第10話「真夏の太陽」

 まぶしい日差しが照りつける夏の午後。

 俺たちはバスを降りて、山あいのキャンプ場へと足を踏み入れた。


「やっば☆ 空、ひろーい!」


 目を輝かせて見上げるティアナ。

 リュシアも、都会で見る空とは別物のような深い青と巨大な入道雲のコントラストに言葉を失っていた。

 ふたりとも、今日という日を心待ちにしていたのが伝わってくる。

 夏休みに入って最初の週末。

 クラスの有志で計画したキャンプの目的地は、電車とバスを乗り継いでようやくたどり着いた大自然の中。

 青々とした葉の生い茂る木々に囲まれ、バカみたいな晴天なのに空気はひんやりとしている。

 胸いっぱいに吸い込むと、日常の喧騒が一気に洗い流された。


「ユウリ急げ! テント張って、荷物置いたら釣りに行くぞ!」


「そんなに急がなくても魚は逃げねぇよ」


「ここの魚は逃げるんだよ! 早く! ハリアップ!」


 いつもよりアロハが決まっているケンゴが、先陣を切ってキャンプサイトへと走る。

 肩にはすでに釣り竿が担がれ、麦わら帽子とサングラスも装備していて、準備は完璧だ。

 俺たちは汗を拭いながら簡単なテントを組み立て、手近な渓流まで移動した。


「水が……! すごいです!」


 さらさらと音を立てながら、複雑に流れるせせらぎを見て、リュシアが両手で口を押さえる。

 ケンゴはもう無言でエサ箱を開け、中からミミズを捕りだしていた。


「えっ……このにょろにょろをつかむの? えぇ~~~ムリムリムリィ!」


 反応は対照的だった。

 リュシアは興味津々に針と糸を眺め、ティアナは顔を青くして明らかに引いている。

 ケンゴはサングラスの奥で水面に狙いをつけ、スッと水が白く波立っているところへと、寸分違わず針を落とした。


「昆虫とは違いますが……これも“虫”の一種、なのですか?」


「まぁ、だいたいはそんな認識で……って、え? 普通に持つの!?」


 リュシアはためらいなくミミズを指先でつまんでいた。


「……ふふっ。これは柔らかくて、動きもくすぐったくて面白いです」


「いやぁぁ! おねぇちゃん、しばらくティアナに近づかないでね!」


 ティアナは半泣きで距離を取ってる。

 ケンゴは「ティアナちゃん、静かに……」と指を立て、真剣に竿先をにらむ。

 俺は笑いながらリュシアにエサの付け方を教えることになった。

 2時間ほどのミミズとの格闘の末、ティアナが飽きて「スマホつながんないしつまんなぁい!」とぼやき始めた頃、俺たちは竿をたたむことにした。

 釣果はケンゴが五匹、俺は小さいのが一匹。

 リュシアも最後まで根気強く竿を握っていたけど、ぼうずで終わった。


「ユウリさん! また今度“釣り”に連れて行ってください!」


「あぁ、今度はよく釣れる釣り堀にでも行こうな」


「絶対ですよ!」


「リュシアちゃん、釣りってのはそんなに甘くないんだぜ」


 ケンゴにバケツの中の魚を自慢げに見せられ、いつも冷静なリュシアが珍しく燃えている。

 俺たちは笑いながら、本日の夕飯の支度に取りかかった。


「じゃあ、リュシアとティアナは女子といっしょに野菜切る係な」


「ティアナ、包丁こわ~い☆」


「働かざる者食うべからず、メシ抜きでもいいなら座ってろ」


「えぇ~っ」


 ティアナは隙あらばサボろうとするが、女子連中にピーラーを渡され、しぶしぶ手伝う。

 その一方で、リュシアは魚をさばき始めた俺の手元を真剣な表情で見つめながら、にんじんの皮をむいていた――んだけど。


「……それもう本体削ってないか?」


「えっ……? あっ!」


 慌てて手を止めたリュシアのにんじんは、まるで鉛筆のように細くなっていた。


「ご、ごめんなさい……っ! 私、こういうこと、初めてで」


「いいよいいよ、最初はそんなもんだ」


 思わず笑いがこぼれる。

 成績優秀で真面目な美人。

 何でも完璧にこなしそうなのに、いろんなところが笑えるほど抜けている。

 それもまた、リュシアの魅力なんだと、俺は思った。


「まぁなれれば簡単だ。釣りだけじゃなく、そのうち料理も教えてやるよ」


「……ありがとうございます」


 リュシアがちょっとだけ頬を赤らめる。

 いい雰囲気になりかけたところで、いつものようにケンゴがちゃちゃを入れた。


「ユウリは魚もさばけるし、料理も上手いし、いいお嫁さんになると思うぜ」


「嫁かよ」


「安心しろ、おれがもらってやるからな」


「地獄か」


 いつものメンツから笑いが起こる。

 こうして、みんなで協力して作ったカレーは、ところどころルーが塊で残っていて、ごはんは焦げていたけど、最高にうまかった。


「ちょっと刺激的で、それでいてほんのり甘くて……カレーって、おいしいですね」


「でしょでしょ! ティアナの作ったカレーおいしいでしょ☆」


「いや、お前ジャガイモ一個むいただけだろ」


 焚き火を囲んで笑い声が絶えない。

 空は濃紺に染まり、やがて、ふたつの月が木の梢に並んだ。


――地球の月と、セレーネ。


 少し感傷的な気持ちになったところで、すかさずケンゴが立ち上がった。


「さぁ、お待ちかねの肝試しの時間だぜ!」


「なにそれー?」


「肝……試しとは、先ほどの魚の内臓をつかった料理の名前でしょうか?」


 そう――彼女たちは、幽霊も、恐怖も、まだ知らない。

 この夜、ふたりは“未知との遭遇”を果たすのだ。

 ……たぶん。

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