俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指

第1章

第1話 転生、失敗

わたくし、不知燈汰(しらず・とうた)の前世は突然に終わりを告げた。


雨の日、意気揚々と飼い犬の散歩をしていたらスリップしたトラックにはねられた。はねられた瞬間、電信柱に身体を打ち付け、身体が折れ曲がり、意識朦朧と這いずり回る最中、飼い犬が瀕死の顔に小便をたらしてきた挙句に、不知燈汰の人生は終わった。


享年30歳。高卒で、ここまでブラックと言われるキツイ仕事を10年以上も頑張ってきて、一人暮らしを始めて家族が欲しいと懇願して、やっと手に入れた飼い犬の散歩でこんなことになるとは…。ちなみに、飼い犬の名前は十兵衛。柴犬。

十兵衛にケガが無さそうだったのはせめてもの救いだと思いたい。存命している父と母にも、何か一言でも言いたかったが…。


なぜこんなにも詳細な死に様を覚えているのか。映像で見せられた記憶があるからである。

死後の世界…といえば良いのか。


トラックにやられた後、意識を失い、気づいたら広い空間の中で椅子に座っていた。目の前には大きめの机、周りには見渡す限りのモニター、そこに映っている自分…。

しかし、死後の世界というには実にカルチャー的である。


「あなたには選択肢があります。」


突然、声が聞こえた。ふと前を見ると、美しいようなかわいらしいような女の子が座っていた。ハッキリとした顔立ち、白い肌、金色の綺麗な髪、貴族のような白のシュミーズドレス。

いつのまに…。

呆然としている俺を尻目に、話を続ける女の子。15・16歳くらいだろうか。


「このまま魂となって天国に行くか、異世界に転生するか。」


何が何だかわからない…と疑問に思う俺を無視して、勝手に話し続ける女の子。


「あなたは、前世で頑張って生き続けていましたね。清廉潔白…とは言わないまでも、あなたができる努力をしてきたとはいえます。なので、有効活用できるポイントが大いに貯まっています。」


ポイント?


「あの、すみません。俺って死んだんですか?」


と、まずは自分の状況を確認する。


「はい、それは間違いなく。」


間違いないらしい。


「その、やっぱりトラックにはねられたのが原因ですか?」


「はい、あれはもう凄惨な状況でした…。トラックにはねられた後に意識を失ったあなたは、さらに後ろからやってきたタクシーに引きずられ、そのまま排水口に落ちたのに誰にも気づかれずに3日も経ちました。プッ。ちなみに、ワンちゃんはきちんとご家族が引き取られたので安心してくださいね。」


途中、笑った気もしたが…。


「最後の映像、見ます?」


「え?」


返事をする前に女の子が指を鳴らすと、周囲にあるモニターに俺の最後の姿が映し出された。映像は、先ほど言ったような顛末だったというわけである。

そして映像を見た俺は、普通に吐いた。


ここまでが、わたくし不知燈汰が前世で亡くなるまでの経緯である。

別に、死にたくて死んだわけでは決してない。実際に、ものすごく混乱している。

いやもしかしたら、あの時に気絶あるいは失神…そして夢を見ているのかもしれない。

それにしては、やけにリアルな感じもするが…。


「俺が死んだのはわかったんですけど、そもそもあなたは誰なんですか?」


「私は女神です。」


躊躇することなく、彼女は応える。


「……。」


「え…女神?」


「そう、迷える死者の魂を導くために私は存在しているのです。そして、あなたは選ばれました。」


そう言いながら椅子から立ち上がり、仰々しく両手を広げながら近づいてくる自称女神っ子。つまり、魂になった俺に選択肢を与えてくれている…というわけである。

正直、胡散臭い。


「選ばれた…って、さっき言っていたポイントとかと関係あるんですか?」


「そう。生前に獲得したポイントによって選択肢は決まります。人間は、生きている時に善行を繰り返すことでポイントが増えていきます。そして、そのポイントを使うことで天国への扉を開くことができるのです。もちろん、天国への扉を開くためのポイントは一定以上必要です。」


