第3話 寄生、失敗
やっと学校が終わる。
田中は野球部だが、僕は帰宅部なのでとっとと帰宅。自転車を力なく漕いで家に向かった。
30分かけて妹と2人きりで住む、2階建て4LDKの我が家に到着した。
「お兄ちゃん、おかえりー、ってどうしたのその顔の痣?」
僕がリビングに入ると、テレビを見ている蘭があたふたして振り返る。
「……別に……」
僕は蘭を尻目にキッチンへ行き、冷蔵庫から新品のジュースを取り出しラッパ飲みした。
「あっ今、緊急警報出たんだよ! 山の方で怪人が出たらしいの、やばいよ、やばいよ!」
「……、……ああ……そうなの……」
リビングから僕に話しかけてくる。
「なんか元気ないねー?」
「……そんなことないよ……」
「……ふーん……あっそうだ。お菓子、大量に買ってきたからね、ポテチの新作含め全種類買ってきたんだよっ」
「……、……ああ……」
「……何なの? やっぱ元気ないよ、さっきからポケッとしちゃってさ……」
蘭が目をすぼめて僕の顔をじっと見てくる。
「……目がうつろだよ……どうしたの……」
「恋が、兄を苦しめるんだよ」
「……キモ」
言い捨てて、蘭がテレビに視線を戻す。
僕はジュース片手に2階の自分の部屋へ向かった。
ドアの横に姿見、ハンガーラック。窓際にベッド、横の勉強机の上は物置となってぐちゃぐちゃだ。本棚にはゲームソフトが並び、テレビが圧迫する6畳の部屋。
本の片付け中で、ビニール紐に括られた漫画本が、床に邪魔に置かれている。
……そうだった、これゴミに出すの忘れてた……。
「はぁあ……」
とっとと学生服を脱いでラックに掛け、Tシャツ短パン姿になった。
「あぁあ……」
ひとりになると、また千代島さんの事をおもってしまう……。
「はぁ……」
溜息しか出ない。
……忘れなくちゃ。そうわかってはいるのにっ、ああ胸が苦しいっ。
……なんで、千代島さんは、あんなやつと……くっ。
それはつまり、ようは……くだらない女という事なんだ……そういうことなんだ……。
千代島さんの笑顔を思い出す。
……だめだ……もう忘れるんだ……。
僕は部屋を見渡す。床には飲み干したペットボトルが散乱し、通販のダンボールとで寝転がれる広さもない。
昨日の続きだ、片付けよう、ホントに汚い――
――その時、目の端でカーテンがふわっと揺れた。
? 開いている? ……開けたっけ? おかしいな……。
……。
僕は窓へと近づく。
ベッドに上がり、おもむろにカーテンを開いた。
……、……。
……なんでだ……。
僕は唖然として固まってしまう。
……そ、そんな……どうして……窓ガラスが割れているんだ……?
窓ガラスは、端に15センチぐらいの穴が開いていて、そこから亀裂がガラス全体に走っていた。
……これは……泥棒だったら良いんだけど……。
僕は鍵を確認する。
……閉まったまま……じゃ泥棒じゃない……。
その事実に、体が恐怖でブルッと震えた。
じゃあ石かな、ボールかも……もし、もし怪卵だったら……どうしたら――。
――カタッ。
物音がして、ハッとしてドアの方を振り向く。
「……え? あ……、……あ……ああ……」
……、……そ……んな……。
怪卵はニュース映像まんまだ……勾玉の形をして、赤色の物体が、本棚の上に浮いていた。
何でこんな所に……。
……テレビとかでさんざん言ってた……そいつに乗っ取られたら、体が変異して怪人になってしまうと。
怪卵は浮遊して襲い掛かってくるから、すぐ逃げるようにと。絶対に近づかないようにと、絶対触れないようにと、すぐに通報するようにと……さんざん言ってた……。
だから、逃げないとっ。
でも、怪卵はドアの横の本棚にいるぞ。どうし――
「――って、わあぁぁぁぁあ!?」
怪卵が空中をシューッと滑って襲い掛かってきた。
「あぁぁぁぁあ!」
グッと目を瞑り、両手でガードする。
ゴンッ、と右腕に衝撃が来た。
ううっ!? 痛ぇぇええっ!?
瞬間、右腕に激痛が走る。
「ああああ!?」
見ると、怪卵が右腕の皮膚を破って中に入っていくところだった。
「ぎゃああああああああ!!」
入り込んだ右前腕の皮の下が、もっこりと膨らむ。
――ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ。
ズズズとゆっくり、皮膚の中を通って肘へ上がってきた。
「ぎいやあぁぁぁああああああああ!!」」
痛い痛い痛い痛いっ。
僕は必死に上がってくる怪卵を叩く。
――ズズズズズズズズズズズズズズズ。
「ぎゃああああああああ!!」
ダメだ、上がってくる!
僕は、必死で皮膚の下の怪卵を押さえつけた。
くそくそくそっ! 駄目だ! 抑えきれない!
――ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ。
「がぎいゃああああああああ!!」
肩まで来たぁぁぁ!
どうしたら良いどうしたら良いどうしたら良いどうしたら良い!
そんなっ!? 僕は怪人になってしまうのか!? なったらどうなる!?
