死にたがり彼女はまだ死ねない──世界を滅ぼしても、彼女を殺す
なべのふた
【1話】死にたがりの不死の師匠を、毎朝殺してます。
千年前のおとぎ話じゃない。
これは――俺の選択が、世界を滅ぼす。そんな話だ。
* * *
「次はこれで死んでみようと思うんだけど」
朝日が差し込む部屋。俺が二人分の朝食を並べている横で、彼女はそんなことを言い出した。
ああ、また始まったな、と内心でため息をつく。
直近の“死にたがり案件”を思い出しながら、俺は答えた。
「……今回は発作の間隔、早くないですか。また家を半焼させないでくださいよ」
彼女が指さした本を覗き込む。
そこには、大きな文字でこう書かれていた。
“観光名所・マグマとの距離20m 火口ツアー!”
「どう? 前回は火力が足りなかったと思うのよね」
肩まで伸びた少し内巻きの白髪がふわりと揺れた。
「落ちたら普通は死にますね」
「でしょー! しかも生き返っても無限ループ!」
雲が刺したような、濁った青の瞳がこちらを真剣に見据えている。
「這い上がってきた時は全裸ですね」
「着替え、持ってきてね」
……これが、俺の師匠だ。
世間では“100年生きた”とか“1万年の魔女”とか、好き放題な噂が飛び交ってる。
実際は、千年と少しらしい。
師匠であり、親のような存在でもある。……まぁ、説明しづらい関係だ。
で、千年も生きるとどうなるかというと――
飽きるらしい。 人生に。
だから彼女の目標は、死ぬこと。
「それより今日は買い出しに行ってきますけど、何か欲しいものあります?」
パンをちぎりながら尋ねると、彼女は考え込むふりをして、
「うーん、魔力結晶。安いのがあったらでいいよ」
「食べたいものは?」
「シェフのおまかせかな。生きる喜びは、君の料理だけだよ」
「師匠の教育のたまものですね」
「ふふん」
小さな体に、申し訳程度の胸をこれでもかと張って、どや顔でふんぞり返る。
……かわいい。
いや、まじでかわいい。
師匠の料理は本当にうまい。お世辞抜きで。
千年の暇潰しに全部プロ級になったらしい。
でも、超がつくほどの面倒くさがり。
日々の雑事はすべて「めんどくさい」の一言で放棄される。
結果、なにも片付かない。
「俺がいなくなったら、この人どうやって生きていくんだろうな……」
つい、そんな言葉が漏れる。
「むっ、何それ。お母さんみたいなこと言って! 私が
「はいはい」と、相づちを打つ。
いや、小さすぎて全然そんな感じしない。
育ててもらったし、年齢差もある。
だけど、彼女の仕草や香りに視線が止まってしまう時がある。
胸の奥がざわつくのは、憧れだけじゃない。
それは、思春期特有の抑えきれない衝動だと、自分でもわかっている。
だからこそ、母親として見るわけにはいかない。
「……さて、今日の日課♥、片づけちゃおうか?」
パンの皿を片付けていると、師匠は席を立ちながら、麻縄と黒い布切れを手渡してきた。
「今日は……目隠し、両手縛り、片足ケンケンで」
「ケンケンはやめてください」
「ふふ、冗談」
細い腕が差し出される。
俺は手慣れた動作でその両手を縛り、背後から目隠しを結んだ。
「苦しくないですか?」
「大丈夫……むしろ、ちょっと……落ち着く」
やめてくれ。
深く息を吐き、俺は庭の中央。
円形に敷かれた模擬戦用の魔力結界の中に立つ。
「ルールはいつも通り。師匠の意識が完全に途絶えたら俺の勝ち」
「うん。二分以内に殺せたら……皿洗い、私がやる」
「二分過ぎたら?」
「買い出しは中止、鍛え直さないとね?」
「絶対に勝つ」
師匠が無言で両足に魔力を込める。
凄まじい魔力密度を感じる。
手も使えず、目も見えないはずなのに、全く隙がない。
無防備の皮をかぶった化け物。そんな感じ。
……合図などない。師匠が先に動く。
ドッ。
重い跳躍。
ケンケンではないが、片足で飛ぶような動き。
俺はとっさに下がって、間合いを取った。
「ちょっ……目隠しのくせに踏み込み早すぎっ……!」
額に一筋の汗が滲む。
師匠の攻撃は、見えないのに的確で、重くて、読みにくい。
刃物めいた回し蹴りが、迷いなく頭部へと吸い寄せられる。
だが、もう慣れた。”この人”を殺す動きには――。
俺は地面を滑らせるように回避し、カウンターで背後に回る。
一瞬、隙ができた。
その瞬間、腰の短剣を抜き、師匠の首筋に向かって踏み込む。
ヒュッ。
風を切る音とともに、ざくっ、とした手応え。
「……っ」
首が、落ちた。
ころころと転がって床に落ちる師匠の頭部。
細い身体が、ゆらりと崩れ落ちた。
俺は短剣を引いて、しばらくそのまま動きを見つめる。
首を切り離す感触にも、もう慣れた。
刃が肉を裂き、骨を断つ、あの独特の重さと抵抗。
最初は吐きそうになった。
今は、ただの作業。
だけど――なぜ、ここまでやるのか?
師匠の教えだ。
『本当の戦いは、実力が拮抗したとき、どちらが“殺す覚悟”を持っているかで決まる』
そう、師匠は言っていた。
そして、同時にこうも言った。
『絶対に争いは避けろ。殺すことに慣れるな。 覚悟を決める訓練と、命を軽く見るのは違う。 覚悟は“背負う”もので、“捨てる”ものじゃないから』
それを聞いた時、正直なところ、わけがわからなかった。
でも、今なら少しだけわかる気がする。
本気の相手に殺されないために、覚悟をもって殺せる自分になっておく。
だけど、本当に人を殺す日は、来ないでほしい――
そんな矛盾を抱えた、教え。
俺の尊敬する師匠は、いつだって本当に大事なことを教えてくれる。
……五秒。
……十秒。
ずるっ。
転がっていたはずの頭部が、まるで意思を持つように少しだけ動いた。
青い瞳が、ぱちりと開く。
俺の方を――無表情で、じっと見つめている。
ころころと床を這うように転がっていき、 すとん、と胴体の上に落ち着く。
にゅるり。
骨が伸び、筋肉が再接合し、皮膚がぴたりと繋がって―― 何事もなかったかのように、師匠は立ち上がった。
「……おはよう」
「……生き返るの、もうちょっとやわらかくできませんか」
「えー、これでも控えめにしたんだけどな。ほら、全身バラバラに爆散させてから戻る方が痛くないのよ?」
「あれはトラウマになったのでやめてください」
この――“死んで、戻ってくる”という異常な日常に、 自分が完全に慣れてしまっていることに、少しだけ怖くなる。
「それにしても今回は見事な動きでした。ルイ君100点」
「いつかはハンデ無しの師匠と渡り合ってみせますよ」
「言うねー。目標が高いのは関心、関心。……じゃあ明日から、目隠しナシで殺り合ってみる?」
「やれますかね?」
「しばらく買い出しには行けなくなるから、保存効くもの多めに買い貯めないとね」
師匠は麻縄の拘束を引きちぎり、目隠しを自分で外しながら、にこにこと笑っていた。
俺もひきつった笑みを返す。
……本気で目指してる。
師匠と、対等に。
そのためなら、命を懸けた訓練も悪くないと思ってる――
でも手心は加えてほしい、複雑な弟子心だ。
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