いつかこの家、布で潰れるぞ
青居緑
第1話 初恋のしつけ糸
初めて作った服はプリンセスラインの黒いワンピース。
家庭科2の18歳、無謀な挑戦であった。
生地は、黒のサマーウール。これは初心者がセレクトする生地ではない。
ちょっと背伸びしすぎである。なぜできると思ったのか。
しかもプリンセスライン。これはカーブがあるため、ちと縫いにくいのである。何もわかってない初心者ゆえの無謀なチャレンジ。そもそも君は、プリンセスってガラか。ちなみに今は体形ごまかせる服ばかり作っている。
で、服作りにもいろいろ工程があるのだが、しるしつけの話。
裁断したパーツには縫い代がある。パーツにもよるけど、1㎝~3㎝にすることが多い。
縫い代があるから、縫う線がわからない。それでしるしをつけるのだが、その方法のひとつに切りじつけがある。
切りじつけというのは、しつけ糸で縫い位置にしるしをつけるやり方。これが実にめんどくさい。若かった私はウール地で服を作るときは、いつも切りじつけをしていたのだ。今じゃ考えられない丁寧さ。
まず用意するのは、しつけ糸。ミシン糸と違ってゆったりした太めの糸で、手でちぎることもできる。ミシン糸ができるビジネスマンなら、しつけ糸はバイトリーダーだろうか。だけど大事な役目をもっている縁の下の力持ち。
これを針に通し、型紙の線に合わせて布と一緒に縫い線に沿って縫う。もちろん手縫い。縫い終えたら、縫い目の真ん中から糸を全部切る。型紙をはずすのは簡単なのだが、問題は2枚重ねた布をはずす作業。そろりそろりと生地をめくりながら糸を切っていく。求められる慎重さは絆創膏をはがす感じだろうか。思いっきりビリっとやる人もいるだろうけど。
糸は長く出しすぎては上が抜けてしまう。短すぎても抜けてしまう。一本くらいなら抜けてもいいんだけど、気づくとラインに一つしか糸が残っていないこともある。
無事にこの作業を終えると、両方の布からしつけ糸が縫い線に沿ってピンピン出ているわけだ。田植え作業が終わったかのような充実感である。
最初に作った服は、前ボタンのプリンセスラインだったから、表地は4枚、裏地は3枚のパーツに分かれていた。この切りじつけを7枚分。いやはや、よくもまあマメにそんなことやったものだと思う。
さて、しつけ糸の線に合わせてミシンをかけるわけだから、当然ミシン糸にしつけ糸が巻き込まれるわけで。そこでミシンをかけた後は毛抜きでビシビシしつけ糸を抜いていく。
めんどくさい。実にめんどくさい。痛くないから、眉毛を抜くよりはいいのか。
今は切りじつけはしていない。複雑な服は作っていないし、ダーツやポケットはまち針とチャコペンで強引にしるしつけをしている。昔は同じ型紙で同じ服は作らなかったけど、面倒なので何枚も同じ形の服を作るようにもなった。
そういえば最近我が家のしつけ糸を見ていないけど、どこ行ったんだ。
どこかにしまったんだろうけど、もう会えない気がする。
初恋かよ。
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