第四章

 夏休みが終わり、本格的に二学期が始まった。制服は夏服から冬服に替わり、朝晩は肌寒さを感じるようになってきた。

「眞人君、秋といえばあれだよね、あれ!」

「……あれって?」

「読書だよ、読書!」

 委員長は満面の笑みで答えた。

「本当に本が好きなんだな、委員長は。あ、そういえば俺も面白い本を見つけたんだ」

「ほんと? どんな本?」

 バッグから一冊の本を取り出す。

「『ライ麦畑でつかまえて』。昨日ちょうど読み終わったところなんだ」

「気になってたやつだ! えっ、それ貸してくれるの?」

「いいよ。よかったら読んでみて」

「やった、ありがとう!」

 委員長は嬉しそうに本を受け取った。

「お礼に、私も何か貸してあげる。……今日、放課後うちに来て」

 まるで当然のことのように、委員長はそう言った。

 放課後、俺たちは並んで歩いて委員長の家へ向かった。そこは、都営の古い団地の一階だった。

「お邪魔します」

「今日は夜までお父さん帰ってこないから、ゆっくりしてって」

 玄関からすぐの部屋に通されると、そこは小さく整った空間だった。本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、壁にも天井にも、文字の気配が染み込んでいるようだった。

「はい、これ。『アルジャーノンに花束を』。私の大好きな本」

「ありがとう。できるだけ早く読むよ。読んだら感想言うね」

 そう言って本をバッグにしまう。

「……煙草、吸ってもいい?」

「うん。じゃあ、屋上行こうか」

 団地の古びた階段を登っていくと、夕焼けに染まる街が一望できた。風が肌を撫で、少しだけ体が震える。

「ここ、気持ちいいでしょ」

 委員長が空を見上げながら言った。

「うん。ちょっと寒いけど」

 ポケットからハイライトを取り出し、風が止むのを待って火をつけた。ジュッという小さな音が鳴り、煙が肺の奥に染み込んでいく。

「眞人君さ、入学式の日のこと覚えてる? みんなが帰り始めた時に、突然話しかけてきたでしょ」

「覚えてるよ。……あの時、めちゃくちゃ緊張した」

「私、あれすっごくびっくりしたんだから。昔から友達いなかったし、高校でもできる気がしなかった。でも、『友達いないのか? だったら一緒に帰ろうぜ』って……優しいなって思った」

「俺も、友達いなかったからさ。せめて一人は欲しいなって……」

「でもその割に、帰り道ずーっと黙ってたよね。……この人、ちょっと可愛いなって思ったよ、その時」

 煙を吐きながら、何も言えずに空を見上げた。

「私はね、この先も、ずっとずっと眞人君と一緒にいたい。……約束だよ」

 胸の奥が温かくなって、同時に少しだけ痛くなった。言葉が出てこない。

「……なんか、さっきより風が冷たくなってきた。そろそろ戻ろうか」

 煙草の火を指でつまんで消しながら言うと、委員長は少しだけ笑って頷いた。

「うん、そうだね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る