第8話 見習い道士はキョンシーを悩ませる
一夜明けて。
寝所で目を覚ました私はぼんやりとした頭で、昨夜のことを思い出していた。
え~と、たしかお母さんの薬を飲んだらいい気持ちになって、ハオランが来てそれから……。
私は記憶をたどった後、机の中にある筆を取り、手紙を書きはじめる。
『シャオメイはもう、生きてはいけません。お母さんの所に旅立つことにしました』
これでよし!
さあ、家の裏は崖になってる。
ハオランに見つからないよう窓から外に出て、谷底に向かって飛び込んでいこー!
「シャオメイ様、早まらないでください!」
崖から飛び降りようという直前、後ろからガシッと羽交い締めにされた。
ハオランだ。
「お願いハオラン! 助けると思って死なせて!」
「メチャクチャ言わないでください! ダメに決まってるでしょう!」
ハオランに抱きつかれてるけど、ドキドキする余裕すらない。
だって最悪なんだもん!
酔っぱらって好きな人にあんな醜態をさらして、もう生きていけないよー!
さらに厄介なのは、その時の事を全部覚えているってこと。
酔っぱらった時って普通、いくらか記憶を無くしてるものなんじゃないの!?
いくらやらかしても、一晩経てばきれいさっぱり忘れていたお母さんが羨ましいよー!
動きを封じられたまま「死なせて死なせて」とジタバタもがいていると、ハオランの手刀がバシッと頭に落ちてきた。
「痛っ、いたいよハオラ~ン」
「自害しようとしていた人が何を言います、死んだらもっと痛いですよ。おおかた昨夜の事が原因でしょうけど、気にしないでください」
「む、無理~。わ、私ってばハオランに迫って、その上せ、接吻を……」
「大丈夫ですって。俺は全く、全然、これっぽっちも気にしていませんから!」
「………………はい?」
頭に上っていた血が、スーっと引いてくる。
き、気にしてない? これっぽっちも?
「あ、あの。私の昨日ハオランに……す、好きって言ったと思うんだけど……」
「ご心配なく。そういう意味ではないって、わかっていますよ。昔から何度も言ってくれていましたし」
「だ、抱きついたり……せ、接吻を……」
「お酒を飲むと、精神の幼児退行が起こることもあるそうですからねえ。昔のシャオメイ様を見ているみたいで、可愛かったですよ」
ち、ちがーう!
そりゃあ小さい頃シャオメイに遊んでもらった時、抱きついたりほっぺにチュッてしたこともあったけど、全然意味が違うから!
というか、ハオランにとって昨日のアレは、幼女になつかれるのと同じってこと!?
ハオランは大人しくなった私を放してくれたけど、私はプルプルと肩を震わせる。
「ハ、ハオランのバカー!」
「シャオメイ様?」
「わ、私だって、ちょっとは成長してるんだから。い、いつまでも小さい妹扱いしないでよー!」
もう飛び降りる気にもなれずに、崖とは反対の方向に向かって走っていく。
バカバカバカバカバカバカバカバカ。
大バカ!
人の気も知らないで、もうハオランなんて知らない!
ユイさんの、素直になれという助言はどこへやら。
拗れた思いを引きずりながら、私はハオランから逃げていった。
【ハオランside】
シャオメイ様が泣きそうな顔で走り去ってしまった。
とりあえず自害するのを防げはしたけど、これで良かったのだろうか?
けど、何かを間違えたような気がしてならない。
おかしい、いったい何がいけなかったのだろう?
裏表がなく、ニコニコと後ろをついてきた幼い頃と違って、最近のシャオメイ様の胸の内は読めない。
年頃の女性の心というのは、こうも理解するのが難しいものなのだろうか。
「ミーファン様……俺、ちゃんとシャオメイ様の保護者をやれているでしょうか?」
空を見上げて、今は亡き主の事を思う。
ミーファン様は俺にとって、かけがえのない恩人だ。
俺は生前の事は、ほとんど覚えていない。
体が拳法を覚えているから、おそらく武術をたしなんでいたのだろうけど、細かいことは何も思い出せない。
キョンシーになったばかりの頃のこともよく覚えていないけど、ミーファン様いわく、夜な夜な動く屍として徘徊していたそうだ。
どうして俺がキョンシーになったのか、その原因もわかっていない。
ただミーファン様が言うにはたまに起こる事らしく、自我を持たずに当てもなくさ迷っていたキョンシーの俺を、討伐にきたのがミーファン様。
幸い俺は悪さはしてなかったものの、自我も理性もない野良キョンシーはいつ凶暴化するかわからないから、滅するのは妥当だったと言えよう。
しかしミーファン様はそうしなかった。
代わりに術を使って、俺を使役しようとしたのだ。
その際、生前の記憶はないものの、俺は自我を取り戻した。
それからミーファン様は俺にハオランという名前を与えて、使役キョンシーとなったのだ。
通常、道士がキョンシーを使役するのは、戦いの際戦力として使うことが多いけど、俺の場合は違った。
俺の主な仕事は、ミーファン様の娘である、シャオメイ様の遊び相手。
日々道士として忙しく動いているミーファン様は、シャオメイ様といっしょにいられないことも多い。
さらにミーファン様は夫に先立たれており、いつも家で一人で留守番しているシャオメイ様が寂しくないよう、俺にお世話を頼んだのだ。
どこの誰とも分からないキョンシーなんかに、大事な娘を任せていいのかと疑問に思い、聞いてみたこともあったけど……。
『君を見た瞬間、ピーンときたのよ。あの頃、ちょうどシャオメイのことを任せられる人はいないかって考えていたんだけど、道士の勘って言うのかな。理屈抜きで、君ならいけるって気がしたの。え、そんな理由で選んでいいのかって? いいのいいの、道士にとって、こういう直感は大事なんだから』
よく分からなかったものの、ミーファン様いわく、道士には運命を感じとる力があるらしい。
まあ世の中には占いを得意とする道士もいるから、あり得ない話じゃないか。
とにかくそういう経緯で、俺はシャオメイ様のお世話をすることになった。
ハオランハオランと俺の名を呼んでなついてくるシャオメイ様は可愛くて、まるで妹ができたよう。
俺は兄のような気持ちでシャオメイ様を見守り、それはミーファン様が亡くなった後も変わらなかった。
シャオメイ様がミーファン様のような道士になりたいのなら俺は応援するし、兄代わりとして支え続ける……つもりだった。
ただ最近のシャオメイ様……いや違う。俺ときたら……。
「シャオメイ様……」
さっきまで早まったことをしないよう、シャオメイ様を抑えていた自分の手を見つめる。
今も手に残る、柔らかな感触。
スッと鼻に入った、春のような暖かな香り。
思い出すだけで屍である俺の、動いていない心臓が熱くなりそうだ。
こんなんで俺はこの先、今まで通りやっていけるのだろうか?
もっとも、次の試験でシャオメイ様が道士になれなかったら、俺は滅されてしまうのだが。
残念ながら、主のいない今の俺は野良キョンシー。
それも仕方がないと、頭ではわかっているのだけれど……。
「シャオメイ様を残しては、逝きたくない」
己の欲が、声としてもれる。
そう思うのは、ミーファン様からシャオメイ様を任された責任感からか。
それとも家族とての情愛、あるいは別の何かによるものか。
……シャオメイ様、勝手な言い分だとわかっていますけど、必ず道士になってください。
そして俺を、いつまでも側にいさせてくださいね。
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