「つまり、俺は天国に行けるだけのポイントを持っている、というわけですか?」


「そういうことです。これは、あなたが生前に素晴らしく生きた証なのです。

といっても、よほど酷いことをしない限りはきちんとポイント自体は貯まりますけどね。」


と、胸を張って何だか講釈をたれている自称女神っ子。どうやら、俺はスーパーで買い物をするが如く、いつの間にかポイントを貯めていたらしい。

そもそも、人に胸を張って言えるほどの善行をした記憶もないのだから、相当に緩いシステムに違いない。

続けて、自称女神っ子が仰々しく言い続ける。


「ただし、あなたには別の選択肢があります。それは、異世界ー」


「わかりました。俺、天国に行きます。」


「……。」


え?と自称女神っ子から驚きの声が出た。


「……。」


「天国?」


「はい。俺みたいなものに、本当にありがたいです。」


何故か微妙な空気が漂う。


「え、いや…なんで?」


と自称女神っ子が心底戸惑った表情で質問してくる。

なんで?はコッチのセリフである。



「え、天国に行けるんですよね?」


「え? えぇ…うん。まぁそうね。」


「行きます、俺。」


「考え直さない?」


なぜだ。


「いや違うの。天国に行けるのは本当よ?

素晴らしいところだし、怪しいことも何もないし。

でもね、あなたには異世界が良いと思うの。」


「いや、興味ないです。すんません。」


「なんで!?」


心底驚いたような顔をする自称女神っ子に、俺はますます怪訝な顔を浮かべる。


「異世界よ!ファンタジーよ!?魔法も使えるんだから!ヒト種族だけじゃなくて、エルフとかドワーフとか獣人とか、面白い人達が一杯いるの!今まで体験したことが無かった冒険ができるのよ!?」


プレゼンでもするかのように熱弁する自称女神っ子。


「いや突然そんなこと言われましても…そもそも、自分みたいなのが異世界?みたいなところに行っても、役に立てるとは思えないですし。それに俺もう30歳ですよ? 夢見る歳でもないし。ここまで、ただ必死に生きてきただけなので今さら異世界で何かを成せるとも思えない。だから、本当に天国に行けるものなら俺は喜んで行きたいです。」


こちらも、心の底から思ったことを伝えた。そう、俺は凡人なのだ。有能で賢く生きられる頭があったのなら、そもそもこんな死に方もしなかっただろう。凡人なりに頑張って、凡人ゆえにこういう終わり方だった。死に方は凡人のそれではなかったかもしれないが…。

だからこそ、俺は天国に行きたいのだ。

凡人に与えられた、まさしく最後の神の慈悲である。


そこで、ゆっくりと日本の家族が老衰するのを待つのだ。俺みたいな者が行けるのだから、父や母も当然行けるだろう。

十兵衛は…どうだろう。動物に人間的な天国とかあるのかな。


「ああ、そういうことね? 安心して。転生した後は、あなたが希望した肉体年齢にできるわ。確かに生前あなたは30歳だったかもしれないけれど、転生後は若くてエネルギッシュな肉体に転生できるわけ。しかもね、聞いて!すんごい能力も与えられるの!とんでもないスキルよ!チートなの!この能力があれば、異世界の誰にも負けないし、成功間違いなし!

人生をやり直せるのよ!つまり、あなたは選ばれたってわけ!!」


まるで大勢のオーディエンスを相手にミュージカルでもしているかのように、身振り手振りで説明する自称女神っ子。きっと、彼女には拍手喝采が鳴りやまない光景でも見えているのだろう。観客は俺1人なのだが。


「そうですか。わかりました。」


「ほんと!?」


「俺、天国に行きます。」


「なんでよぉ!!!」


何度言われようが結論は変わらない。

スキル?チート?

そんなものを与えられたところで、まともに使える頭が俺にあるとも思えない。だいたい、異世界とやらに何をしに行くのだ? 目的もなく行ったところで、まともに生きられるわけがないだろう。生きるって、そんな簡単で楽なもんじゃない。


「なるほど。わかったわ。そういうことね? うん。

ねぇあなた、よく聞いて。」


こちらに忍者のように静かに近づき、小声で話し出す自称女神っ子。


「天国ってね、しょーもないの。」


とんでもないことを言ってきた。


「天国って聞こえは良いんだけどね、ほら、善行をして行くところじゃない? だから、天国ってすんごい行動に制限が付くのよ。悪いことができないの。自由に動けないの。ただ、穏やかにボーッと過ごしたり、日向ぼっこに勤しんだり…」


「良いところじゃないですか。」


どこが!?と女神とは思えない発言をする少女。

どうもこの自称女神っ子…胡散臭いとは思っていたけど相当に胡散臭い。

これ、やっぱり俺の夢では?