乗っ取られたら、乗っ取られたら、そしたら僕は蘭を、蘭を襲うのか!?
僕は、蘭が生きながら僕に食べられ、その生首がリビングに転がっている未来を想像した。
……あああああっ、駄目だ駄目だ駄目だ! それだけは駄目だぁ!
部屋を見渡す。
何でも良い、紐状のものならっ。
僕は足元にある、ビニール紐に目をつけた
もう、この方法しかないっ!
乱暴にビニール紐を取り、素早く結んで輪にする。
――ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ。
「があぁぁぁああああ!!」
痛いっ痛いっ痛いっ痛いっ。
怪卵が首元まで来た! もう時間がない!
急いで机の椅子を引っ張り出し、照明の真下で乗った。素早くコードを天井の照明に掛ける。
僕はビニール紐を首に掛けた。
さよなら、蘭! 父さん!
椅子を蹴飛ばした。紐が首にめり込む。
「んぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ……」
……苦しいっ……でも成功だ……。
怪卵が……首の所で……つっかえてる……感覚でわかる……。
……ぐぅぅぅぅぅう……成功だ……成功だ……。
良かった……ホン……トに良か……た……。
……蘭……強く生きてくれ……。
ああ、死ん……だら……お母さんに……会える……かな……。
……お母さん、あの時……ごめん……抱っこしてあげられなくて……。
最期に……なんて……言って……たのか……わから……ず……じま……いだった……なぁ……。
……。
……、……。
……、……、……。
「……あーん、もう。失敗……しちゃったぁ……」
……?
「……このままじゃ、この人と一緒に私も死んじゃうぅ……」
……誰?
「……だめ……脳は浸食できなかったからだわ……あー焦って失敗しちゃったわ……」
……女性の声だ……。
「……それだけは、ああ……そんな……せっかく逃げてきたのに、こんな形で死にたくない……」
……誰の声?
……ってなんだ? 体がもぞもぞする……?
「……良かったぁ、運よく助かりそうよ。あなた、こうなったら私と一緒に生きましょうね」
……この人はさっきから、何言ってるんだ?
「……さぁ起きなさい!」
……?
「ちょっとお兄ちゃん、なんなのさっきからバタバタ、ギャーギャーうるさいったら……って、きゃああぁぁぁぁぁぁああああ!」
声が変わった、これは蘭だ。
……なんで悲鳴を上げてるんだ?
……。
……んんっ……。
……、……、……ああ……。
僕は、ゆっくり目を開いた。
照明に、輪を作ったビニール紐が掛かっているのが見える。
僕は床に寝転がってた。
……どうなったんだ? 自殺したはず……なのに……。
「あ、起きたっ……お兄ちゃん……」
蘭の泣き顔が、急に目の前に現れた。
「蘭……、……そうだ怪卵!」
バッと起き上がる。
どうなったんだ?
「お兄ちゃん……なんなのそれ……ううぅう……」
横で、アヒル座りした蘭が顔を抑え泣いている。
「おい泣いてる場合じゃない! さっき、怪卵が現れた!」
言いながら僕は、違和感を感じた。
……? 体が、なんかスースーしている。
体を確認する。
そしてそのまま固まってしまった。言葉を失い、体を見続けてしまう。
服が破れて裸になってる……。
いや、その前に肌が、なんか、黒いぞ……あと筋骨隆々だし……。
漆黒色のムキムキな両腕両脚と、割れた腹筋を見つめる。
……何だ……これ……? あとチンコがなくなってるし……。
慌てて僕は姿見の前に立ち、全身を見た。
体が、筋骨隆々の真っ黒な肌になって、黒い棘みたいなのが動脈に沿うように体中にできている。触ってみると、カチカチとして金属みたいだった。
……隈取みたいな赤い模様が上半身に浮き出ている。 膝のお皿部分が……とんがった角になってる……。
体と違って顔は、何もない。
ちょうど首を吊った部分から肌色に変わって、僕の顔は元のままだ……。
……なにがどうなってるんだ……。
「その体……なんなのぉ……うぅぅぅ……」
蘭が泣きながら、僕の体を指を差した。
「わからない、さっきここで……ん?」
……何か胸元で動いたぞ?
「……あっ」
左胸の皮膚がパクッと裂けた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
それを見た蘭が悲鳴を上げる。
……!?
裂けたのに、痛くはない……? なんだこれ?
左胸のから裂けた所から、目玉が現れた。ギョロリと鏡越しに僕の目を見た。
「……ああああああっ!?」
「きゃああああぁぁ!?」
僕と蘭が同時に悲鳴を上げる。
鳩尾あたりも裂けてきた。
「……っ!?」
鳩尾が裂けたところに舌が見える、歯のないその口が、パクパクしてしゃべりだす。
「こんばんは、おふたりさん。私はモハステチケスイマコ」
さっき聞いた女性の声だった。
「手早く結論から言いますよ」
と言うと、もう1つ裂けて目玉が出てきて僕を見てくる。
「あなたの体は私が侵食し、体構造を変異させました。だけど、頭はそのままです。私は乗っ取りに失敗しちゃった……首なんて吊るからよ……。……これから……一緒に生きていけたらと……思うわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます