第2話 子どもの声

「君、名前は?」


静まり返った店内で、佐々木がようやく絞り出した声だった。


少女は一瞬戸惑ったように目を伏せたが、すぐに顔を上げて言った。


「千尋です。中学二年生です」


「千尋……ふうん。えらく大人びた意見言うじゃないか」


「ありがとうございます」


「いや、皮肉で言ってるんだけど」


千尋はにこりともせず、ストローをくわえたまま真っ直ぐ佐々木を見た。


「私、将来、政治家になりたいんです」


その一言に、店内の空気が再びぐらりと傾いた。


「へえ……それはまた。えらい志だこと」


「笑ってますか?」


「いやいや、皮肉じゃなくて……まあちょっと驚いただけだよ。

 最近の子は、もっと“インフルエンサー”とか“Vチューバー”とか言うもんだろ?」


「影響力があるのは同じですよ。

 でも、ちゃんと責任のある影響力を持ちたいんです。

 今の政治家、あまりにも“選ばれたことにあぐらかいてる”人、多い気がして」


その口調は決して攻撃的ではない。ただ、冷静すぎるほど冷静だった。

佐々木は、苦笑を浮かべながら煙草に手を伸ばしかけて、店内禁煙だということを思い出し、指を止めた。


「でもな、政治の世界ってのは、甘くねぇぞ。

 こっちはこっちで、毎日残業して、ろくに給料も上がらねぇ。

 それで寝てるだけの議員のニュースなんて見たら、腹立つのも当然だろ」


「はい。だから、腹立つっていうなら、“変える側”にまわるべきだと思うんです」


「簡単に言うなよ」


「簡単じゃないから、やる意味があるんです」


言葉が詰まった。佐々木の喉が、ごくりと鳴る。


そのとき、カウンターで新聞を読んでいた別の客――いつも無言でスマホばかり見ている若い男が、ぼそりとつぶやいた。


「……この子、マジで正論だな」


千尋はそちらに目を向けるでもなく、ジュースの残りを一口すすった。


「議員の給料が高いの、変だと思います。でも、それを決めるのは“議員”じゃなくて、議員を選んだ“人たち”です。

 つまり、文句は“自分たち”に言わなきゃいけないんじゃないですか?」


「……ぐぅの音も出ないとはこのことだな」


マスターがぽつりと漏らし、ふっと笑った。

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