第5話 日給1000円の壁
俺がダンジョン探索者(補助員)として、地道なゴミ拾いを始めてから、一週間が経過した。
平日は、これまで通りしがないサラリーマンとして会社のデスクでパソコンと睨めっこ。
そして週末になるとヨレヨレのジャージに着替え、Eランクダンジョン『ゴブリンの洞穴』に勇み足で通う。
そんな二重生活が俺の新たな日常になりつつあった。
ダンジョンでの活動内容は、相も変わらず『ハイエナ式・推し愛ゴミ拾い術』だ。
キラキラした若者パーティの後ろを一定の距離を保ちながら清掃業務というストーキング。
彼らがモンスターとの戦闘を終え、目ぼしい素材だけを回収して去っていくのを待つ。そして、残された『元アイテムのゴミ』を奏ちゃんへの愛を叫びながら換金する。
この一連の流れは、もはや様式美と言えるほどに俺の体に染みついていた。
収入は、朝から夕方まで一日ダンジョンに籠もって、ようやく1,000Gから、調子の良い時で1,500G(1,000円〜1,500円)といったところ。時給に換算すれば、ようやく150円の壁を越えたくらいだ。
目標の時給1000円には、まだまだ程遠い。
「佐藤さん、最近週末は何をしてるんですか?なんだか目の下のクマが……」
「ええ、まあ、ちょっと地域のボランティア活動に精を出しておりまして……」
会社の同僚(20代の可愛い後輩女子)に心配され、俺はそんな苦しい言い訳をする。
嘘は言っていない。ダンジョンの環境美化という、広義のボランティア活動なのだから。
そんなある日の週末。
いつものようにゴミ拾いに勤しんでいると、前方から例のキラキラ初心者パーティとばったり遭遇してしまった。
「あ、どうも……」
「あ、こんにちは……」
気まずい空気が薄暗い通路に流れる。
彼らは、俺のジャージに長靴、そして片手に提げたゴミ袋という出で立ちを見て、何かを合点したように顔を見合わせた。
「あの、いつもダンジョンを綺麗にしてくれて、ありがとうございます!」
「おかげで俺たちも気持ちよく探索できてます!」
どうやら俺はギルドかどこかに雇われた公式の清掃員だと勘違いされているらしい。
「は、はあ……どうも……。皆さんも、お気をつけて……」
曖昧にそう返すしかできない俺に彼らは爽やかな笑顔を残して去っていった。
……なんだか、悪いことをしている気分になってくる。
彼らが休憩していたのであろう場所には、案の定、食べ物の包み紙やポーションの空き瓶が数本、無造作に捨てられていた。
「まったく、最近の若者は……。ゴミはちゃんと持ち帰らんか……」
俺は清掃員のおじさんらしい独り言を呟きながら、ありがたくそれらを回収し、換金作業に入った。そこで俺はふと、ある当たり前の事実に気がついた。
「そうか……探索者が多く集まる場所、人気の狩場ほど、捨てられるゴミも多いんだ!」
これまでの俺は他の探索者との遭遇を恐れ、なるべく人のいない、マイナーなルートばかりを選んで探索していた。
だが、それは間違いだった。
俺の獲物(ゴミ)は、人が集まる場所にこそ、たくさん落ちているのだ。
考え方を改めなければならない。
俺はハイエナなのだ。
獲物の多い場所にこそ、積極的に進出するべきなのだ。
この新たな発見に基づき、俺は探索者が比較的多く通るであろう、ダンジョンのメインルート付近の清掃(ゴミ拾い)に切り替えた。
収入は、目に見えて少しずつ安定してきた。
そして、そんなある日のこと。
俺はスキルのさらなる可能性に気づくことになる。いつものように使い古された包帯を換金しようとした時だった。ただ「奏ちゃーん!」と心で叫ぶだけでなく、ふと、もっと具体的な想いを込めてみたくなったのだ。
(奏ちゃんのこの前のライブ……最後のMCで、少しだけ言葉に詰まって、照れくさそうに笑った顔……あれは、反則だろう……。本当に、尊い……)
そんな非常にディープで個人的な想いを目の前の包帯に全力でぶつける。
「【換金】!」
『使い古しの包帯を換金しました。7Gを獲得しました』
『――“推しへの愛”ボーナスが加算されました。+2G』
「に、2G!?ボーナスが1円増えたぞ!」
俺は自分の目を疑った。
まさか……!
愛の“解像度”を上げることでボーナス額が増えるというのか!?
この発見は、俺のゴミ拾い術に革命をもたらした。
俺はゴミを拾いながら常に脳内で奏ちゃんの尊いエピソードを反芻し、最高の“エモい”状態で換金するという非常に高度なテクニックを磨き始めた。
そして探索者(補助員)になって二度目の週末が終わった。
俺は、この一週間分の収益を胸をときめかせながら集計した。最初の週末と平日の夜に少しだけ潜った分を合わせて……合計、3,250G。
3,250円。まだまだ、目標には遠い。
だが、このお金は、俺が自分の頭と足で、そして推しへの愛で稼いだ、紛れもない
その夜、俺はアパートの近所のコンビニでいつもは買わない、少しだけリッチなプレミアム発泡酒とちょっとだけ高いチーズ鱈を買った。
ささやかな、自分へのご褒美だ。
パソコンで奏ちゃんのライブ映像を流しながら、一人祝杯をあげる。
「……奏ちゃん……。君のおかげで、今日の発泡酒は、いつもの3倍うまいよ……」
この3,250円があれば、来月の奏ちゃんの対バンライブでチェキ券が3枚買える。
そう思うと、一週間の疲れも、どこかへ吹き飛んでいくようだった。地道な努力が、少しずつ、だが確実に「推し活」という名の未来に繋がっている。
その確かな手応えを胸に、俺の慎ましやかな二重生活は、これからも続いていくのだ。
―――
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この作品も結構な自信作なので、多くの方に読んでもらいたい作品の一つです。
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