「そもそも、なんでそんなに異世界に行かせたいんですか?」


「え、いや…行かせたいとかそんなことは…ね?」


「じゃあ、早く天国の扉とやらを開いてください。」


「1回、落ち着いて話さない?」


熟年カップルみたいなことを言い出してきた。

そう言いながら、手品師の準備運動のように手をモジモジさせ始める。

ますます胡散臭い…目すら合わせなくなってきた。

怪訝な目を向けていると…


「はぁ…わかりました。」


と観念したかのようにため息をする自称女神っ子。

そして、周囲を確認しながらさらに小声で話し出す。


「実は、私には時間が無いのです。」


「え、時間…ですか。」


「そう、時間です。

だからこそ、あなたにお願いがあります。どうか…」


急に神妙な面持ちになり、頭を下げてそう語りだす。

これは、よほど重要なことがあるのだろうか。


「実は私達が存在する天界には、いくつかのルールがあるのです。」


「ルール?」


「そう、このルールは絶対。決して破ることはできない。たとえ女神であっても。

そして、このルールによって私には時間がもうないのです。

だからお願いです。協力してください。」


「それが、俺が異世界に行くことと関係がある、と?」


「はい。」


どうやら、自称女神っ子にとてつもない問題が発生しているようである。

だから、アレだけ焦っていたのか。


「で、そのルールって?」


姿勢を正し、一呼吸を置いて彼女は言った。


「ノルマです。」


「……。」


「………。」


「…………。」


意味が分からず、固まる俺。


「ノルマって、あの仕事で達成しなきゃいけないやつのこと?」


「はい。それです。」


「あの、すみません。ちょっと何を言っているのかわかんないです。」


本当に何を言っとるんだ、この自称女神っ子は。

万引き犯の言い訳を聞いているかのような目で俺が見ていると、矢継ぎ早に彼女は語りだした。


「ワタシね、ある異世界を救うためにノルマを課されたの。で、そのときは時間もあったからまぁ余裕かなーと思ってたわけ。でも、本当にもうそろそろその異世界ってのが限界がきちゃうの。このままだと、あの世界で暮らしている皆が危ないのよ。当然、その影響って魂のサイクルを担う天界にも出ちゃうのね。

だから、ワタシの責任って凄く重大なの。


けどね、その異世界を救う方法が超めんどくさくて…あぁコレ後から気づいたんだけどね。頼まれたときには適当に、いけますよー、って返事をしたのだけれど内容を後で見てみたらもう全然簡単じゃないの! 誰ができるのコレ?って。もうビックリ。

迷ってそうこうしているうちに何度も失敗しちゃって…

ワタシもすごく頑張ったのよ? 本当に。

ものすごく頑張ったの。異世界のあの子達はやっぱりかわいいし。でもね…


『いやいや、もうこれ責任問題だよ。次失敗したら降格だよ?これ本当にラストチャンスだから。動員できる人員は1人。決定は今日まで。それに失敗したら即降格。

いいね?』


って主任に言われたわけよ! もうワタシ本当に焦っちゃって!

なんなのよあの頑固者!!

降格になったら、下界のおいしい食べ物とか便利な商品とかお取り寄せもできなくなっちゃうし!

文字通り神格が落ちちゃうのよ!!自由に行動できなくなるの!

しかもね、今度失敗したら私自身が異世界攻略に参加しないといけなくなっちゃうの!! そんな面倒でツライこと、なんでワタシがしなくちゃいけないの?

