニャ!」


 ドルは音が聞こえた城門の方角へ向かい走りだそうとしたが、突如として空から地面に衝突した巨大な塊に行く手を阻まれる。


「ミザール……!?」


 ミザールは、ルゥヒルドとバニキスの間にある“うたかたの森”を中心に、ナミリアで広く生息が確認されている飛竜だ。知能が高く狡猾で、人間の作った工芸品に強い興味を示す習性があるため、度々民間人が襲われる事件が発生している。その度に討伐対象となっているが、その賢さゆえに武器を持った人間を見ると大抵は一目散に逃げてしまい、討伐難易度は高く設定されている。そのミザールが、騎士団敷地のど真ん中にいる。この事実が示すことは……


「ボクらもなめられたものニャね……!!」


 そう言うと、詠唱機スキャナーに“ゲート”の詠唱札スペルカードを読ませる。ドルの眼前に光の陣が現れ、そこから一本の槍が吐き出された。ドルはそれを掴むとミザールに向け構える。遠方ではさらに複数箇所から戦闘音が聞こえている。


(また違うところから……こいつら、徒党を組んでるのかニャ……?いや、今までの生態調査ではこいつらは群れを作らなかったはず……それに、さっきから気になっていたけどこの個体……)


 眼前のミザールは、口から黒い瘴気を吐き出していた。それはドルが最近調査している謎の“黒い霧”に、そして何より怪物テラが纏っていたものによく似ていた。そして、体格も今までドルが討伐してきたどんなミザールよりも屈強で巨大だった。


「こいつは、ちょっと骨が折れそうニャね……!」





 あわただしい騎士たちの足音がおぼろげながら聞こえる。隣にあるべきぬくもりが無いことに気づき、ハンターは飛び起きた。


「ドルちゃん……!?」


 状況は呑み込めないが、大急ぎで制服を着る。上着の前を止めながら部屋を出ると、同じ制服を着た屈強な男が声を掛けてきた。


「ハンターの坊主!!起きたか」


「ガストン先輩!!いったい何が起きてるんですか!?」


ガストンは角刈りを指で搔きながら答える。


「俺にも詳しいことはさっぱりだ!!まだ十分に情報が伝達されていない。だが、少なくとも言えることは本部が複数個所同時にモンスターの襲撃を受けてるってことだ!!」


「そんな……」


「ベクター先生とコウ団長が飛び回ってるらしいが、俺たちも早く援護に向かわないと。あ!お前は不測の事態に備えて待機だそうだ!絶対余計な無茶すんなよ!?」


「……っはい!!」


「いいか絶対だぞ!?」


「はい!!!」


 ガストンはハンターに釘を刺すと、騎士たちの群れに消えていった。ハンターはというと、すでにドルと自分の“装具ローダー”を袋に詰め、窓枠に足をかけていた。部屋は三階だが、何の躊躇もなく飛び降りる。ベクターから教わったばかりの受け身で衝撃を流すと、勢いそのままドルの“いつもの場所”までわき目も振らずに駆け出した。


(これを届けないと……!ドルちゃんを、僕を拾ってくれた人を今度は僕が守る……!)




 一心不乱に走った。道中のことなど覚えていない。足がじんじんし、わき腹が痛むが構わず脚を前に出した。遠目にいつもの木が見える。木がある丘の頂上までたどり着いたハンターは息を整える間もなく周囲を確認した。湖のほとりで、小さな影が巨大な竜と互角以上に打ち合っている。ハンターは再び走り出す。




(こいつ……!)


 ドルはミザールの嚙みつきを紙一重でかわすとすかさず首元の甲殻の継ぎ目、急所に向かって槍を突き出す。通常の個体であればそれでけりが付くが、この個体は難なくそれをかわす。先ほどからこの繰り返しだ。致命打と回避の応酬。その様子はさながら月光をバックに舞踏を披露しているようだった。ミザールの尾が風を切り飛んでくるが、ドルはそれを槍で受け流す。


「この程度!……あっ」


 激しい戦闘で、ついにドルのマントの結び目がふわりと解ける。その一瞬の隙を、ミザールは逃さなかった。再び風を切る太い尾。強かに打ち据えられたドルの小さな身体は、かなりの距離を飛んだ後地面にどしゃりと落ちた。


「ドルちゃん!!!!!!!!!!!!」


 絶叫にも似たハンターの声が響き渡る。間に合わなかった。そんな後悔をするより先に脚がドルの方へ身体を押し出す。まだ息はある。だが意識はなく、少し見ただけでも肋骨が数本、腕も折れていることが分かった。


「ドルちゃん……!ドルちゃん……!」


 ミザールは勝ち誇った様子で悠々とドルのマントに近づく。しばらくマントを物色すると、戦利品とばかりに口にくわえ、大きく羽ばたいた。


「待て!!!!やめろ!!!!」


ミザールの体がふわりと浮く。


「それがどれだけ大切なものかわかってるのか!!!!!返せ!!!!!!」


 ハンターの言葉など全く届かない。すでにミザールの姿は判別できないほど小さな影になってしまった。影はそのままうたかたの森へと飛んでいく。それを睨みつけるハンターの瞳には、強い決意の炎が宿っていた。


=続く=

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