第2話 引っ越し
どんよりとした空は私の心の中みたいだった。今にも雨が降り出しそうな空をバスの窓に寄りかかって眺める。来たくなかったけど、来てしまった。
リュックサックを膝の上に抱え、ボストンバッグを足の上に乗せる。私だけしか乗車していないバス。隣の席に荷物を置いてもいいんだろうけどなんとなく誰かに見られている気がしてできなかった。
「悪いことをすると神様に見られているからね」
母の言葉を思い出して眉を顰める。神様なんているわけないのに。夏休み前に学校が変わるなんて最悪だ。
本当は
こうであってほしいという現実が崩れされるのはいつも突然だ。でも薄々分かっていた。幸せな日々は長くは続かないんだってこと。
母が入院し、私は母の生まれ故郷である
「落ち着いたら連絡ちょうだいよ。
そう言って優香から手渡されたルーズリーフの切れ端をリュックサックのポケットから取り出す。色んな筆跡で書かれた友達の連絡先が並んでいた。
また友達をいちから作り直すなんて……しんどすぎる。私はリュックサックに顔を埋めた。学校ではすでに人間関係ができあがっているだろう。私のことを入れてくれるグループなんてあるんだろうか。
お母さんが元気になりさえすれば私は元居た学校に戻ることができる。お母さんが元気なるまでのほんの少しの辛抱なんだ……。
心の中で励ましてみる。そんな都合の良いことが起こるはずが無いと分かっているのに。自分自身に言い聞かせる。今はもう都合の良いこと以外、何も考えたくない。現実から目を逸らすように窓の方へ視線を移す。
消えかかった『三丁目』という文字が書かれたバス停で降りると、頭に冷たい水滴が当たるのを感じた。
「……はもういねえから。ああ。こんな田舎じゃやってらんねーって……」
私と入れ替わりで金髪の中年男性がバスに乗る。スマホを耳にあてながら大声で会話していた。乱暴な言葉遣いに思わず身構えてしまう。バスに乗る寸前で地面にタバコの吸い殻を捨てたのが見えた。そのまま男性を乗せたバスが発進してしまう。
煙草の吸殻から煙が立っていた。消そうと思って近づいた瞬間に煙が消える。頭に冷たい水滴が落ちてくるのを感じた。
雨だ。
一粒感じると後からどんどん水滴が降って来る。折り畳み傘がすぐには見つからず、急いで屋根のある場所へ走った。
民家の屋根を借りて雨宿りしていると……背後に視線を感じる。
昔ながらの日本家屋の窓は木の戸で閉ざされていて中は見えない。ほんの少し開いた隙間からなら見えるかもしれないが、覗く勇気はなかった。
窓の反対側に誰かが立って、息を殺してこちらを見ているような……そんな感覚がしたのだ。
もし向こう側に誰かがいたとして、目があってしまったらと思うと怖い。
私は急いでリュックサックの中身を探り、折りたたみ傘を探した。
「
急に近くでしゃがれた声が聞こえてきたので私は飛び上がりそうになる。
いつの間にか道におばあさんが立っていた。傘を差さずに私のことをじいっと見つめている。窪んだ眼と深く刻まれた皺。曲がった腰に白く染まった髪をしているが、どことなく顔のパーツがお母さんの顔を思い出させる。
恐らくこの人が
「はいっ。あの……初めまして。
おばあちゃんはすぐに背を向けて歩き出した。
おばあちゃんが私に冷たいのも無理はない。今まで何の交流もなかったのだから。
何故かは知らないけどおばあちゃんとお母さんは仲が悪い。ふたりが電話していたり、直接会っているのを見たことがない。私とおばあちゃんは今日が初対面だ。
「急がないと……。……が来る」
おばあちゃんは何かをぶつぶつと呟くと先に歩き出してしまった。
おばあちゃんのひとりごとに首を傾げる。一体誰が来るんだろう。
私はリュックサックから探し当てた折り畳み傘を探しあてる。折り畳み傘を曇天に向かって広げると曲がったおばあちゃんの背を追った。
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