おかしいわよ!! 理不尽だわ!! ワタシは良かれと思って引き受けたのに!」


頭を抱えながら獅子舞のように振る舞う自称女神っ子。

急に動きが止まり、俺に向けて間違いなど1つもないかのように発言した。


「だからね…アンタ、ちょっと異世界に行ってくんない?」


「ふざけるなぁああああ!!!!!!!」


俺は立ち上がり、生前に出したこともない大声で罵倒した。


「なんでよぉお!!!行ってよ異世界!!アンタが最後の希望なんだから!」


叫びながら足に飛びついてくる自称女神っ子。


「行くわけないだろ!!なんで行かなきゃなんないんだ!

メチャクチャ危なそうじゃねーか!!

てか全部お前の自業自得だろうが!!」


聞いて損したわ、と吐き捨てた。

これ、やっぱり夢だな。


「なんでなんで!!?こんなかわいい女神さまが頼んでるのに!」


「俺は中身重視なんだよ!!あとロリコンでもない!

タイプは俺を引っ張ってくれるお姉さん!!」


必死に足に絡みついてくる自称女神っ子。

激しくめんどくさい。

そもそも…と俺は切り出す。


「なんで俺みたいなのを選んだんですか?

神様なら、俺がこういうのに興味ないの知ってるでしょうに。

ゲームやアニメは好きだけど、ジャンルが違うんだよ。

有能で異世界に行きたい人間なんて他に山ほどいたでしょ。」


当然の疑問を呈する。


「え?だって、あなたの人生っていつまで経ってもうだつが上がらなそうだったから。

誘ったら喜んで異世界に行くかなー…と。」


「絶対に行かない。」


ちょっと待ってよぉ!!とまた騒ぎ出す自称女神っ子。

そんな喚きちらす彼女を、ゴキブリを見るかのように見下す俺。

この女には敬語すらいらないと確信する。


「ねぇお願いよ異世界行ってよ!1回で良いから!!

先っちょだけで良いから!頭の先だけ出して見てきてよ!!

絶対に気に入るから!」


「どうせ行ったら目的達成するまでは帰れません、とかだろ。

あとそんな泣き脅し、営業活動で経験を積んできた俺には一切通用しないからな。

お前みたいなゲスは何人も見てきた。」


ナメんな、とさらに吐き捨てる。

他の人を探せよ。


「鬼!!悪魔!!!ワタシがどうなっても良いの!?

そんな都合よくポイントが貯まってる人間なんていないのよぉ!!」


よほどのことがない限り、ポイントは貯まるんじゃないのか?

もはやわけがわからん。


「だいたい、俺が死んだ時お前笑ってただろ。」


「仕方ないじゃない!!愉快な死に方だったんだもの!」


鬼で悪魔はお前だろう、と蛇のように足に絡みつく自称女神っ子を見て心底思う。人を騙してまで異世界とやらに転生させようとするとは…なんちゅー神だ。しかし、最初から冷静に話を聞いていてよかった。突発的に異世界を選択しようものなら、今頃大変なことになっていたかもしれない。


「さぁ、もういいだろ。早く天国に行かせてくれ。」


ため息をつきながら、足に絡みつく自称女神っ子を一瞥して、椅子に座り直そうとした瞬間だった。


強烈な眩暈に襲われた。立つどころか、座ることも難しい。景色が万華鏡のように歪み、平静を保っていられず、そのまま床に倒れこんでしまった。

…なんだこれ。


「うふふふふ…」


意識混濁の中、気色の悪い笑い声が聞こえてくる。


「もう遅いわよ。ワタシを怒らせたわね。神気、つまり神の気をあんたに流し込んでやったわ。足から直接ぶち込んでやったわ。通常の人間、ヒトの魂なら強烈なエネルギーに自我や意識すら保つのすら難しいはず…まぁ関係ないわ。どうせ、異世界に転生させるし。目的とスキルさえ忘れなければ大丈夫でしょ。


そのまま、転生するまで寝ていると良いわアンタ。起きた時には、ワタシの神聖なる力に涙を流しながら感謝することになるんだからね。」


「お、お前…」


神話の神は傍若無人…という話はよく聞くけど、まさかここまでするか。

最初のあの選択肢はなんだったんだ。

二度と神様なんて信仰しない。


「安心して。ワタシも絶対に失敗するわけにはいかないから、異世界で楽するためのスキルやチート能力を徹底的にアンタに詰め込んであげるわ。特別中の特別よ?


