第16話「名前のない旋律」

 放課後の理科準備室に、電子ドラムの音が鳴り響いた。


「どお!? ティアナ上手でしょ!?」


「お、おう……なんか思ってたより、ちゃんと上手い」


「ふっふ~ん☆ ティアナ多才だから!」


 スティックをぶんぶん振り回し、満面の笑みでこっちを向くティアナ。

 借り物ではない、俺たちのために購入した電子ドラム。

 まさか本当に中古の電子ドラムが手に入るとは思ってなかった。

 ケンゴがオークションで見つけた激安セットを、ティアナがちゃっかり担任を説得して「音楽室の備品」として学園に購入させてしまったのだ。

 曰く「上級生との文化交流のため必要なんですぅ☆」と、ちょっと上目づかいで見てやればイチコロだそうだ。

 それでいいのか、中等部の担任。


「ケンゴの友だちの軽音部の人が教えてくれたんだ☆」


「それだけでたたけるもんなのか」


「いや、普通ムリだと思う。ティアナちゃんマジ天才かも」


「こっちはまだ“ドレミ”を出す方法もよくわかってねぇのに」


「おまえ“ドレミ”とか言うなよ……」


 ケンゴに苦笑されながら、俺はやっと「タブ譜がなんとなくわかったかも」ってくらいの状況だ。

 そんな俺をちらりと見ながら、ケンゴはリュシアにコードを教えていた。


「そこがCで、こっちがG。指をこっちに動かして……そうそう、鳴らしてみて」


「こ、こうですか?」


 リュシアが恐る恐るピックをはじく。


――ばじょーん


 恐ろしいほどの不協和音が鳴り響く。

 おそらく、まったく弦を押さえられていないのだろう。

 ケンゴの笑顔が引きつり、俺も思わず肩をすくめた。


「……あの。コードを意識すると、その……他のことを忘れてしまって……」


「他のこと?」


「はい……“弦を押さえる”と“弦をはじく”が一緒にできないと言うか……」


「あー……リュシアちゃん、マルチタスク苦手系なのか」


「セレーネでは、計算も、運動も、言語も、機械整備も、どれも最高ランクの判定を受けていました。でも、これは……難しすぎます」


 リュシアは視線を落とし、握りしめたピックをじっと見つめていた。


「……地球の文化を理解するのは、やっぱり私には難しいのでしょうか……」


 その横顔は、ほんの少しだけ寂しげだった。

 普段あれだけ優等生で、何でもそつなくこなす彼女が、ここまで苦戦するのを見るのは初めてだ。

 ケンゴが視線でSOSを知らせる。

 なんと言っていいか俺にもわからなかったが、とにかく口を開いた。


「……セレーネではどうか知らないけどさ――」


 頭で考えていても、何も浮かばなかった言葉が、リュシアに向かって一度口を開けば、続きは勝手に出てきた。


「――地球じゃ、一人でなんでも完璧にできるやつなんていないよ。得意なことでがんばって、あとは周りと補い合えばいい。それがチームってやつだから」


 リュシアが、はっとした顔でこちらを見つめた。


「……補い合う、ですか?」


「ああ。リュシアには歌があるだろ。それだけで十分、っていうか、それがないと始まらないしな。ギターは、ケンゴがなんとかするだろ」


「……ありがとうございます」


 小さな声で、でも、はっきりとそう言って、リュシアはもう一度ピックを握り直した。

 その後、しばらく練習が続き、いくつかのコードは鳴らせるようになった。

 でも、コードの切り替えで見事につまずく。

 そもそも「ギターを弾きながら歌うことができない」という根本的な問題に直面するに当たって、ケンゴが最終的な敗北宣言を表明した。


「うん! ムリ! ごめんリュシアちゃん……やっぱ歌だけに集中してもらった方が、みんな幸せな気がする……」


 リュシアはちょっと肩を落としたものの、すぐに「歌はがんばります」と笑顔を見せた。

 一方で、ティアナはすっかり調子に乗っていた。


「ねぇねぇ! どうせなら衣装もほしい! あれ! アイドルっぽいやつがいい☆」


「衣装より先に、まずは曲を通せるようにならないと始まんねぇだろ」


「だなぁ」


 ケンゴがため息をつきながら、練習スケジュールを確認していた。


「そういえば、野外ステージ、今ちょうど建設中なんだって。完成するまで二週間。それからは毎日1チーム1時間ずつ、練習と宣伝ができるらしい」


「へえ、ステージ上での練習……なんかいいな」


「俺たちの番は午後だってさ」


 そう言いながら、ケンゴが取り出した紙を机に置く。

 A4サイズの、ステージ利用スケジュールだった。

 そこには4つのバンド名と、メンバーの名前。


「……ん?」


 俺は紙に目をやって、最後のチーム名の下にあった名前に目をとめた。


――エリオ・ノイエ・カスティリオ


 そこには確かにそう書かれていて、隣には生徒会のメンバーらしい聞き覚えのある名前が、ずらりと並んでいた。


「っ……! あいつ」


「エリオ……」


「うちらのバンド名も決めなきゃねー☆ せっかくだし、可愛いやつがいいな!」


「まだ一曲もまともに通せてねぇんだぞ」


「目標がわかりやすくていいじゃん。まずはこの一曲。完走できるようになること!」


 ケンゴの譜面をひらひらさせながらの言葉に、みんなが小さくうなずいた。

 名前はまだないバンド。

 未完成の旋律。

 でもそこには、確かに“音楽”になろうとする意志があった。

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