封じの花は目覚めに咲く

朔月

第一章

封じられし、光

第1話

桜の花がまるで雪のように舞い散る小道を一人歩く少女がいた。

名を綾瀬いち。歳は十五、六といったところだろう。

その少女は、年頃の少女たちとは違い、どこか暗い影を纏っていた。


 この世界で最も重要視されることは、”神通じんつう“と呼ばれる能力の強さである。

空を裂き、火を操り、時をも縛る力。その有無と強さにより、人生の価値が図られる。


いちの暮らす家、いや奉公先といった方が正しいか、そこでは、神通を持たぬものは存在していないものとして扱われた。

その家の家主はもちろんのこと、隅の使用人に至るまでほとんどのものが神通を持っているのである。

では、神通を持たないものは。想像に容易い。馬小屋や納屋での生活、一日ものを食べることができない日だってあり、日々雑用の毎日。

家主の顔を見るどころか、他の使用人と目を合わせることさえ許されない。一度でも目を合わせてしまうと。


「誰が目を合わせていいといった!この無能が!」


その言葉とともに腹部に強い衝撃が走った。

いつもであれば絶対に顔を上げないのに何で今日に限ってあげてしまったのだろう。それもこの薄桃色の花びらのせいである。と、宙を舞っている花びらを睨みつける。


鈍い痛みを持つ腹部を庇うようにして体を丸め、相手に謝罪の意を示す。ここでは力のないものは、言葉も発してはいけないのだ。下手に謝罪や弁解をしようとしたら、さらに手や足、暴力が降り注ぐであろうことは、他の仲間(無能むのう)を見て知っている。

今日はついていない日らしい。いつもであれば黙ってひれ伏しておけば、暴言を吐かれるだけで、暴力まではいかないのに。あぁ、私が無能でありながらも、この家の親戚筋ということが気に入らない人だったのね。


このような生活にももう慣れた。

物心ついたときには両親はおらず、親戚に疎まれながら生活してきた。

幼いころはまだ、従姉妹達と一緒にそれは大切に育ててもらったような記憶がある。とても上等な着物を着て、両親がいない寂しさも感じず、楽しく過ごしていた。いつまでそんな幸せな暮らしが続いただろう。


七歳までは神の子とはよく言ったもので、七つになると、ほとんどの子どもが神通を発現する。

従姉妹も例外なく、神通を発現し、大いに喜んでいた。七つになった私も今か今かと神通の発現を待っていた。だが、いくら待っても神通は発現しない。


一月、二月。

三月を過ぎたあたりから、周りの目が変わっていっていることに気が付いた。


いつしかあれほど毎日遊んでいた従姉妹達とも遊ばなくなり、伯母様や叔父様の顔も見ることができなくなった。

一年を過ぎるころには、私の部屋は無くなり、納屋で無能としての生活が始まっていた。

優しかった叔母様、叔父様、従姉妹達の冷え切った眼は生涯忘れることはないだろう。

無能として生活をしていく中で、ここまで生きてこられたのは運がよかったとしか言いようがない。いや、生き続けるしかなかったのだから運が悪かったのかもしれない。


□□□


 冷たい風がほほを撫で、肌寒さを感じて目が覚めた。久しぶりにあの頃の懐かしい夢を見た。腹はじくじくと痛み、頬は腫れているような気がする。

意識を失う前、薄桃色の花弁が舞っていたな。大きく枝を広げ、雄大に咲いて見せるその花のことは自身がみじめになるのであまり好きではない。

 だが、はかなく潔く散っていく姿は嫌いではなく、毎年毎年屋敷を抜け出して見に行くぐらいには好きなのだろう。

 薄桃色の花弁が舞っている方に歩を進める。じくじくとわずかに足も痛むので亀のような速さではあるが、一歩ずつ、あの花を目指して。あの花の木についたと思ったとき、突然強い風が吹いた。あまりの強さに目をつぶってしまったが、風が収まり、目を開くとそこには、漆黒を纏ったどこか薄桃色の花を思わせる儚さを持った人がその木の下に立っていた。

──—いつのまに。

 どこか泣きそうな顔をしたその男はいつまでもいつまでもその花を眺めていた。


 ふと、我に返り、その場を立ち去ろうと踵を返す。

 突如現れたということはあの人も神通持ちである。無能の私を見たらどんなことをしてくるかわからない。あまりあの木の花を見ることができなかったが、今日見ずともまた明日来ればいい話だ。日も暮れあたりは暗くなっている。そろそろ帰らないと。

 また明日と心の中で薄桃色の花の木に挨拶をし、駆け出した。今日も無事に一日終えられますように。

 走り去っていく少女の背を見ていた漆黒の男は、

「あの子は…。ようやく見つけることができた。」

意味深な笑みを浮かべて、また闇夜に消えていった。

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