普通は天界のルールで転生者1人に付き、スキルやチートは1個なんだから。これ以上はない施しなんだからね。まぁこういうことやるの初めてだけど、仕方ないわよね。

ワタシのためだし。


あぁそうだ、ちょっと待ってて。」


ルールは破ったらマズイんじゃなかったのか…? こいつメチャクチャすぎる。

今にも意識が飛びそうな中、自称女神っ子が手に紙のようなものを持ってきた。


「これ、契約書。

ほら、ワタシがムリヤリ異世界に送った…とかになると後で面倒じゃない?

だから。はいサインね。」


ムリヤリ紙を俺の手に押し付けた瞬間、そこから何かが抜けて行ったような気がした。


「これでワタシとアンタとの魂の契約は完了。読む力とかもうないと思うけれど、これ悪い事ばっかりじゃなくて良い事も一杯書いてあるからね? そこ勘違いしないでよね。」


悪い事もあるのかよ…とツッコミを入れたい。


「それじゃ、ここからが本当に最重要。絶対に忘れないでね? 絶対よ?

忘れたらアンタを異世界に送る意味が無くなっちゃうんだから。

ワタシも終わりなんだから。


あのね、あなたの異世界での目的はー」


……。

………。


「でね、あなたが使えるスキルやチート能力ってのがね……」


…………。

……………。



そこから、今にも身体中の穴という穴から全ての体液が出ていきそうな俺に対して、何事かを延々と話していた。

しばらく時間が経過したようにも感じるし、矢継ぎ早に話した自称女神っ子のせいで実は数秒のような感じもする。とにかく、激しくダルくて苦しい。


「あなた大丈夫? 聞いてる? さすがに、神気とスキルを急激に詰め込み過ぎたかしら? まぁでも、大丈夫でしょ。向こうの世界の生活に必要な最低限のものも、後できちんと送ってあげるからその点も安心して。

時間もないし、じゃあさっそく……!」


自称女神っ子が柏手のように叩くと、羽の生えた天使達が俺を取り囲むようにどこからともなく召喚され、祈りを捧げる。そして、部屋の上空に巨大な方陣が現れた。


「我、この者の魂を浄化し、かの世界に転生する。

この者、女神の名の元に新たに授けられし力によって、天界の盟約を果たす者なり。」


自称女神っ子の身体が美しく光り始め、途端に俺の身体も宙に浮き、方陣へと吸い込まれていく。そろそろ、意識も限界が近い。


「じゃあ頑張って。ワタシの将来、あなたにかかってるんだからね。」


最後の最後まで勝手なことを言い続ける自称女神っ子。

しかし、その瞬間。


「…え?」


自称女神っ子、及び周囲の天使の驚愕をよそに突然、不知燈汰の身体は宙で捻じれ、白目をむき、ヨダレを垂らしながら今にも弾け飛びそうになった。途端に、とてつもない警報音が空間中に鳴り響く。


大慌てで何かを指示する天使たち、その状況を呆然と見つめる女神。

そして、かすかにしかし確実に、不知燈汰は薄れゆく意識の中でその声を聴いた。


「やべ…失敗した。」



こうして、不知燈汰は特に来たくもなかった未知の異世界とやらに転生したわけである。

転生というからには、誰か別の肉体を借りて…という想定だったのだが、別にそうでもないらしい。完全に俺、である。


気が付くと、見たこともない森の中で眠っていた。

何故か身体中が痛いし、頭もズキズキするし、吐き気もする。

何より、色々とよく思い出せない。

ただ自分には前世というものがあり、この世界に転生してきたということは覚えていた。

実際に、転生前の記憶がある。俺は不知燈汰、30歳の会社員。


だったはずだが、手足の違和感も酷いし若干短い?

身体が小さくなった気がする。15歳~16歳くらい?

そういえば転生前に話したような…転生すると若い身体がどうたらこうたら。

誰かがそう言ってた気がする。


身体をゆっくりと起こし、周囲を確認しながら、再度自分の身体の状況を確認する。

そして一呼吸を置いて、現状を率直に言い表す言葉を口に出した。


「俺、何しに異世界に来たんだっけ?」

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